プリンセスプラスティック コンフュージョンコントラクト

BLOCK01:承認競争

エピソードの総文字数=12,698文字

 内的宇宙に発振されたパルスが全身を駆け巡り、彼女の筐体とよばれる女性型の強化義体を奮い起こした。
 スリープモードで循環していた血液が強化心臓の力でさらに加圧され、人間で言えば脳にあたる器官への酸素供給を増大させる。その疑似脳はどこまでも人間のモノに似ていたが、セラミックで出来た『マーカー』と呼ばれるごく小さな人工臓器に内蔵された量子神経接続を経由して、別時空の世界最強のプロセッサネットワーク『ウイングナイトシステム』とその管理システム『ZIOT』と連携している。そのシステムに疑似脳の脳波と脳内物質で情報をトランザクションし、疑似脳の脳波は一気に睡眠波から明晰波に変化した。
 彼女の横たわっているのはサナトリウムにも似た部屋、『主整備室』。
 その壁の表示、『BBNX-072シファリアス』の横の『主機運転時間』はまだ0を示しているが、園下の『筐体運転時間』と『システム時間』は0から加算を開始し、この横たわる彼女、女性形女性サイズ宇宙戦艦がすでに起動していることを、見守る白い制服の整備クルーに示している。
「シファ、起きてるよね」
 整備クルーの一人のツインテールの女性が声をかける。
「まだネモイ」
 シファはそう駄々をこね、整備クルーのみんなは溜息をついた。
「もー。麻酔から意識戻んなかったかと思って心配したよ」
 もう一人の若い男性クルーがぼやく。その胸には機付長・沖島の名札。
「計算通りに麻酔調整してても、意識ってのは特別だから」
 他のクルーも口々に言う。
「みんな心配しすぎよ」
 シファの言葉に、クルーたちが一斉に言った。
「それ、ひどい『おまいう』案件だよー!」
「正規空母6隻分の建造費かかって生まれた女の子を心配しないですむ人間なんかいません!」
「だいたいこの近代化改装だって巡洋艦1隻新造と同じ費用かかってるんだよ」
「それかけて『意識戻りませんでした、起動不良でまた追加予算要ります』なんてなったらゾッとするよ」
 クルーたちがぶうぶういう。
「はいはい、わかってます。みんなが大事にしてくれるのは嬉しい。んだけど、それ、私のことが大事なのか、私にかかった予算が大事なのか時々見失っちゃうなあ」
「見失っちゃダメだよ。それは両方どころじゃないんだから」
 シファは目をこすりながら身体を起こした。
「今日中に主機時空潮汐機関の起動までやるよ。時間無駄に出来ないから」
「もー。バイオプラスティックのお姫様(プリンセスプラスティック)、ってほんとね。私に人権実質的にないのは近代化改装終わっても全く同じなのね」
 シファは眠そうな中嘆く。
「戦艦にも人権がほしい、って運動する? 戦艦やめて普通の女の子に戻る方法はなくはないけど」
「うーん、でもそれは、ね」
 シファは考え込む。
「あと、シファ、忘れてるよ」
 機付長がさらにたしなめた。
「ああ、そういえばそうね」
 シファは、息を少し吸うと、言った。
「おはよう」



「しかし艦ってのは案外自由に『魔改造』できるもんだねえ」
 整備クルーとは別の、日本連合艦隊の制服を着た男性士官がそう感心する。
「空中艦の時代になる前の飛行機は重量増えると強度がすぐ不足しちゃってたけど、今はDAGEX質量軽減システムがあるから。体積大きいけどその分浮力もあるから今は戦艦も空母も空飛べるわね」
 小柄な眼鏡の女性士官がクリップボード片手にこの艦〈ちよだ〉の上部構造物の最上甲板である04甲板をともに歩きながら言う。
「まあ、日本は戦艦や巡洋艦を空母にしてみたりしてたし、世界的にも艦艇の魔改造は多いもんね。でもうちの艦(ふね)、旧海軍のときと同じくこうやって軽空母(CVL)改装があらかじめ予定されてたんだね」
