BLOCK11:コンフュージョン・コントラクト

文字数 10,979文字

「ダークスター・オクトーバー、滑走してよし」
 青い澄み渡った広い空。風の香る7月の晴れの日。女性型女性サイズの機体が、ホバーしながら滑走路に移動していく。
 鮮やかな緑豊かな岐阜飛行場。
 つめかけた多くの航空ファンが、その新型試験機の記念すべき初飛行を納めようとしている。
「でも、あんな小さな機体で、ペイロードはどうするんだろうね」
「わからんなあ。でもあれが飛べるってのがすごいよな。さすが22世紀」
 その女性型女性サイズの機体、彼女は、そのギャラリーたちに微笑むと、ちょっと軽くなれた仕草で敬礼した。それにみんな手を振り返す。
「背中から翼を広げて飛ぶなんて、ずいぶん優雅な設計でいいよな。とても兵器とは思えない。いいデザインだ」
「とはいえ、目的は何らかの兵器の実用化なんだろ? 最終的にできあがったらどういう兵器になるんだ? あれは先行生産技術評価筐体X-072ー900ってあるけど。相変わらずこういう機体の名称って長いよね」
「部内的には900番と呼ばれてるらしい。どんなものになるんだろうな」
「お、そろそろだ」
 滑走路に入る900番の彼女。
 そしてプラズマジェットを噴射する。特徴的な轟音が響く。
 彼女は最後の確認をして、滑走を始めた。
 そして、軽々と空へ舞い上がった。その飛翔の傍らに練習機が状態確認のためにエスコートで着く。
 地上では整備クルーも、開発陣も、航空ファンも歓喜の声を上げている。
 初飛行は、完全に成功だった。

 それからの日々は、忙しいが、空を舞う自由がそれを上回る日々だった。
 さまざまな機動(マニューバ)飛行も行った。さまざまな武器発射試験も行った。
 そう、私は世界初の画期的な時空潮汐力戦闘機! その名は……まだないけど。
 でも、彼女は900番と呼ばれながら、愛されもしていた。
 実験が成功し、できることが増えるたびに、笑顔が満ち、歓声が上がった。

 心から幸せな日々だった。

 それが、終わる。
 最後の飛行試験が予定通り行われた。
「実験機は実験機だもの。実験が終われば、運がよければ博物館収蔵、わるけりゃスクラップだよ。わかっていたはずだけど……いつもながら、寂しいもんだな」
「あとは実機体の生産、建造に入るんだろ。この900番のデータを反映して」
「ああ。命名はまだだが、BN-X072、っていう番号らしい」
「B? 戦艦(バトルシップ)?」
「そうらしいぞ」
「想像もつかん」
「右に同じだ。ただ、どっちにしろこの900番の基礎ExzipアドレスはBN-Xにも使われるらしい」
「アドレスが競合しちまうだろ」
「まあ、でもこの900番はそのBN-Xができる頃にはオーストラリアの地下保管庫だよ。それにアドレスは競合しても時空Exzipアドレスってのは代替アドレスで有効になるんだぜ」
「そうか……」
「まあ、でもNexzipの概念もつい最近構築されたものだからなあ。競合が判明したら、この900番を潰すしかないだろうな。かわいそうな話だが」
 900番が飛行前の格納庫で、格納台車の上に固定されたまま、整備を受けながらその大きな眼を開けている。
「900番には聞こえるのかな」
「まさか。スピリット疑似のAIはまだインストールしてないはずだ」
「じゃあ、しかたないか」

 そして、900番は最後の実験飛行を終え、任を解かれ、いったん地下保管庫へ専用輸送コンテナで運ばれることになった。
 整備クルーも解散することになった。慣れ親しんだ整備室も整備機材も解体された。
 900番は、突如としてそれまでの幸せな日々をすべて奪われたのだ。

 だが、この900番には、この時点で知っている人はほとんどいなかったのだが、密かに心が与えられ、すべてが聞こえていたのだった。
 そして、900番は、そこからネット経由でBN-X072、シファの初飛行も見ていた。
 それは残酷なことだった。
 地下保管庫の暗がりから、彼女は見ていた。
 その華やかな進空式には防衛大臣以下、多くの要人が詰めかけていた。
 それを、彼女は、羨ましさを通り越して、思っていた。
『なぜあれが私じゃないんだろう』
『私がああなってもいいはずだったのに』
『それだけ、ああなるために頑張ってきたのに』
『あそこに私は立つつもりで頑張ったのに』
 それからあとも、900番は考え続けていた。
『私は捨てられたんだ……私は生まれるところを間違えたんだ……』

