BLOCK09:誕生日攻撃

文字数 11,369文字

「ガンマ線スペクトル情報が気象庁より緊急報告でありました」
「例の行方不明の対消滅弾頭の位置がわかったのね」
 新淡路特別市市庁で、特別市長官・愛宕は新淡路警視庁の連絡官からブリーフィングを受けていた。
「ええ。紛失した対消滅弾頭は2発」
「ええっ、2発も!」
「しかもそれは砲弾搭載用の小型のもので、スーツケースサイズです。内閣調査庁のヒューミント情報で察知し、警察庁経由で情報共有されています」
「そんなものが」
「それが30分前、東海道新幹線の『こだまモーニングライナー』で東京に移動していたことを突き止めました」
「なぜ東海道新幹線?」
「東海道新幹線など旧来の鉄車輪方式新幹線の列車には荷物車があり、宅配業者のコンテナを搭載して運んでいます。おそらくそれに」
「アメイジンの宅配コンテナも入ってたのね。でも東京に対消滅弾頭が2発向かったなら、すぐに東京都と関係各局に警報を」
「すでに出しています」
「しかしこの新淡路も安全ではないわ。展開中の都市防御シールドの再点検を」
「はい」
 愛宕長官は窓の外を見た。
「こうして混乱しているとはいえ、日常の都市の中をそんな大量破壊兵器が、しかも日常の宅配物品と一緒に運ばれているなんて。しかもそれをアメイジンの荷物を運ぶ宅配のクルーは全く知らされていない訳でしょ? 受け取る側もみんな。あまりにも残酷すぎる。一刻も早くその弾頭ユニットの位置特定と確保を急いで」
「はい!」
 新淡路特別市。不安はあるけれど、普段とかわらずエアバイクやVTOLが空中を行き交っている。

     *

 〈ちよだ〉主整備室。
「そういや、シファの誕生日っていつだっけ?」
「あ、忘れてた。でも、進空の日付ははっきりしてるけど、それより前の建造の日付はまちまちなのよね」
 そのとき矢竹が鼻歌を止めた。
「あ、シファ、今日もここで夕食だよね」
「そのつもりだけど」
「ああ、じゃあよかった」
 シファは『??』の眼になる。
「いいっていいって。気にしないで。それより本来任務がんばって」
「わかってます。いくら私が最近ポンコツでも、やるべきことはやるわ」
「鳴門さんの怪我、たいしたことなくてよかったわね」
 戸那実が言う。
「香椎さんのおかげね。ぎりぎりで香椎さんが守ってくれたから鉄道混乱に乗じて襲いかかってきた刺客をあれで止めることができた。戦闘バイオロボット8体に刑事とはいえ巡査補採用の建部さんと内閣調査庁調査官とはいえただのアナリストの鳴門を守るんだもの。1対8のインドア戦で良く持ちこたえたほうよ。鳴門がもうちょっと読みが鋭ければあの流れ弾も回避できたと思うし」
「いや、鳴門さんは悪くないわ」
 香椎は少し苦い顔をしている。
「あれなら守り切れた。私の未熟だった」
「あいかわらず香椎さん自分に厳しいもんなー」
「でも、誕生日、か」
 香椎はそう考え込んだ。
「なにか、私たち、忘れてる気がする」
「え、何だろ?」
「それを忘れてるからいやなのよ」