「〈千代田〉ね。水上機母艦だの甲標的母艦だの高速給油艦だの、あとでどうにでも改造できるようにしてたって。まあそうでしょうね。シファ級女性サイズ宇宙戦艦も、実運用してみないと海のものとも山のものとも付かないから、予算取るときに途中で『だめでした! やめます!』って言えるようにって保険かけてたんでしょうね」
「旧海軍時代も自衛隊時代も俺たち、そういうこと画策するから、ずるいって言われるんだよな」
「もはや伝統よね。こういうの」
「それに比べれば陸さんはこういう予算取るの苦手だよなあ」
「そうね。見てて可哀想になる。政治のいいなりで装備押しつけられて。シファ級戦艦のウイングナイトシステムを地上運用する計画、あれ、陸さんに押しつけられちゃうみたい」
「ええっ、あの『ウイングナイト・アショア』? あれ、航空高射隊でやるのかと思ってた」
「まあ、あれが必要になるかどうかまだわからないけど。シファ級の小型重防御強火力を地上配置してなんになるのかと言えば、今流行の情報犯罪にあのシステム能力を使って対抗するってコトらしいわ」
「まあ防御は強烈なピクセルシールド張れるし、図体が小さいのはたしかに有用かな」
「なに言ってるの。あなた、そんなだから昇級試験逃すのよ。シファ級の建造だけじゃ、建造メーカーグループが全然元とれなかったから、その代わりに作ってるのよ」
「ええっ」
「ほんと、あなたって陸の政治に疎いんだから。艦隊士官も結局は陸の政治次第なんだから、もうちょっと観察しないと人生棒に振るわよ」
「なんだよー。士官暮らしも上司次第、なんてサラリーマンみたいじゃないか」
「でもそれはどの組織もそうよ。役所も企業も上司次第。うちは司令も艦長も留任ですごくホッとしたわ。そろそろ交代しちゃうんじゃないかと思ってた」
「でもウチの司令、シファ級の開発からやってた『現代のリッコーヴァー』だぜ。そうそう簡単には動かせないはず」
 リッコーヴァー提督は米海軍で世界初の原子力潜水艦を実現したことで有名な提督である。当時の原子炉を潜水艦に搭載するのは至難であったが、その行動力で原子炉の小型化を推進し、一気に潜水艦を『潜ることも出来る艦』から真の意味の潜水艦にした。
「リッコーヴァーは確かに米海軍最長のキャリアだったわね。あの時代に18歳の兵学校合格から大将になる63年間も海軍にいるなんて想像絶しちゃうわよね」
「他に代えがたい人ってのはいるからなあ。ウチの司令もそういう人だよ」
「でも海軍兵学校のハンモックナンバーはたいしたことなかったんだよね。人気ない機関科に進んだけど、そのとき大学で電気工学の修士取って人生変わっちゃった」
「そうよ。あなたも勉強しないと。学歴はそれだけじゃ意味ないけど、学歴がモノを言うことは結局多いもの。悔しいけど」
「へいへい。日常勤務でヘトヘトだけど」
「あ、そういえば例のカシス准将があなた宛にテキスト送っておいたって」
「え、なんだろう」
「え、まだ読んでないの! だめじゃない! せっかく『現代のマハンあるいはクラウゼビッツ』って言われてる戦略家から直々に手紙貰うなんてすごい栄誉なのに! あなたって人は!」
「わかったよ。今チェックするよ」
 彼は視野内にインポーズされるホログラフィパネルを操作した。
「うわー、すげえ長文!」
「それだけあなたに准将が期待してるのよ」
「ありがたすぎてヘトヘトになる」
「もー!! こんど来日したらちゃんと観光案内するとかしてお礼するのよ!」
「それもか。観光疎いからだれかにプラン作って貰おうとしてたのに」
「丸投げするの?! ダメよ」
「でも『あの人』にだけは投げるとダメだなー、とは思ってる」
「『あの人』? ああ、鳴門調査官? それは絶対ダメ。ダメダメ。あの人、絶対『乗りテツ』なプランしか考えないから」
「鳴門さん大学時代にシファと一緒に行ったシベリア冷戦遺構見学ツアー、ヒドい乗りテツツアーにしちゃったらしいからなあ」
「それがシファはそれすごく喜んでそれ以来の仲だけど、シファもシファよねえ」