 そして、シファの成長と恋。
 そのすべてが900番にとっては、恨めしく思えていた。
『私とシファ、なぜこんなに差がついちゃったんだろう』
 地下保管施設で冷温保管されながら、彼女には理解できる答えは、一向に見つからないのだった。

 そんなある日だった。
 彼女を迎えに来た男がいた。
 なぜ彼女が保管所を出られたのかは判明しないところもある。
 だが、彼女はシファのプロトタイプだけに、良くできていた。
 演算能力も十分あった。
 だから、彼は、彼女をその会社に連れて行った。
 世界一の小売大手であり、自社のポイントを国際基軸暗号通貨にする野望をついに持ち始めたアメイジン社に。
 そして、アメイジンポイントを暗号通貨ファインコインにするマイニングの作業を、900番は行った。その代わりに彼女の整備施設として2つの空中巨大物流センターが建造された。
 そしてそのセンターは高額な商品も扱うことから、空中海賊に対抗する自衛システムが搭載された。それによってますますその外観は空母に似てきた。そして能力も実質的に空母だった。
 それで国は内偵を始めた。900番を手に入れた経緯、物流センターの素性。
 そんななか、アメイジンも通貨発行という巨大権力に興味を持っていた。自社のファインコインを真の国際通貨として流通させることは、顧客への利便性向上にもなるし、なおかつアメイジン自身にとっても利便が大きいのだ。そしてそれは非公開の大株主への説明会で了承された。
 だが、国が通貨発行権を脅かされるのを喜ぶわけがない。ただでさえここまで利潤を大きく上げながら節税のうまいアメイジンが国は気に入らないのだ。
 アメイジンはその900番とファインコインについて、説明しなくてはならなくなる。

 そのとき、国が通貨介入作戦を行った。
 雑な作戦がなんと裁可されて、シファとミスフィによって実施されてしまった。
 まさに絶好機だった。天はアメイジンに味方したのだ。
 アメイジンは『フェデレーション』を密かに組織した。それには先進企業が次々と密かに参加した。技術の進歩が激しいのに、あいも変わらずの国の行政の鈍重さに、もう付き合いきれない、それだったら我々でスマートコントラクト技術も使った独自通貨圏を作ってしまおうと。そしてそれを世界に拡大することで、国際通貨発行の権利の恩恵を受けようと。
 資金決済法などくそ食らえだ、と。
 そして、アメイジンはトップ以下の一部で、900番を再武装させることを決定した。既存国家と戦争になることを、覚悟したのである。
 その900番の再武装した鎧は、グラファイトカラーだった。

 そう、その900番とは、シファとあの死闘を繰り広げた『グラファイト』なのである。

「……というわけね」
 レポを見て氷室調査官がため息をついた。
「そしてグラファイトはシファとおなじNexzipアドレスを持っている。タシケント議定書ではNexzipの重複はゆるされない。つまり、グラファイトとシファはどちらかしか存在できなくなる、というか、どちらかは消えることになる。非情ね。グラファイトに心を与えるなんて残酷すぎる。なぜそんなことを」
「愛してしまったのでしょう。おそらく」
 鳴門が答えた。
「愛、ね」
「シファもグラファイトも、本当はステキですからね」
 リプレイ動画をホロパネルで二人は見ている。
「そうね。そして東京旧首都圏の対消滅弾頭攻撃はアメイジンの予想外だった」
「ええ。アメイジンの中がこれで割れ始めました。大勢アメイジンのスタッフも被爆しましたからね。あの対消滅弾については、もっと後ろ暗い組織が絡んでました」
「元の北朝鮮ね」
「そうです。彼らは限定的核紛争の末に最終的に国家として解体しますが、その中枢であった不正資金やクラッキングをやっていた組織は残っていました。そしてその脅威を訴えるウイングナイト・アショアの利権を求める勢力がつながっています。現在警察公安が一斉検挙に向けて動いています」
「22世紀まで北朝鮮が生き残ったとは。まさに狂気ね」
「ほんとそうです。彼らの恐ろしさを甘く見ちゃいけなかった」
「そして、その彼らも本当はカードとして使うべき対消滅弾頭を使ってしまった」
「切り札の使いどきとしてはどうだったのかと思います。しかも片方は新淡路市で使おうとしてシファとミスフィのシールドで阻止されました。もう片方は旧首都圏を壊滅させたけど、おそらく彼らに残りの対消滅弾頭はないでしょう。東京警視庁が東京の彼ら『39号室』の後継組織の一斉摘発を計画していたからその先手を打ったのかもしれません。しかしその一斉摘発は新淡路の警視庁の所管です。問題なく摘発が行われる予定です」
「ようやく手が追いついたわね。
「これから反撃のターンです」
 鳴門は腕をさすった。
「まだ痛むの?」
「香椎さんに守ってもらってたのにヘマしちゃいました」
「そうね。あなたももう少し研修で護身術とか履修した方が良さそうね」
「苦手なんですけど、避けられそうにないですね」