     *


     *


     *

「!!」
 母艦〈ちよだ〉主整備室のみんなが流しっぱなしのストリームラインの向こう、新淡路市のスタジオの揺れに気づいた。
「地震?!」
「気象庁の速報は!」
「あきらかに自然的な震動波形じゃないぞこれ!」
「……対消滅弾頭が、爆発した」
「どこで!」
「震央は銚子アクアリウム立体区、深度0メートル!」
「死傷者は!」
「不明です! 直前に銚子市および千葉県が独自判断で緊急警報を出して市民にシャノン退避を指示、市民の多くが肉体からシャノン化サーバにスピリットのバックアップを取ったはずですが、少なくともその警報を出した千葉県庁と銚子市役所の防災部門は……」
「間に合わなかったのか」
「爆発の衝撃波は関東旧首都圏全域に達しました。旧首都圏の損害はどこまでになっているか、目下不明です。それと千葉県庁、銚子市役所とは連絡が取れていません。さっきの話はモニタリングシステムの痕跡からの推測に過ぎません」
「あれ、シファとミスフィは」
「どっかにさっき急いで行ってたけど……あ!」
 もうひとつのモニタにシファとミスフィが映る。機動隊の爆発物処理班とともに移る彼女たちは、唇を引き結んで分厚いピクセルシールドを展開しあっている。その向かい合わせのシールドの表面がひどく焼けただれている。
「新淡路市でも対消滅弾頭が爆発してた?! それをゼロ距離からシファとミスフィがシールドで封じ込めて止めた、って?」
「彼女たち、関西新首都圏5000万人を守ったんだ」
「シファ、ミスフィ……」
「でも、銚子と旧首都圏2000万人が」
「すべてをあんな脅威から守るのは無理よ。とてもじゃないけどシファ級をとんでもない数、就役させても足りないわ」
「ソフトターゲット攻撃を大量破壊兵器でやられるってのはこういうことだもの」
「銚子市の様子は?」
「通信が対消滅弾頭のEMPによって混乱しててうまく届かない。IoTセンサーも官民のそれぞれ持つ携帯端末からのストリーミングも今のところ旧首都圏全域から全く届かない」
「旧首都消失……」
「現在連合艦隊の偵察機が緊急発進して情報収集にあたっています。また情報衛星からの各種情報をとりまとめています」

     *

「鳴門くん、怪我はいいの!?」
「それどころじゃないです」
 上司の女性調査官に思わず言われた鳴門は、被弾した怪我の治療材で片腕が動かせないのに、この新淡路市の内閣調査庁オペレーションフロアを忙しく歩き回っている。
「爆心の銚子市および近隣の被害状況はまだですか?」
「警察署、消防署が庁舎丸ごと全滅しているようで、専用回線で接続している定点カメラなどの情報すら、データリンクに情報が上がりません」
「防災を考えて頑丈に作ってあるはずなのに」
「さらに近隣地域の警察・消防が救助前の状況把握に人員を派遣していますが、追加で次々と人員を派遣しても、全く情報が返ってきません」
「状況把握優先なのに被爆地での救護を優先してしまっているのか?」
「いえ、皆、これまでのいくつもの大規模災害の教訓でそれが結果多くの人命を失う結果になることを身にしみて理解しているはずです」
「じゃあ、何が起こっているんだ……」
「わかりません」
「当該被爆地の気象庁とエネルギー規制庁のモニタリングポストも広範囲で応答ありません」
「核攻撃を受けても耐えうるはずの防災モニタリング施設が、か?」
「相手はこれまで都市に対して使用されたことのない対消滅弾頭です。破壊力の桁が違います」