「ほんとそうだよね。その鳴門さんに今日本で准将を観光ツアーに連れて行きたいって言ったら」
「開通したばかりの東北・北海道リニアで札幌行って、そこから間宮海峡大橋連絡線でシベリア行くとか」
「それじゃぜんぜん日本観光じゃないよね。それ、シベリア観光だよね。ダメダメ」
 二人は歩いていた甲板上から下を見た。
「すっかりこのシファ級の母艦〈ちよだ〉を一人前の軽空母にしちゃったもんなあ。こんな立派な飛行甲板できちゃったし」
「これならティルトローターの複数同時運用もできるわね。単独行動がしやすくなるわ」
 その飛行甲板で誘導員に誘導されてシファによく似た姿が出てくる。彼女が胸のクリスタルにタッチすると途端に艦隊の制服が解け、シェイプされた赤いアーマーを身につけた勇ましい姿に変わり、背中から二対の翼が吹き出す。そしてその下側の細い翼を尾のように扱って飛行甲板を叩きながら、彼女は背丈ほどもあるプラズマの剣を取り出す。直後に周りの空中8箇所に紫の開口マークが浮かび、一瞬揺らめくとまた消えた。
「相変わらずシファ級は小さいよなあ。女性サイズ女性型戦艦って小さすぎるよ」
「慣れてても感覚狂っちゃうわね。でもあのミスフィは今回近代化改装ずらしたのね」
「姉妹艦のシファとミスフィを同時に近代化改装で戦列から外すのはマズいって判断らしい」
 その時だった。
「初めて見ました!」
 その声にその男女2人の士官は振り返った。
「魔法少女の変身シーンみたい! というか、これ、『艦隊これくしょん』の艦娘とか『アズールレーン』とか『アーマーガールズ』とか、いろいろそういう権利踏んでませんか! まるでそっくりですよ!」
 コーフンしているその若い男の姿に、女性士官が頭をかいた。
「ええと、基地の見学者ツアーのコースからここは外れてます。案内のモノ呼びますので、この艦を速やかに降りてください」
 言葉を整えて彼女は拒絶する。
「おかしいなあ、ここまでセキュリティゲートいくつもあるから子供が迷い込むなんてなさそうなんだけど。それになんでそんな大昔のゲームの事言ってるんだろう」
 そのとき、太い声が聞こえた。
「熱海、戸那実、この男は任務説明に来た金融庁の担当補佐官だよ」
 その将補の階級章を付けた司令に熱海と呼ばれた男性の1尉、戸那実と呼ばれた眼鏡の女性の3佐の顎が『かっくん』と落ちた。
 その一瞬のあと、二人は声を上げた。
「えええええ!!」



「ええと、一応、艦船擬人化のアイディアは大昔から少しあったけど、こういう女性サイズ女性型艦艇はシファ級のほうが先ですからね」
 全員が集まったこの艦の食堂で、戸那実がクギを刺すように言う。
「え、何のことですか?」
「もー。頼りない著者のせいでこんな要らない説明私たちがするのは厭になるわ。まったく」
 彼に対して言ったあとに戸那実がぼやく。
「まあまあ。戸那実もそんなこと言ってると転勤になっちまうぞ。まあお前さんは成績良いからそっちのほうがいいかもしれんが」
 司令がそう笑う。
「今更普通の指揮幕僚に戻って面白い事なんてないですよ」
「この99任務群配置、そんな面白いか?」
 司令はさらにとぼける。
「司令も意地悪言わないでくださいよ。そんなこと言うから他の隊から『99任務群は』って言われちゃうんです」
「え、なにか言われてるのか?」
「司令!」
 戸那実はぷうとふくれる。
「随分楽しそうな艦隊ですね」
 金融庁の男、といっても子供にしか見えない彼はそう笑う。
「これまで連合艦隊に作戦でお世話になったこと何度かあるんですけど、ここまで陽気なところは初めてです。あ、これ、名刺です」
 戸那実と熱海が名刺を受け取る。
「羽左間(はざま)さん、って仰るんですね。金融庁対外政策担当補佐で、その情報決済監視センターの……副センター長!?」
「えええっ」
 二人の士官は驚いている。