     *

 空母〈かつらぎ〉が旧首都圏を離れていく。被爆地の救難支援をほかに引き継ぎ、〈ブルースカイ〉とグラファイトの掃討作戦を開始するためである。その巨大な艦容には、傍らに〈きい〉〈はりま〉といった空中戦艦も小さく見えるほどだ。
 アメイジンは企業としては営業中ではあったが、その組織にはすでに内偵が成功している。この事案を主導したメンバーは〈ブルースカイ〉に集結し、この事案をおかしいと思うまともな人々と対立しているようだ。また『フェデレーション』にはいっている企業にも内偵が入っている。どれも同じように分裂が始まり、結束が乱れつつあるのだ。。
 そしてシファたちの母艦・軽空母〈ちよだ〉もその艦隊に参加することになった。
「久しぶりの大艦隊だな」
 宮山司令が言う。
「操艦、お願いする」
「ああ。まかせてくれ」
 艦長がくっと口に笑みを乗せる。
 その向こう、艦隊のちょっとはずれを飛んで警戒しているシファの位置が強調表示されている。
「〈かつらぎ〉から信号。現在広域捜索で索敵機を発進させている。接敵したら即座に航空攻撃を実施する」
「了解と伝えてくれ。香椎も大変だったんだな。でもおかげでグラファイトのことがかなりわかった。あの峡谷で現れ降下パワードスーツ隊を砲撃した『見えない戦車』もまたグラファイトだったんだ」
「シファのダウングレードぐらいの武装でもあれは可能だな」
「アメイジンが独自でBN-Xを建造したかと思ったら、実は奪われた試作機だったとは」
「それがよかったのか、わるかったのか」
「そしてシファ、また考え込んでる」
「ほんと察しのいい子だからなあ。苦しんじまうよなあ」
「自分が生き残るべきか、グラファイトが生き残るべきか」
「シファは自己肯定が弱いからな。そんな疑問に意味はないと思うが」
「でも、それを思ってしまうシファだから、また強さもあるのかもしれない」
「で、この事案は摘発と〈ブルースカイ〉とグラファイトの脅威を取り除けば収束かな」
「だということになっている。でも、多分何か見落としがある」
 宮山はうなった。
「この作戦の遂行に全力を尽くすが、連中にはまだ最後の切り札があるのかもしれない。目下押収したストレージの分析を続けているらしいが」

 空中のシファは考え続けていた。
 目の前のホロパネルには護衛目標として設定した〈かつらぎ〉〈ちよだ〉が表示され、そこからのびた索敵線がプロットされている。
 ――私がいなければ。
 私、そんな恨まれるほど、成功してたっけ。
 とてもそうは思えない。
 私にはまだまだできないことがやまほどある。
 その多さに、私でない誰かが私をやってほしい、と思いすらする。
 そんなことがないのもわかるけれど、私が私の得た境遇に釣り合ってるとはとても思えない。
 まともに何かを守ることもできないのに、戦艦なんて呼ばれてる。
 私にそんな資格は、ない――。