「SPEEDI-Ⅴの情報で汚染波及状況を算出しようとしていますが、SPEEDIも輻輳を起こしていて時間がかかっています」
「情報衛星の地上観測データ解析、速報出ます」
 中央のメインディスプレイの表示に、フロアの全員が言葉を失った。
「関東圏はほぼ事実上、すでに壊滅状態……」
「東京都庁から東部方面隊および陸上総隊に緊急災害派遣要請が出されました。しかし練馬および朝霞駐屯地も応答がありません」
「なんてことだ、どっちも堅固な地下防御施設をもっているのにそれまで壊滅とは」
「ほかの連合艦隊基地は?」
「横須賀、厚木、横田、立川、市ヶ谷予備施設も全て応答ありません」
「修理に入渠中の空母〈かつらぎ〉もか?」
「はい」
「避難指示を出そうにも、東京警視庁・消防庁ともに応答ありません。ここまでの事態はすでに想定を超えている」
「総理は緊急事態宣言を用意するとのことです」
「緊急対策本部を設置した首相官邸および米政府は何らかの報復攻撃の準備をすべきという議論を」
「今はそれどころじゃない。それに第一、いったい何に対して、どう報復するんだ? まだこの事態は詳細不明の極みだぞ」
「隣接する中部地方、東北地方での観測データから爆発とその被害規模を推定中、東北方面・中部方面の各地上部隊およびその随伴可能な航空・水上部隊が出動態勢にはいります」
「できるのか? 彼らの出動にはどうやっても24時間はかかるが」
「各部隊、対消滅弾頭の富士山観測所の漏洩スペクトル情報のときから出動準備態勢に入っていたとのことです」
「GF長官が前から内々に指示していたそうだ」
「なるほど、あの人ならやりそうだな」
「ほかの警察も消防も同じように準備していた。広域警察機動隊・広域消防レスキューも出動可能体制とのことです」
「警察庁も消防庁もその他所管も、例の総理発言以来、みんな即応体制をとっていたからな」
「そして即応体制でヘトヘトになったころこうなる」
「最悪の事態を想定してたのに、あっさりそれ以上に悪くなった」
「木更津も応答ありません。代わって明野から偵察ティルトローターが威力偵察に出ました」
「連合艦隊第2艦隊巡洋艦〈ちょうかい〉以下空中駆逐艦隊、降下艦〈くにさき〉〈みうら〉とともに当該被爆地域に出動、急行中です」
「ティルトローターからの画像、出ます。撮影対象、東京都心」
 みんな、想像をしていたとはいえ、それを超える破壊に息をのんだ。
「東京って、起伏が多かったんだな……」
「太平洋戦争の空襲以上の惨禍じゃないか」
「偵察ティルトローターは銚子市にはまだ近寄ることもできません。まだ衝撃波の反響で待機状態が不安定で飛行困難です」
「千代田立体区、霞ヶ関高層区、羽田立体区、被害甚大です」
「レインボーブリッジもメトロゲートブリッジも落ちている」
「スカイツリーも傾いてしまった」
「鉄道、交通機関の被害がひどい。空港、羽田も成田も壊滅してる」
「都市防衛シールドは気休めにしかならなかったのか」
「東京都民・千葉県民の生存は、ほぼ絶望では」
 そのとおり、暗くなった空のもと、かつての高層ビルの数倍にもなる超巨大高層建造物が軒並みドミノ状に倒され、壮絶な瓦礫の荒れ野になっている。しかもそこに猛烈な嵐が吹きすさんでいる。強烈な対消滅弾頭の破壊で起きた嵐だ。
 こうしてしまったほどの破壊エネルギーの中で、人間が生き延びられるとは到底思えない。
 だが、鳴門は言い切った。
「それでもこの被爆地には絶対に救助を待っている人がいるはず。人間は、命はそう簡単に絶滅しない。絶対にするもんか」