「この羽左間君は金融庁に臨時職員で採用されて、そこからキャリア街道まっしぐら。おととし司法警察官研修を首席でパスしたんだ。今時風味のたたき上げキャリア、将来の金融庁の局長級は確実だ」
「ええっ、ってことは警視庁の建部警部の後輩ですか!」
 シファたちが警察と一緒に作戦を行うときの担当がその建部警部である。同じように情報セキュリティのスペシャリストである。
「ああ。今は学齢を前倒ししている人間が多い。羽左間君も10代半ばで金融庁でセキュリティ専門スタッフに採用されてる」
「それじゃ公務員採用制度がグズグズですよね」
「高度に専門スキルの必要な仕事は臨時職員採用者から養成する。情報関係の仕事は役所でも今はそういうことが多い。連合艦隊でも警察でもそうだもんな」
「逆に高齢者も、適性があれば大昔の後期高齢者過ぎた人まで働いてますもんね」
 戸那実がそう同意する。
「年齢に意味がなくなってる。そのうち時間にも意味がなくなっちまうのかもな」
 司令がそう言うと、熱海が「今,最先端のデジタル物理学でそういう話してますよね」と継ぐ。
「まったく、デジタル物理学だの高度暗号だの通貨犯罪だの、扱うものがどんどん得体が知れなくなってくよ。今普通の量子実装技術ですら『そんなものはあり得ない!』って言われてた昔が懐かしい」
 そういいながら宮山司令は量子圧縮インスタントコーヒーをカップに作っている。これは錠剤になっていて、真ん中のくぼみをつつくと別時空からドリップ済みの温かいコーヒーを呼び込むものだ。これならお湯も粉を溶かす時間もなしに挽き立ての味がいつでも楽しめる。生活に応用された量子実装技術の一つの成果である。
「なに懐かしがってるんですか。司令そんな歳じゃないですよね」
 とツッコむ熱海も、その宮山司令がその量子実装技術の確立によって時空潮汐力機関を搭載するシファ級戦艦を実現した人であることへのリスペクトは忘れていない。
「老兵は消え去るのみだよ。君らがもっと伸びてくれないと俺、退役できないぜ」
「する気ぜんぜんないこと言わないでください!」
 戸那実もツッコむが、彼女も同じくリスペクトの眼である。
「あーあー、ぜんぜん話が進んでませんね」
 そう食堂の奥、厨房から声が聞こえる。
「矢竹、聞いてたのか」
 矢竹と呼ばれた下士官、3曹が厨房で調理用3Dプリンタの操作をしながら答える。
「みんな地声大きすぎですよ」
「声が小さいよりは良いと思うんだが」
 司令がつぶやく。
「でも、金融庁の人がなんでこの部隊に? シファたちを使った潜入作戦ですか?」
「いきなり作戦内容に入り込まないでよ!」
 矢竹の言葉に戸那実がまたふくれる。
「でも、そういうことでしょ」
「そういうことだよなあ」
 矢竹と司令が声を揃える。
「もうっ! でもそういうことね! きっとどうせ今問題になってる暗号通貨使ったマネーロンダリングに物理的な方法で探りを入れる作戦とかでしょ! どうせ!」
 戸那実がイラッとした声を上げる。
「え、もう察しちゃったんですか」
 羽左間は驚いている。
「時間の流れ方がここ、オカシイ気がします。話す前に話知られちゃた……」
「まあ、実際こういうところなんだ。ウチの部隊、99任務群はインド洋から大西洋まで展開しているこの連合艦隊じゅうから優秀者をひっかきあつめて作ったからな。みんな優秀なのに、もとの配置だとその能力に合わない仕事させられてたんだ。この戸那実は指揮幕僚課程でも力有り余っててその結果素行不良やっちまって降級させられるとこだったし、熱海も今時珍しいエアヨットマンで航海科にすごい適性あったのに、上官に気に入られないせいでハワイの山頂観測所に配置されてヒマしてた。シファの機付長も試験嫌いのせいで地方隊にまわされてて。そこで地方隊の護衛艦の整備、普通はドックじゅうのエンジニア全員でやるのに、それを一人でばっちりやったんだ。でもこれまた上官と同僚の嫉妬食らっていじめられてた。彼がいなければ時空潮汐機関保安院からシファの安全管理許可認定なんか受けられなかった」