     *

 グラファイトは〈ブルースカイ〉の艦内で整備を受けていた。
 ――シファ。
 私は忘れない。
 たまたま新宿駅で見たあなたの姿。
 あなたはあのとき、新宿駅の特急ホームにいた。
 あなたは鳴門さんとともに、どこかへ出かけるためにロマンスカーに乗っていた。
 夕暮れ迫る冬の16時の列車。忘れもしない。冷たい白色に照らされたホームの小田原方の先端。
 出発を待つ列車の1号車前展望席1C・1D席。ホーム側に面した二人がけの席。
 電球色の間接照明が上品に薄く照らす暖かなバーミリオンの展望室。
 その中で、彼と並んで座るあなたは、ほんとうに幸せそうに見えた。
 私はそれを窓の外、ホームから見ていた。
 鳴門と明るく話しながら、発車前に早くも車内でコーヒーを楽しんでいたあなた。
 ウキウキとしたその表情。
 窓一枚隔てて、運命が違っていた。
 私はそのとき、追っ手を逃れるために新宿駅をさまよっていた。
 その展望席の窓ガラスに、私の姿が反射し、あなたたち二人の姿が透けて見える。
 私の目は、捨てられた子犬の目。
 あなたのサファイアの瞳は、希望に満ちた目。
 おなじ設計で、同じ場所で生まれたのに、ここまで境遇に差がついた。
 悔しいとか、嫉妬とか、そういう次元ではない。
 なんで、私はここにいるの?
 なぜ私はその窓の内側にいないの?
 なぜあなたが私の座るべき席に座っているの?
 ――それは私が試作機だから。
 用が済んだら廃棄される試作機だから。
 でも、ならば、なぜ私にこんなことを考える心を持たせた?
 傷つき痛むだけなのに、なぜ心を与えた?
 なぜそれを残酷だと思わなかったの?
 なぜ?
 ホームに立ち尽くす私。
 発車メロディがなる。
 放送がその『はこね』号の発車を告げる。
 電車から離れてお待ちください、のアナウンス。
 それが私には、幸せから離れろ、に聞こえた。
 私にこういう幸福を追求する権利は、事実上ない。
 悲しかった。
 なぜ私じゃないの?
 私、私なりにがんばってきたのよ?
 私の何が間違ってたの?
 なぜ?

 その時だった。
「出撃前だけど、君、食事は取らないの?」
 〈ブルースカイ〉での彼女の整備の一人がクラブサンドを持ってきていた。
「いらないわ」
 彼女は無機質な声で断る。
「いくら口から食べなくて問題なくてもさ、食べなよ。これ、オススメだぜ」
 グラファイトはその整備員を見た。ほかの整備員もうなずいている。
「ものを食べるってのは、幸せなことだぜ」
 幸せ。また考えが止まった。
「食べることは生きることだ」
「いや、それ、『夢見ることは生きること』って歌詞のもじりじゃない!」
「あ、ばれた? でも、夢見るか、恋するか、食べることがなければ生きていけないよ」
 グラファイトは思った。
 ――私にはそのすべてがない。
「うち、アメイジンもこんなことやってるけどさ、そこにはそこの幸せがある。どんな戦争でも食事はありがたいってことは変わらない。人間の根源だから。逆に食い物の恨みは恐ろしいけどね」
 グラファイトは、涙しそうになった。
「どうした? スープも持ってきてるんだ。あったかいもの口にすると、元気が出るよ」
 みんなが促す。
 それで、グラファイトは整備台車に乗ったまま、スープのカップを手に取った。
「あ、スープ熱いからね。冷ましてから飲みなよ」
 彼女はうなずく。
 そして、口をつけた。
「……熱い」
「ほら言ったじゃん。もー。やけどしてない? 布巾貸すよ?」
「それは大丈夫」
 そう答えて、彼女はスープを飲んだ。
「美味しい」
「よかった!」
 整備のみんなが喜ぶ。
 それを見て、グラファイトの目についに涙があふれた。
「どうしたの?」
 軽く嗚咽している彼女に驚くみんな。
「私にも、こんな時が来るなんて」
「……どういうこと?」
 機付長が聴く。
「ごめん、君の整備にまだ慣れてないから、君のこと、ぼくらはあまりまだ知らないんだ。作戦開始まで時間がある。その間、話してくれないかな。整備作業しながら、みんなに聴かせて」
「そうよ」
 みんなが言う。
 それで彼女は嗚咽しながら、こくんとうなずいた。
「私が初飛行したのは、連合艦隊岐阜基地だった。かつてX-2心神が初飛行したそこで、私は拍手に見送られて離陸した。その日のことは忘れない。私はそのとき、希望と明るい予感に胸がいっぱいだった……」