     *

 応答がないと見られた都心。
 ある病院の院内が混乱していた。
 その御茶ノ水の高層ビルの病院の建物には隣の高層建築がもたれかかり、いつまで持つかわからないのだが、それなのにほかに避難する先もなく、皆ここでこらえているのだ。
「酸素と生体修復液をこっちにも!」
「Ⅲ度の熱傷だ、修復軟膏とってくれ!」
「ストレッチャーを通してくれ! すぐに手術しないと!」
 医師とナースの間で切迫した声が飛び交う。
「廊下ももういっぱいで収容できません!」
「地下の薬局とのエレベーターがパンクしてて間に合わない! だれか階段で取りに行ってくれ!」
「無理です! 階段室も患者さんでいっぱいです!」
 そのとき、病院の電気がパパッと不安定に明滅し、停電の前触れではと不安のどよめきが上がる。
「ひどすぎる……これじゃ、どうやっても……」
 だが、そのとき、一人の白衣の男が奥の医局から現れ、そのざわめきが自然と一斉に収まった。
「御門先生!」
 そう呼ばれたその白衣の男は冷静だった。寝癖頭もいつもの勤務のとおりである。
 その彼に向けられるナースや医師の視線は、みな強い信頼の色だった。
「もともとこの弁天堂大学病院はこういう事態のために設計強度を上げて建てられてる。そのために建物の躯体も頑丈だ。それにもうさらなる爆発はない。外来患者は帰宅困難になってると思うから集会室にあつめて。他の部署は全力で救護活動を。外来診療は全て休診に。それと地域病院の残存程度を確認して。こういうときこそ病院同士の連携を使うんだ。このぶんだとこの事態は時間がかかる。病床を整理して症状の軽い入院患者の転院させる準備もしなくちゃいけない」
 彼はそう落ち着いた口調で指示する。
「都の福祉保健局と繋がりません!」
 その御門に報告が行われる。
「都庁舎もこの事態だと大変だと思うから、あてにしないでやるしかない。でも救急からの電話もつながらないのか?」
「ええ。何かが電話を遮断してます」
「遮断もあるだろうけど、堅牢に作られているネットワークバックボーンや電話局もこれだと重大な被害を受けているとは思う。でも通信会社がすぐに通信中継ドローンを派遣して回復してくれる。彼らはそのために普段から準備をしている。だが、そうなるとその回復直後に一気に急患が来る。それを受け入れられるように、我々はすでに収容した患者の治療をしっかりやっておこう」
「はい!」
 そのとき、あどけない顔のホログラフィのナースがすうっと天井から降りてきた。
「こういうときだからこそ、私たち医療AIを信じてくだざいでし!」
 その胸には『クドルチュデス』の名前の表示が描かれている。
「この病院は電源が独立していて1週間は電気と水と食料を自給できるようになっているでし。ここにいるのが一番安全でし。ここにいるならもう心配はいらないでし」
 怪我をした孫を連れてきたお婆さんやお爺さんたちが彼女を「はー、とうとう観音様がいらっしゃったー」「ありがたいありがたい」と拝み始めている。
「私はそういうものではないのでしが……ともあれ、統合共通カルテ情報は私、チュチュ様が完全に保管・保護しているので、他院でしか診察していない方でも全く問題なく診療できますでし」
 その彼女、クドルチュデスとともにその妹・プリフォーマが現れ、病院内の案内と整理に活躍している。特に収容患者が多すぎて狭くなってしまったこの病院の中では、物理的な体を持たない彼女は人々の間を身軽にすり抜け、飛び越して患者に案内や問診を行い、人間の医療スタッフにその情報を正確に引き継ぐことができる。しかも彼女は明晰なアルゴリズムを持っているので、総合診療に近い難易度の問診までこなす。そこまでできる優秀なAIだが、そのナース服が趣味的に露出が多いのとその「でし」口調が玉に瑕である。作った人間がそういう人間だったので仕方がないのだが。
「御門先生、緊急オペの指導お願いします」
「君はもう十分、救急医としてのオペができると思うんだが」
「……すみません」
 彼はこらえている。
「どうしたの?」
「家族と連絡が取れなくて。心が折れかかってます」
「そうか」
 御門は目を伏せた。医療従事者もこういうときは被災者なのだが、それを超えて職務に立ち向かわなければならないのだ。こういった仕事の人間にも家族も家もあり、それがどうなっているか心配でないはずがない。過酷だがそれが仕事だ。
 うなずいた御門は、口を開いた。
「わかった。僕にはたいしたことはできないが、見てはいるよ。それで君のみんなを救える力を発揮してくれ」
「ありがとうございます! すみません、わがままを」
「ぼくだってそうさ。正直、大事な人が丸の内で多分、巻き込まれてる」
「そうですか……」
「でも、堪えるしかない」
 クドルチュデスがするっとそこにやってくる。
「チュチュ様が引き継ぐでし!」
「いや、こればっかりは君にはできないよ」
「……さふでしか……」
 彼女はちょっと寂しく残念そうだ。
「それよりこのB棟に救急車が来てる。患者さんのトリアージ判断の支援をしてくれ。こういうときには君たちAIの冷静で素早く緻密な判断が一番頼れる」