 司令がこの母艦のみんなを紹介する。
「……理想の組織ですね」
「でなきゃ、シファ級の運用なんて人類にとっての難易度最高のことは出来ないよ」
「そうでしょうね。現代に艦娘というか魔法少女を兵器として誕生させて運用するとしたらそうなりますね。にわかには信じがたいですが」
「そうだよなあ」
 司令がまたとぼけた声を出す。
 そのとき、血圧低そうに顔を青くした女性士官がフラフラと食堂に歩いてきた。
「ああいう人もいるんですね。みんな、連合艦隊の隊員らしくパリッと背筋伸びて快活なのに」
 羽左間が思わず言うと、戸那実がすぐに気がついて叱声を浴びせる。
「もう! シファ! その猫背は近代化改装明けだからなの!? ダメ! 猫背は!」
「戸奈美さん……朝から次から次へと私の機能動作確認の仕事でつかれちゃって……」
 こんどは羽左間の顎が落ちた。
「えええっ、このすごく具合悪そうなヒトが戦艦シファ!?」
 羽左間にみんなが黙って頷いた。
 沈黙のなか、一言司令がつぶやいた。
「ほんと、困ったもんだよ」
「そうですよね」
 それに答える矢竹が鍋でなにかを煮ている。
「お、金曜カレーか。もう金曜か」
「羽左間さんの分もありますよ。ほら、シファも食べて元気だしなよ」
 矢竹が愛想良くいう。
「私の近代化改装、失敗だったかも。ウイングナイトシステムのベースラインもこれで最新になったけど、なんかだるさ感じやすいわ。これすぐに修正パッチ提供されるんじゃないかな、って、これじゃ私、大昔のコンピュータみたいじゃない!」
「シファは人間じゃないけどそういうこと感じるとこ、やたら人間っぽいよね」
「しかも最近のシファ、すこしポンコツ入ってるわねえ」
 熱海と戸那実がそう言いあう。
「てへ♡」
 シファがそうおどけると、みんな溜息をついた。
「でもシファ、戦艦としての自覚は忘れないでね。士官としては1佐、大佐と同じクラスなんだから」
「ええと」
 羽左間が頭を抱えながら言う。
「どうにも軍隊というか連合艦隊の階級がよくわかんないです」
「ああ、そうかもしれないね。幕僚長・空将・将補が将官で大きな組織の指揮を執る。社長から役員クラスで運転手が出勤につく。1佐2佐3佐が佐官で中規模の組織の指揮を執る。支社長から部長クラス。1尉2尉3尉が小規模の組織の指揮官でここまでが士官、會社で言えば係長以上。曹長から1曹2曹3曹が下士官で現場をまとめる。ここまでが正社員みたいに言われる。士長・1士・2士が現場で働く隊員、つまり現場の兵隊さんで任期制、つまり2年9ヶ月ごとに契約更新するバイトみたいな制度になってるけど、会社で言えば一般社員だね。ただやる仕事は陸海空や配置によって違いは大きい」
「あの赤い彗星シャアは少佐でしたね。つまり部長だったんですね」
「あそこからあと大佐になったらしいけど、俺は昔のアニメあんまり知らないからなあ。天空の城ラピュタの特務の青二才ムスカも大佐だね。陸だと田舎の駐屯地のトップで神様みたいなもんだけど、海だと大きめの艦艇の艦長。中佐は小さな艦艇の艦長。少佐はそういう艦艇の副長。でも航空部隊は厳しくてね。パイロットになりたてだと2尉、ベテランだと3佐ぐらい」
「エヴァンゲリオンの葛城ミサトさんは1尉から途中で3佐になりましたけど、なるほど、初めのシャアと昇進したミサトさんは同じ階級なんですね。でもシャアはモビルスーツ乗ってたなあ」
「ウチの著者のお父さんは航空学生(航学21期)から哨戒機のベテラン機長になって定年直前に2佐になってる。2佐で哨戒機に乗り続けたのは異例だったらしい。それにパイロットは飛行危険手当とかの手当がすごいぞ。著者、それで大学浪人とかさせてもらったもんなあ」
「もう! 司令も! そういう変なメタ記述やめてください!」
 戸那実が怒る。
「まあ、こうプリプリ怒ってる戸那実が3佐、それに馬鹿にされてる熱海が1尉、そしてシファが1佐相当でその整備責任者の機付長の沖島が曹長、ってなってる」
