第54話 抱っこと数か月ぶりのキスと体の疼き

文字数 915文字

 夕食のために料理をしながら、ふとテーブルの前の有希を見ると、疲れた顔をしてぼんやりしている。
「ユウ?」
 目だけこちらに向けた有希に話しかける。
「大丈夫? 最近、根を詰めすぎなんじゃない?」
 今日は昼寝をすることもなく、午後中スケッチブックに向かっていたのだ。
「そうかな」
「そうだよ。明日は、少しのんびりしよう」
「うん」
 有希は素直にうなずいた。
 
 
 約束通り、次の日はスケッチブックを開くことなく、有希はずっと、伸のそばにいる。伸も、家事は最低限のことだけにして、有希に付き合うことにした。
「伸くん」
 床にあぐらをかいて文庫本を読んでいると、有希が近づいて来た。伸は、本を脇に置く。
「うん?」
「抱っこして」
 そう言いながら、向かい合って膝にまたがって来る。
 
「赤ちゃんみたいだね」
 笑いながら腰に腕を回すと、有希は、伸の肩に両手を置いて言った。
「赤ちゃんじゃないよ」
 そして、顔が近づいて来て、唇が重なる。されるままになっていると、やがて、唇をこじ開けて舌が入って来た。
 こんなことは何ヶ月ぶりだろう。感動に胸を熱くしながら、伸もそれに応じる。
 
 夢中になって有希の唇や舌を味わっていると、突然、彼が体を離した。あえぎながら呆然と見ると、やはり息を弾ませている有希の頬が赤い。
「伸くん……」
 見る間に、目に涙の粒が膨れ上がって来る。
「ユウ?」
 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。伸は、あわてて有希の両腕を掴む。
「大丈夫? 無理しなくていいんだよ」
 だが有希は、ゆるゆると首を横に振る。
「違う……」

 じっと顔を見つめていると、有希がつぶやいた。
「体が……」
「……え?」
「伸くんのキスが素敵で、体が、疼いて……」
「えっ。本当に?」
 思わずそう聞くと、有希は、うっうっと嗚咽を漏らしながら言った。
「嘘なんか、つかない。……伸くん!」

 有希が覆いかぶさるようにしがみついて来る。
「伸くん!」
 伸の体も反応している。今すぐにでも有希が欲しい。だが。
「ちょっと待って、ユウ」
 有希の体を、無理に引き剥がす。有希が、涙に濡れた顔で、不満そうな声を上げた。
「……何?」
「もうすぐお昼だよ。ご飯の用意をしなくちゃ」
「そんなこと」
「でも、麗衣さんが……」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み