「はいでし!」
 御門は目の前に光のパネルを6つ作り、病院内の手術室を含めた様子をそれに表示して見守り始めた。
「門島、いつもどおりにやれば問題なく治療できる。こういうときこそ、いつも通りに」
「はい!」
 その門島と呼ばれた救急医が使う特殊生体修復剤は御門が開発した再生医療技術の極致で、パテ状に盛るとそのまま欠失した臓器や手足に変化して修復してしまう。臓器の再生は少しでも間違えば目的とした臓器にならないばかりか、ガン細胞になってしまい元の身体まで浸食してしまうのだが、御門はそれを解決したのだ。この解決により御門はノーベル生理学賞をすでにもらっている。
「さすが死者さえもよみがえらせるって伝説の名医、御門先生だ」
「いや、やっぱりこれでも生き死にはどうにもならないんです。生き死にの運命をどうこうできるってのは人間の傲慢ですよ。そんなことできるわけがない」
 御門はパネルに目を走らせながら答える。
「それでも死んだはずの賀茂教授を再生したじゃないですか」
「あれは複雑なトリックがあったんですよ。だからあの手術はノーベル賞の受賞理由ではありません」
「でも、そんなトリックって」
「それについては今話している時間がないので」
 そのとき、その御門の眼が釘付けになった。
 向こうからスーツに手術衣の女医が、大勢の医者を連れてかつての医療ドラマの教授回診のシーンのようにやってきたからだ。
 その女医こそ、その話にしていた賀茂教授なのだ。
「御門! 応援に『兵隊』をどっさりつれてきたわ!」
「『兵隊』って……。相変わらずだな。でも正直、助かる。それにしても良く無事だったね。関東地方はかなりどこもひどくやられてるから」
 心配したよ、と言いかけて御門は口をつぐんだ。
「学会で丸の内ジオフロントのホテルにいたから爆発の衝撃波を受けずに助かったわ。だからその国際精神医学会の医者全員、兵隊としてそのままここにきた。みんな腕利きの救急精神科技術持ってるわ。でもあの丸の内ジオフロントも、ダメージきっと受けてるからこれからガスと漏水が心配だけど」
「今、心配でないとこなんてどこにもないさ」
「でももうすぐ連合艦隊の降下艦が到着するわ」
「そうか。あれには強力な手術室を含んだ医療支援能力がある」
「それにけっこう多くの人がシャノン待避してスピリットをネットワークサーバに待避させてるみたい」
「今はスピリットのバックアップは普通にやるからなあ」
「それも医療困難や経済困窮者からそういうバックアップをしているわ」
「それは物理的に存在してると物理リソース消費するからっていう間違った福祉だよ」
「とはいえその政策的議論は今やってる暇はないわよ。とにかく目の前の患者さんを治療しないと」
「そうだね」
「ほかにもあなたの医大同期のあの内科と外科の二人もチームごとこっちに急行してくるわ」
「ありがたいけど……これ、すっかり同窓会状態だね」
「こういうことでなければ一番なんだけど、こういうことがおきないとキャンセルできないスケジュールみんな抱えてるから、それもまたしかたないことね」
「でもその同窓会っていってもさ」
 そのとき『救急搬送のVTOLがヘリポートに到着します』のアナウンスがあり、その直後、御門はその特徴的なエレクトリックファンのサウンドに気づいた。
「教授、おねがいします!」
 御門にとっては懐かしい女性の声。もう一つは電子音。
「シファ、ミスフィ!」
「災害派遣命令をうけて派遣されてきました!」
 着陸した彼女の抱きかかえた怪我人がすぐに救急クルーによってストレッチャーに移される。 
「すぐにつぎの搬送に出発します!」
 シファが翼を広げたまま離陸しようとしている。
「シファ」
 そう御門に呼ばれた彼女は、一瞬動きを止めた。
「ほんとうにありがとう」
 シファはうなずくが、彼女は言葉以上に胸が温かくなるのを感じていた。
 御門も賀茂教授も、二人ともシファたちを建造するための技術開発をした生みの親なのだ。そして、その二人に感謝されることは、やはりうれしいのである。
 ――私の生きていることを悲しむグラファイト。でも私にはこうして喜んででくれる生みの親がいる。いつか別れると知っていても、そしてこの強い承認がもう得られなくなるとしても、私はやはり望まれて生まれたのだ。
 シファはそんなことを一瞬で思った。ミスフィもうなずいている。
「ダークスター01、02、離陸します。カミ01、次の救難リクエストに誘導をお願いします」
「カミ01よりダークスター。現在本機はこの被爆区域全域を緊急航空救難管制下に置くことに成功した。現在、全救難機・救難艦艇・救難車両を指揮している。しかし、……本機の護衛機が手薄だ。あいにく本機は自衛能力がない」
「……ダークスター、了解。カミ01へ、本機は貴機の側衛任務につく」
「ダークスターへ。最高に心強い護衛に感謝する。これで安心して救難管制を遂行できる」
 シファとミスフィは急速に離陸すると、そのまま上空で管制任務に当たっているAWACSの脇に入った。
「防衛目標をカミ01に設定、対水上対空警戒を厳とする」
 ミスフィが電子音で答える。