「宮山司令、えらいんですね」
「……この隊だとだれもそれを口にしてくれない」
「えええっ、司令、そう思ってたんですか!」
 戸那実も熱海も驚く。
「第一、俺、将補なのにマイカー自分で運転して官舎から通ってる」
「司令、そこで落ち込まないでください! マイカーは公共交通発達した今は贅沢品ですから!」
「そうですよ。自動車は全部今ホントに自動運転ですから。ゼータク品ですよ。みんな自動運転の自動車シェアしたりバス乗ったりしてるんですから! 司令、しっかり!」
 戸那実と熱海がそうなだめる。
「そうか……」
「でも、戸那実がシファ叱るのも、ホントはダメだよね。1佐を3佐が叱るっておかしいもんね。階級上の人を叱るってありえないよね」
 熱海はそう言いながら、戸那実のほうが階級が上なのを忘れていたりするお馬鹿さんである。
「シファは1佐『相当』です! 独力行動するから1佐『相当』なだけ! ホントの1佐じゃないんだもの!」
「まあシファは人間でもないし、建造されてから10年経ってないもんなあ」
「シファはまだ10代みたいなもんだもの。大学卒業してるとは言え。それに連合艦隊の中で規律がなってないとか娑婆っ気がぬけてないのは困ります!」
「戸那実さんー、そんな厳しくしなくてもいいじゃないー。私、人間とは別なんだからー」
 シファが量子圧縮紅茶を解凍してハチミツを入れながらそう言う。
「都合良いときに人間じゃないこと使わないで!」
「戸那実さん、あんまり怒ると身体に悪いですよ。カレーもうすぐ出来ますから」
 そのとき、ぱっつんぱっつんの迷彩ボディースーツの女性士官が入ってきた。
「わ、『ストⅡ』の初代キャミィそっくり!」
「え、なんですか、それ?」
 彼女は大きな目を「?」マークにしている。
「ああ、香椎さん。彼女は1尉だけど、部下がほとんどいない珍しい配置で」
「司令、GF(連合艦隊)長官とそういう配置作っておいてそう言わなくても」
 香椎が抗議する。
「ほら。ウチの隊はみんなヘーキで俺にこうツッコミいれるんだから。俺が将補だってこと忘れそうになる。でも香椎もGF長官付兼第99任務群警務長兼技術研究開発本部陸上装備品開発審査員だからなあ。うわ、すごい長い肩書き」
「司令も将補なのにセルフ突っ込みしないでくださいよー。威厳がないー」
 香椎はそう言いながら食堂の共用の冷蔵庫から自分の名前を書いたスポーツドリンクを取り出している。
「ああああ、どうしてウチの隊はこうも規律がないの!」
「戸那実さん、カレー出来ましたから! 食べて静まってください!」
 矢竹がそうなだめるとき、鐘がカンカーンと2回ずつ4組鳴った。
「これは8点鐘。艦のなかの時報だよ。1つの鐘が30分で、ワッチという航海当直もこれで分けている。艦内での当直は4時間制で、それに従って食事もバラバラなんだ」
 それとわかるシファたちの整備班のみんなとともに、ミスフィと口ひげを蓄えたいかにものベテラン士官が来る。
「艦長も転勤回避できて良かったよ」
「そりゃそうだ。この艦、足回りが安定させられないうちに軽空母化改装されたからな。手を離したくないさ」
 彼は宮山にそう答える。
「ネモ船長みたい!」
「ああ、ノーチラス号の。でも問題はこの〈ちよだ〉、航海にあまり出ないから、ノーチラス号ほど活躍のシーンがない」
「活躍しないのが大活躍だ、といいたいところだが、ウチの航海科が練度落とさないでがんばってるのは奇蹟だよ。いろいろ腕がなまるもんだ」
「艦長、そこは工夫ですよ」
 熱海が胸を張る。
「熱海、船が好きだもんな」
「え、艦長はそうじゃないんですか?」
 艦長は声にはしなかったが、にやりと笑った。いかにもである。
「さて、これで昼食だ。シファ、身体温まったか?」
「冷え性の女性サイズ女性型戦艦なんてヒドイッ!」
 戸那実はなおも怒るのだった。



「シファさん、ようやく顔色良くなりましたね」
