第16話 『 蚊トンボ族の 叛乱 』

文字数 1,998文字

        ◆

 世界はバウムクーヘンの薄い層だった。
 ぜんぶで10層からなる。
 最高位と呼ばれる階級に属する、超のつく富裕者層と、上級為政者たちは『位置示威(いちジー)』と呼ばれる第5・第6層に住む。
 それより『重い』第7層から第10層までは。
罪人(リーマン)』と呼ばれる者らが押し込められている『重力地獄』である。
 皆、机や機材に縛り付けられて。
 ある者らはひたすら『梱秘頌(コンピウタ)』に向かい。
 それぞれに与えられた厄介で困難な課題をこなし続ける。
 ある者はまた『奴隷(リーター)』と呼ばれて。
 針と糸や、絵筆や、彫刻刀やノミやカンナを持たされて。
 富裕者層が珍重する『イマドキ、ヒトの、手作りの!』
 …装飾品や工芸品を、生涯、造り続ける。
 あるいは、加重力の底で。『鈍重者達(スロウライヴズ)』と呼ばれ。
 泥に這い、虫にたかられながら…
 やはり超のつく富裕者層だけが口にすることを許される、『富貴』栽培の『地産』食物を。
 育てることを強いられ続けたり…
 しているのであった。

 また、『軽い』とされる第4層から第2層までは、なぜか『重』工業地区、と呼ばれて。
 無数の機械と、『奇術使(マジシャン)』と呼ばれる整備者たちが。
 瞬時も絶えることのない轟音と共に。
『ヒのチカラ』と呼ばれる不可思議なエネルギー源を使って。
 奴隷たちと罪人たちと呼ばれる一般大衆のための『量産品』の。
 食糧や、生活必需品の数々を…
 生産し、続けているのであった。 

 そして、それよりさらに軽い『天獄』と呼ばれる第1層では。
 各層から送り込まれてくる、傷病人や。
 もはや『生産性、皆無』と見なされて。
 最低限の衣食補給以外は。
 もはや、治療や延命措置を許可されなくなった…『老人』。
 妊婦や、乳幼児、また人工的にそれらを代替する飼育器と、その管理人。
 そして、『肢体不自由』と呼ばれる、『欠陥』を持って生まれた…
 特殊な形状の人々が。
 各エリアに分かれて。
 それでも与えられる『職務』を、分担し、こなしながら…
 細々と、暮らしているのであった。

       ◆

 そんな、第1層から、生まれた時から一度も出ることを許されず。
 しかし、そんな中でも互いに愛し合う相手を見つけて。
 産まれて来る、子どもたちがいた。
 幸か不幸か、その中の何割かは。
 骨や神経系統がとてもとても、もろくて。
 わずか『0.2G』と呼ばれる『軽さ』の中でさえ、
 立って歩くことはおろか。
 骨を折らずに自力で寝がえりを打つことすら、できないのであった。

 報告を受けた為政者たちは、舌打ちした。
 それでも、『死』を命ずるのは、この『世界』では、忌避事であった。
 骨のもろいもろい乳幼児たちは。
 わずかな数の(日帰りで通勤する)看護者たちとともに。
『無』界と呼ばれる、中心筒の広大なエリアに。
 放置、される決まりとなった。

 今では『(ムー)』と呼ばれるそこは。
 かつては、『港湾(ポート)』と呼ばれていたらしい。
 取り残された古い古い掲示板などには。
 今の時代には理解も及ばぬ、色々なことが書かれてあった。

 骨の脆い子どもたちは。
 そんな世界で育った。

 わずかな食料と。
 こまぎれだが、短い時間にも確かに与えられる、
 看護者たちからの愛情と。
 義務的に、与えられた、
 最低限の、識字、教育…

 それでも。

 『下界』の者たちには観ることも想像することも出来ぬ、
 広大な、『無』の…
無慈悲(ぜろじい)筒』が…
 すべて、彼らの、所領であった。

 広すぎる世界を自在に行き来するために。
 彼らの、もろい骨の手足は…
 伸びに伸びて、2mを軽く超えることすらあった。
位置示威(いちジー)』地区の高級官僚たちは。
 報告の画像を観て、また舌打ちした。
「…()トンボどもめ!」
 それから、彼らの俗称は、カトンボ族、とされた。

 ちなみに本物の『()トンボ』というものは。
 『位置示威(いちジー)』地区の中の『学究』エリアにあると言われる。
 『空く有り産む(あくありうむ)』という『お宝』の中にしか、いない。
 幻に近い、貴重な、生物だそうだ…

       ◆

 完全なる、【非】生産者、と見なされた、蚊トンボ族は。
 ほんとうに最低限度の識字と会話能力のほかは。
 一切の、知的刺激も、学習機会も、与えられなかったが…
 彼らは。
 この世界で唯一、完全に自由に使える、あり余る…時間と。
 広大な、『筒』空間に遺された、『旧世界』の遺物を…
 あくなき好奇心から、いじくりまわす、自由があった。

       ◆

 そして。
 ある日。
 成功したのである…

『この世界』とは異なる、『外の』異界との…
 交信に。

 彼らと同じような形態の種族が。
飛び竜(ドラゴンフライ)』と呼ばれて一勢力を誇っている異界も、あるらしかった。

 そして。

 ある日、かれら『可飛帆( か とんぼ)』族は…
 乱をおこし、『この世界』を、占領した…
 のである。

 そして、『 開国 』し…
 奴隷たちと、罪人たちとを。
 広い世界、
照坐庭(テラザニア)』の…
 自由、市民。として。
 解き放った…
 のである。

       ◇

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