    *

 全被害規模はまだ算出もできていないが、総理以下連合艦隊は関東旧首都圏の対消滅弾頭被爆後の救難支援作戦『ハッピーロード作戦』を実施することとし、連合艦隊から選抜した部隊を関東救難支援作戦群として組織し派遣、作戦を遂行させることとした。そしてそれには米軍だけでなく、共産党の枷を外した中国軍・台湾軍・フィリピン軍などのアジア圏の各軍に、ヨーロッパ、さらにはロシアからも救難支援軍が組織され派遣されてきた。日本政府はそれを受け入れた。もちろん防衛秘密が漏れる可能性もあるし、また都市圏に対しての初めての対消滅兵器の使用の情報収集、酷い言葉で言えば対消滅兵器の効果測定の目的であることも想定された。それでも日本政府、とくにこの時の総理は人命救助を優先したのだった。そしてその判断を支えたのは、そういうやましい目的を持つものが、決して日本の建造したシファ級BBN―Xを打ち破ることができないという万全の信頼があるからだった。どんなにやましい目的を持って活動しようと、最終的にはその目的で日本を侵略するとしても、その時には必ずシファの攻撃にさらされ、絶対に生き残ることはできないのだ。
 その点でシファ級は名実ともに万全の抑止力であった。

 そして、新淡路市では愛宕長官が旧首都圏へ派遣する追加の機動隊や支援職員に訓示をし、見送っていた。
「悪夢が本当になってしまったわね」
 だが、その傍らの鳴門調査官が言った。
「悪夢も、実際に見てしまえばそれは夢に過ぎないし、見たらあとは覚めるだけです。悪夢を見るかもしれないとおびえ続けるよりはましです」
「そうかしら。今よりさらに悪くなるように思えてならないわ」
 長官はそう顔を曇らせる。
「これ以上悪くしないように、手を打ち続けるんです。後手に回り続けてても、我々はこの事態から、投了して逃げ出すことができないですから。それが我々の仕事です」