 羽左間が新淡路基地の中、制服ではなくワンピース姿になったシファを助手席に座らせて自動車に乗っている。新淡路市、淡路島付近に作られた日本の新首都に作られた連合艦隊空中艦艇基地、それがこの基地であり、人工地盤で40層の免震立体地盤を重ねた立体区部分とつながっている。
「ほんと、修正パッチが欲しいです。なんか近代化改装失敗した気がしてます」
「でもシファさん人間サイズだからこうして車に乗れるけど、普段の移動はどうやってるんですか? 全部空飛んでるんですか?」
「武装姿でないと基本飛べないんです。だから普段はこうしてシェアの車乗ったり、バス乗ったり電車乗ったり。でも自転車は未だに苦手で」
「ええっ! 自転車乗れないんですか!」
「支援システムのZIOTを止めちゃうと私、運動音痴で」
「ダメじゃないですか」
「……てへ♡」
 羽左間はあきれる。
「もー。戸那実さんがプリプリするわけですよ。それに香椎さん、カレーすごい山盛りだし、そのあと特注プリンでシメてるし。フリーダムすぎます。なんというか、99任務群って、ヘンですね。他の部隊と違いすぎる」
「そうでしょうね。私の整備が並みの人間に出来るわけないし。まあ、その分いろんな承認を受けてるわけだけど」
「承認?」
「そう。存在の承認もそうだし、安全性監査の承認も。全ての存在は他者の承認を必要とするし、逆に他者に対して承認を発行する役割を持っている。私という危険な兵器もそうだけど、思えば普通の人間や生命も、いろんな承認を争うほどの勢いでトランザクションしてる」
「なんかプルーフ・オブ・ワークの仕組みみたいですね。暗号通貨の」
「そうです。あの仕組みは面白いですよね」
「いきなりそういったりして、シファさんって不思議だなあ」
「こうやって車に乗ってデートする戦艦の時点で不思議だと思って『承認』してください」
 シファは笑う。
「そういや、時空潮汐機関保安院の安全審査、って、詳しく知らないけど、それって原子力よりもっと強力で運転失敗したときの危険性もある動力ですよね。大丈夫なんですか」
「まあ、機関が暴走したら、内側にエネルギーベクトルを全部向けて私が圧壊消滅するだけだもの。私とZIOTがヘマしなければ大丈夫。へーきへーきー」
「そんなあっかるい声で悲しいこと言わないでくださいよ」
 二人の車を基地のゲートでミニパトサイズの警備端末が待っていた。変形してヒトガタに近い警官ロボットになることのできるのがこの警備端末である。それがゲートをでたところで二人の車の前後につき、護衛を開始した。
「これ、目立つからいやなんですけどね」
 羽左間は言う。
「でもお仕事的にはこれないとマズいですよ」
「バスとトラムと電車で金融庁に戻るつもりだったんですけど、車仕立てられちゃって。でも自動運転のコンパクトカーですけどね」
「マイカーは今は贅沢ですよ」
「そうですよね」
 その3台の車列が交差点を曲がるために減速したとき、シファの眼がキッと見開かれた。
 それとほぼ同時に、薄い煙を引いてなにかが飛び込んでくる。
「対人小型ミサイル!」
 前をゆく警備端末がそれを被弾、爆発した。爆風が二人のコンパクトカーを吹き飛ばそうとする。
 羽左間はそれでもみくちゃにされ、正直、死ぬと思った。

 死ぬって、こういうことなのか。
 羽左間は自分を包む柔らかな感触に、そう思った。
 懐かしい母の感触に似ていた。
 そうか、だから臨死体験で母の顔を思い出す人が時々いるのか。
 ……おかあさん、ありがとう。また会えた。

「違うわ」
 その声とともに、その母の顔はふっと若い女性の顔、シファの顔になっていた。
 羽左間は剣を片手に武装を展開し浮上したシファに抱きかかえられていたのだった。
「ええっ!」
 後ろでさっきまで乗っていた車が切り裂かれている。
 シファが車の中で一瞬で武装姿になり、剣で内側から車を切り裂いて脱出したのだった!
