第53話 猫のクッキーと麗衣のプレゼントと有希の新しい趣味

文字数 997文字

「伸くん見て」
 すっかり元気になった有希が手元を指す。
「どれどれ」
 伸は、いつも通り薄く伸ばして抜き型で抜くつもりでいたのだが、有希は、さっきから生地を粘土細工のようにこねている。
「シンノスケだよ」
 確かに、生地が猫の顔の形になっている。
 
「へぇ。上手だね」
「チョコチップはないの? 目にしたいなぁ」
「あぁ。残念ながらないよ。今度作るときに買おう。チョコペンかアイシングで顔を描いてもいいし、探せば猫の形の抜き型も売っていると思うけど」
「そうなんだ……」

 あれこれ話しているところに麗衣がやって来た。
「なんだか楽しそうね。何しているの?」
 有希が答える。
「クッキーを作っているんだよ。ほら見て。本当は顔を描きたいんだけど」
 楽しげな有希を見て、麗衣は微笑む。
「そう言えばあなた、小さい頃はよく絵を描いていたわねぇ」

 伸は有希の顔を見る。
「そうなの? 初耳だな」
「そうだよ。小学校のときに、賞をもらったこともあるよ」
 そこでまた、伸は思いつく。
「だったら、また描いてみたら? 手描きでもいいし、ペイントソフトで描いてもいいし」
「あは。そうだね」
 笑う有希を見て、麗衣が言った。
「だったら、ママが画材をプレゼントするわ」
 麗衣もうれしそうだ。
 
 
 それから有希は、長い時間を絵を描いて過ごすようになった。
「写真は簡単にいろんな加工が出来るけど、最近は、それじゃちょっと物足りない気がしていたんだ」
 相変わらず料理の写真を撮ったり、写真の加工もしているが、そう言って、もっぱらスケッチブックに向かっている。
 夢中で描いているときは、嫌なことも忘れていられるようで、心なしか精神的に安定しているようなのも、伸にはうれしい。
 
 だが有希は、何を描いているのかと聞いても教えてくれないし、見せてもくれない。
「駄目!」
 伸がのぞこうとすると、そう言って隠してしまうのだ。ときどきデジカメの中の画像を見て、参考にしながら描いているようなのだが。
「ちょっとくらい見せてくれてもいいのに。せめて、何を描いているか教えてくれないかなぁ」
 わざと、すねたように言うと、有希が真面目な顔で言った。
「出来上がったら見せるから、それまでいい子にして待っていて」
 もちろん、有希がそう言うのだから、無理に見ようとは思わない。有希が机に向かって描いている間、伸は、少し離れた場所で、スマートフォンを見たり読書をして過ごしている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み