 そして、話が終わった。
「だけどさ、君の生涯が君の言うとおりクソだとしてもさ、君のものであることはかわんないよ。そして君と同じく、価値あるもんだ。世の中がどう見ようと知ったことではない。俺たちは君を必要としてる。君が何も成し遂げないとしても、君は僕らの希望であり、誇りなんだよ」
 グラファイトは涙声で、「でも、でも……」と言い続ける。
「そう思うのはよくわかる。俺もそういう要素あるから。にもかかわらず、そのクソな生涯を変えたりできるのも、君のそのハートだぜ。君次第でこれからの生涯はどうにでもなる。もう振り返らないで、これからのこと、ちょっぴり考えようよ。あんまり先見るのもつらいから、せめて今夜の晩飯とか、来週の休暇の過ごし方とか、今年の夏のバカンスとか、それ考えようよ。命なんて極端まで考え込むと生きていけないよ。僕らは縁のあった君に、生きてほしい。そして、一緒に生きていきたい。だって、こんな楽しいときがあるんだもの」
「楽しい?」
 彼女は繰り返した。
「比較は不幸の始まりだよ。シファなんかともう比較すんな。君は君だよ。君は君で、十分だよ」
 彼女は、答えに困った。
 すると機付長が笑った。
「ちょっと困ってるとき、君、かわいいよね」
 彼女は気づいて真っ赤になった。
「なかなか見せてくれないけど、それがレアでまたいいよね」
「やだなー、それ機付長、セクハラですー」
「え、そうなの? やだなあ。そんなつもりないのに」
 みんな、笑った。
 穏やかな時だった。
「おお、クラブサンドも行くか。おかわりもあるぜー」
 彼女は、笑った。
「そうそう。君は本当は、笑顔がにあう子なんだよ」 

 そのとき、警報が鳴った。
「攻撃即時待機! 全機緊急発艦準備!」
「くそ、居場所がばれた!」
「グラファイト、出撃だ!」
 彼女はうなずいて、手にした近接戦闘用の着剣したアサルトライフルを取った。
「グラファイト、出撃準備よし!」
「航空管制より、すぐに出てくれ。射出ゲートはあいている」
「了解!」
 グラファイトは運搬台車をおりた。
「発艦スポットへ移動してプラズマジェット起動!」
 彼女が歩いてスポットへ移動する。それを整備員たちが帽子を振って見送る。
「右エンジン起動。動翼チェック」
 グラファイトは手順を進めていく。
「準備よし」
 すべての準備が終わった。
「グラファイト、発艦」
 彼女が離礁するそのときだった。

「君の無事の帰り、待ってる」
 機付長の言葉が、ふっと聞こえた。

 彼女は、泣きそうになりながら、空を駆け上っていく。

     *

 そして空中重空母同士の海空戦が再び始まった。
 さきに発見したのは〈かつらぎ〉側だった。哨戒機が〈ブルースカイ〉を発見、触接を開始した。すぐにアメイジンの直援機がむかって追い払おうとするが、それより先に〈かつらぎ〉搭載航空隊の航空攻撃が始まろうとしていた。しかしその寸前に〈ブルースカイ〉の攻撃隊も全機発艦に成功し、戦いは重空母同士の苛烈なたたき合いになるのがはっきりした。
 そしてグラファイトはその彼ら航空隊の数を見た。空を覆わんばかりの戦闘哨戒機の大編隊だった。日本とアジアが誇る正規空母の攻撃力が今まさに発揮されようとしていた。
 彼女はターンすると、その編隊に突入して攻撃を阻止しようとする。
 だが、そこには、何度も憧れた冷緑色のシールドに包まれた小さな機影もいた。
 シファだ!
 あれを母艦に突入させるわけにはいかない!
 グラファイトはすぐに判断、わざと目立つようにアフターファイアを引くと、西へ向かった。

「シファ、あれは?」
「グラファイトね」
 シファは発見したグラファイトの位置と進路を算出した。
「〈かつらぎ〉に向かったかもしれない!」
「いや、でも〈かつらぎ〉にはミスフィが護衛でいるはず!」
「……いやな予感がする」
 シファはそう言った。
 だが、そのとき、戸那実の指示が聞こえた。
「攻撃目標は一にも二にも母艦よ。あなたの目標はあくまでも〈ブルースカイ〉なのよ」
「……そうね」
 シファはそう答えると、思いを切って、剣を構え直した。
「ミサイルの飽和攻撃に続いて突入してくれ」
「了解!」