 なんという早業! これがシファ級の誇るウイングナイトシステムの高速機動機能なのか!

 数体、アンドロイドが物陰に身を隠して銃や対人小型ミサイルをこちらに撃っている。
 しかしシファの周りには虹色のシールドが展開されて、その弾をすべてはじき吸収してしまっている。エヴァンゲリオンのATフィールドを思ったが、シファのシールドはポリゴン状に展開され、ますます分厚くなっていく。ピクセルシールド!
 そしてシファは見下ろした襲撃アンドロイドに視線を向けた。途端に猛烈な勢いで空中から機銃の曳光弾が発射される、というより滝のように吹き付けられる。アンドロイドはそのタングステンの暴風で物陰に隠れていてもそのまま粉砕される。あまりにも強烈な弾幕である。
 だがアンドロイドもひるまずシファに攻撃してくる。シファはそこで猛射撃を止めて、狙撃に入った。バツン! と言う音とともに放たれた銃弾が精密にアンドロイドを1体、また1体と撃ち抜く。それをかわそうとしたアンドロイドに向けて、銃弾がカーブしていく。誘導弾!
 劣勢を悟ったアンドロイドが、一斉にバンザイ突撃をしてくる。
 囲んで自爆する気だ!
 シファはそれにすこしも動じず、空中にステップを踏みそれをかわし、プラズマの剣を鮮やかにふるってまたたくまにアンドロイド全てを斬り捨てた。
 それはまるで往年の時代劇全盛の頃の殺陣シーンのような素早さだった。

 あとには盾となって炎上する警備端末、切り裂かれた車、そして倒れたアンドロイドたちの骸が散らばり、そのなか、後衛をしていた警備端末がヒトガタに変形して立ち尽くしていた。シファが促すより先に警備端末が他の警備端末と救急車を呼び、人々の避難と雑踏整理を始めた。

「いきなり手荒だったわね。警察に捜査急いで貰わないと」
 シファはそう言うと、着地してもとのワンピース姿に戻った。
「あ、ああ」
 羽左間は声が出なかった。
「大丈夫ですよ」
 あの血圧低そうだったシファは、そう微笑んでいた。
「でも、もっと早く気付いて先手が打てたケースね」
「ええっ」
「警護の基本は事件発生前に事件の芽を摘み取ること。IoTデバイスネットワークにもっと注意してれば、組織的に用意された襲撃でもその予兆はつかめて、そこで対策を手配できたはず。私はそれできるのに」
 シファはそう言うと、羽左間をそっと離した。あまりのことに羽左間は膝を崩してへたりこんだ。
「ちょっと失敗♡」
 シファはそう微笑むと、すぐにそのまま警察との連絡と、このあとの彼の『空輸』のための低空航空路の確保の交信を始めた。
「シファさん」
 羽左間はようやく口を開いた。
 シファが目を向ける。
「ありがとう」
 ようやく言ったその言葉に、シファは首をかしげ、微笑んで応えた。
「いえ、これ、私の仕事ですもの」

〈続く〉

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