第6話 『 狼 』の伝説。

文字数 568文字


 その娘は『白鹿』と呼ばれていた。
 野垂れ死にした流れ者の異人の孤児で。
 背が高く、色が白く、美しい金色の髪に、青い瞳で。
 長じて乳房が豊かに盛り上がり、
 腰の張りが甕のように美しく広がるようになると。
 首長の『灰熊』が眼を付けて。
 自分の妾にする、と言った。

 若者は『黒狼』と呼ばれていた。
 俊敏で、狩の名手であったが、後ろ盾がなく。
 一族のなかでは、末席で、無力であった。
 首長の無体を嫌がって暴れる『白鹿』を背にかばい、
 闘いを挑んだが。
 百戦錬磨の『灰熊』の敵ではなく。
 あわれ片目をつぶされて。
 荒野に、はなたれた。

『白鹿』は、力尽きたとみせかけて。
『灰熊』に、ほとを貫かれる寸前に。
 鋭い刃物を、『灰熊』の心の臓に突き立てた。
 すばやく二頭の馬を奪って。
 荒野の『黒狼』の後を追い。
 探し求めて。

 やがて遠くの遠くの異国の地に流れて。
 みごと、妻夫(めおと)になった。

 そのめおとは豊かに子孫をなし、草原に広がり。
 その子孫は東西に駆けて地をどよもし、
 世界をしたがえた。

 そのまた子孫が遠い時代に政争に敗れて。
 地の涯に追われ、
 海の涯に落ち延びて。

 東海三山と呼ばれる東の島の。
 狼野(おいの)と呼ばれる土地の。
 血族のなかに新しい妻をめとり
 新しい血を遺したと。

 知るは、遠き遠き未達の世の。
『 歴史の流れを紐解く者たち 』のみである…


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