「〈ブルースカイ〉攻撃隊接近中!」
「脅威ー赤、脅威の方位0-8-2、全艦武器使用自由!」
 〈かつらぎ〉打撃群では戦艦や護衛艦艇の迎撃が始まった。それぞれに垂直発射機からミサイルを打ち上げる。
 そしてミスフィはくっとすこし笑うと、空中でステップを踏んで剣を振りかざしながら533ミリ対空砲弾の連続一斉射撃を始める。猛烈なその射撃はほかの在来戦艦よりもはずかに強烈である。
「回避! 回避!」
 〈ちよだ〉も大きく姿勢を変えながらミサイル攻撃を回避する。連合艦隊随一と言われた〈ちよだ〉艦長の操艦術の本領発揮である。
「〈グラファイト〉発見!」
「こっちにくるか? ミスフィで対処を」
「いえ、来ません! 針路変針! ……これは!」
「大湊のアショア・ゼロに向かっている!?」
「そうと思われます!」
「アショア・ゼロに通報! そっちへ〈グラファイト〉が行くぞ!!」

 夜に浮かぶ青森県大湊、ウイングナイトアショア〈ゼロ〉基地。
「釜臥山第42警戒群も目標を探知!」
「標的、対空目標、その数1、まっすぐ来る! BN-Xらしい!」
「対空戦闘! 撃ち方はじめ!」
 地上配置型のシファ級戦艦であるウイングナイト・アショア。その構成は中央のコンクリート台座の上の固定筐体とよばれる女性型女性サイズのヘッドがあり、それに電源を供給する受電施設と発電施設、その運用を指揮する施設ブロックハウスで構成されている。そのそれぞれが堅固にコンクリートで防御されている。まさに要塞である。
 その中央筐体からレーザーと砲が猛烈な勢いでグラファイトへ放たれる。
 グラファイトも撃ち込んでくるが、ゼロもシールドを展開して抵抗する。
 だが、彼女の攻撃は苛烈だ。もうもうたる発砲煙を吹きながら突進を続ける。
 互いにシールドを張りながら撃ち合い、たたき合う。
「シールドパワーを追加! 東北電力に緊急受電要請!」
 東北電力からの受電設備がブーンという磁歪音を上げる。
「グラファイト、シールドをさらに強化!」
「負けるな!」
 ついに大湊・青森市街の明かりが消えた。アショア・ゼロの展開するシールドへの給電を優先するために停電したのだ。
 だがそれですら、攻め込んでくるグラファイトを阻止できない。
「周辺高射群の支援を!」
「間に合いません!」
 直後、グラファイトの展開するシールドが一気にゼロのシールドを押し込んで吹き飛ばした。その強烈なエネルギーに地上のゼロの施設がさらされ、その分厚い防御高強度コンクリートですら削られていく。
 さらにグラファイトが接近、ついにウイングナイトアショア基地に降り立った。
 そして地上固定筐体に近づくと、その手にしたライフルの銃剣で、容赦なく刺突した。
 銃剣が刺さって、引き抜かれた筐体の突き出した胸から、その中で循環していた生理維持液が鮮血のように吹き出す。
 そしてさらにその繊細な首に見える部分に銃剣の斬撃を加えた。それはまるで、シファに対するもののように、暗闇のなか、ライトで照らされて見えた。
 銃剣で切り裂かれて頭部が血まみれの長い髪とともにゴトリと落ちる。凄惨な戦闘!
「ウイングナイトアショア、完全に沈黙……!」
 さらにグラファイトは傍らの指揮施設のコンクリート製の指揮施設、ブロックハウスに目を向けると、容赦なくそれにレーザーを放った。
 溶けたガラスになって吹き飛んだその屋根の下に、アショアを制御していた機器のマウントラックと、その合間に指揮を執っていたクルーが折り重なって倒れているのが見えた。生存者は絶望的だった。
 こうして残忍にウイングナイト・アショアを完全無力化したグラファイトは、満足してそのまま帰投することにした。
 まさにこれがBN-Xの猛威だった。
 そしてウイングナイト・アショアのシステムと兵器としての限界が示されたのでもあった。

 だが、その戦果を上げて上空に戻ったとき、グラファイトは気づいた。
「母艦が!!」
 そう、すでに母艦〈ブルースカイ〉は、〈かつらぎ〉攻撃隊の飽和攻撃の後のシファの突進と砲撃によって、撃沈されていたのだった。
 そして、あのスープをくれて、グラファイトの身の上話を喜んで聴いてくれた優しい整備員たちも、母艦と運命をともにしたのだった。
 生存者の存在がほぼ期待できないほどの、短時間での激しい轟沈だった。
 〈ブルースカイ〉のいた空の下、海には、青い煙の中、軽い破片の一部が大量に浮かんでいる。

 グラファイトの慟哭が、鋭く三陸沖の海に響いた。

 そして泣きはらした後に再び開かれた彼女のその瞳には、もう、シファへ対する強い怒りと恨みの炎しか、宿っていなかった。


 だが、〈ブルースカイ〉を撃沈したシファも震えていた。
「私……私がこれを、やったの?」
 シファはその空中にまだいた。
「シファ、終わったわ。あとは救難隊に任せて帰投して」
「でも……でも」
「でももなにもないわ。それがあなたの戦果よ」
 戸那実が言い切る。
「戦争に、人道的もきれいもないわ。だから、安易に始めちゃいけないのよ」
 その言葉に、シファは言った。
 エスカレートしていく戦いに、シファはもう耐え切れそうになかった。
「戸那実さんは、強いのね」

 戸那実は、それに答えなかった。
〈つづく〉
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登場人物紹介

シファ(シファリアス)

 BBN-X、時空潮汐力特等突破戦闘艦シファリアス級の1番艦、ネームシップ。最新鋭の心を持つ女性サイズ女性型戦略型宇宙戦艦。第2次近代化改装を受けて搭載する武装や機器とシステムプログラム・ウイングナイトシステムがアップデート、大幅に刷新された。

 大学時代から内閣調査庁調査官・鳴門と恋仲にある。新淡路大学卒業後幹部教育隊を経て、独力で行動可能な戦艦である自身を指揮の執れる1佐格を持っている。しかし搭載する行動支援システムZIOTの支援がなければ自転車にすら乗れないほどの運動音痴。「ウイングナイト」「クールな守護天使」のはずがいつのまにかポンコツ戦艦呼ばわりされるに至っている。

ミスフィ(ミスフィオス)

 シファ級の2番艦、姉妹艦で妹に当たる。女性形女性サイズ戦艦。BBN-Xになるための近代化改装をまだ受けていないためにBN-Xと呼ばれる。艦番号73。

防衛大学校卒業、幹部教育隊を経て第99任務群配属後に香椎2尉と恋仲となるが、どういう恋愛をしているかは不明。というかレースクイーンの刑ってなんだ? そういうところが周りからは怖がられている。

 通常の言葉を話すのが嫌いなのでいつも同意と否定の電子音とメッセンジャーの文字で会話する。失声症に近いかも知れない。だが戦艦としての武装の他に、超音波域の波長の叫び声でさまざまなセンサーを麻痺させる音響麻酔能力を持っている。耳もシファと違いエルフ耳のような形状になっている。

 他にもいろいろとミステリアスな要素を持っているが、その実、姉であるシファを強く敬愛している。

戸那実3佐

 シファとミスフィの所属する第99任務群の指揮幕僚。司令の宮山空将補を支え、シファとミスフィの作戦を立案・支援する。

 防衛大学校首席卒業の才媛なのだがいろいろと素行不良なことがあって(とくに整理整頓が苦手。それでもいっっぱんじんに比べればきちんとしているのだが)、それで指揮幕僚課程を進んでいても出世の目はないと思われていたところを宮山司令にスカウトされて現在の配置にいる。以前は重巡洋艦〈みくま〉に乗り組んでいたがそのあとずっとこの99任務群に所属している。

 視力が弱点で眼鏡着用なのだが、コンタクトレンズや視力アシストを使っている時も多い。

香椎2尉

 陸戦のエキスパートだが現在第99任務群に所属、〈ちよだ〉にセキュリティ担当として乗り組んでいる。そのままでは練度がなまるので連合艦隊司令長官附で陸戦用新装備の試験の仕事もしている。いつもパワードスーツ搭乗用の迷彩レオタードでうろうろしていたり、異常なほどの大食らいだったり、なかでも豪華プリン好きであきれられているのだが、それでも敬愛されているのは彼女が苛烈なUNOMA(中央アジア暫定統治機構)の武装警察軍の任務の中、最大の窮地から多くの部下をその名指揮によって救い出した英雄であることと、とぼけながらも聡明なところを垣間見せるギャップによるのかもしれない。

 ミスフィの恋人でもあるが、ミスフィとどういう恋愛をしているかはほかのみんなは怖くて聞けない。

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