    *

「シファたち、任務派遣で今日は帰ってこれないみたい」
 香椎がそうつぶやく。いつもの戸那美たちは忙しいらしく、香椎は矢竹と共に二人でいる。
「そりゃそうだろうね」
 いるのはいつものシファの母艦〈ちよだ〉の食堂。矢竹が深い溜息を吐いた。広いこの食堂にその音が響く。
「仕方がないさ。任務ってそういうことだから」
 そういいながら、自分の腕によりをかけてつくったホールケーキを見る矢竹。
 それには食品用3Dプリンタで作った『シファ・建造記念日(誕生日)おめでとう!』の文字があった。
「せっかく作ったのに」
 香椎がそう言うと、矢竹はふう、とさらに息を吐いた。
「食事も、すげえがんばったんだけどなあ」
「今日がそうだったのね。でもこれ、保管は効かないの?」
「一応できるけど、味がやっぱり落ちちゃうんだ。最高の味を求めて調達した材料で作ってあるから。繊細な味だから保管処理すると落ちちゃう」
「そうね……」
 矢竹はまたため息をつく。
「誕生日攻撃って、これのことかな」
「それは違うわよ。いくらなんでも」
 香椎は言う。
「じゃあ、なんだろう? 誕生日攻撃って。言葉として走ってるけど」
「矢竹さん、学校時代、クラスに誕生日の同じ人っていた?」
「え、そういうこと?」
「あれって不思議なもので、365日みんなの誕生日がバラバラなはずなのに、人間が直感的に思ってるより誕生日ってのは、ばらつかないのよ。23人クラスにいたら誕生日の同じ人がいる確率は50%になってしまう」
「そうなの? なんか最悪、半年分、180人ぐらい集まんないと50%にはならないような気がする」
 香椎は話す。
「それが錯覚なのよ。70人いたらもう誕生日が一緒になる確率は99.9%にもなる。これを通信の妨害に使うとするとしたら? 難しい話になってしまうけど、暗号を作る関数のうち、ハッシュ関数の鍵で情報をちゃんと正しく暗号化して偽情報をつかまされないためには、その鍵は直感で思ったよりずっと長くしないと、ほんと、いとも簡単にやられちゃうよー、って話なの」
「うん、すごくよくわからん」
「そりゃそうよね。みんな、直感で判断しちゃうもの。思い込みや錯覚は人間のあちこちにあるわ。そしてそれにつけ込む悪いやつは必ずいる。特にこの世界が情報の海になってしまってから、悪いやつは地球の真裏からでも何の苦もなくやってくる。だから、私はだますな、だまされるな、って幹部教育隊で教えられた。それまではだますよりだまされる方がいいと思ってたけど。だまされるってのはすごくよくないことなのよ」
 香椎はそう言うと、付け加えた。
「でも、そのために気をつけるっては、すごく疲れちゃうけどね。特に今は」
「そうかもしれん。テキトーになんでも『私はだまされただけ!』って言ってる方がよっぽど楽だ。イヤだけどな」
「むなしくなる。みんなでだまされれば怖くない、って。でもだまされて人を傷つけたら、その傷ついた人はどうなっちゃうわけ? まあ、自分はそうならないと信じ切ってるんだろうけど」
「……そういや、アメイジンの社員たち、このこと、どう思ってるんだろう」
「彼らもアメイジンの首脳部を信じてるし、ある意味、自分たちはだまされただけで仕方がないと思ってるのかもしれない。明らかにおかしいと思っていても。でも、ここで私たちも実は同じことなの。そもそも私たちも通貨作戦が『何かおかしい』と気づいていた。でもその疑問に蓋をしてしまった。私たちは『命令されただけ』。それは『だまされただけ』とどう違うの? 違いはしない。だって私たちにはそれを考える頭があったはずだし、気づくこともできたんだから」
「でも現実的に組織の中でそういう疑問はなかなか口にできないよ」
「そう。組織ってのはそういうところで狂気をはらんでしまう。その結果が銚子立体区での爆発になってしまった」
 香椎はうつむいている。
「私、すごくいろいろ後悔してる。きっとシファたちもそう」
「でも、これを防げたかな」
「防ごうとすべきだった。こんなとんでもない後悔を背負うぐらいだったら」
「空気読め、って普段から組織的にすごく圧力かかってても?」
 香椎は、言った。
「ええ。でなければ、私たちが生きてること自身がむなしくてたまらないもの。でも、生きてるってことは、このむなしさから逃れられないこともわかってる」
 矢竹は、またため息をついた。
「むなしさに負けそうだ。俺も」
 香椎がうなずく。
「だけど、むなしさに負けても、生きて飯食っていかなくちゃいけないのは、かわらない」
 矢竹はそう言う。
「香椎さん、食べて。残りは保管処理するよ」
「うん、わかった」
 香椎が、『いただきます』と礼をして食べ始める。
「美味しい」
「ありがとう」
 矢竹は言って、腕を組んだ。
「メシの味がわかるうちは、まだなんとかなるさ」

〈つづく〉
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登場人物紹介

シファ(シファリアス)

 BBN-X、時空潮汐力特等突破戦闘艦シファリアス級の1番艦、ネームシップ。最新鋭の心を持つ女性サイズ女性型戦略型宇宙戦艦。第2次近代化改装を受けて搭載する武装や機器とシステムプログラム・ウイングナイトシステムがアップデート、大幅に刷新された。

 大学時代から内閣調査庁調査官・鳴門と恋仲にある。新淡路大学卒業後幹部教育隊を経て、独力で行動可能な戦艦である自身を指揮の執れる1佐格を持っている。しかし搭載する行動支援システムZIOTの支援がなければ自転車にすら乗れないほどの運動音痴。「ウイングナイト」「クールな守護天使」のはずがいつのまにかポンコツ戦艦呼ばわりされるに至っている。

ミスフィ(ミスフィオス)

 シファ級の2番艦、姉妹艦で妹に当たる。女性形女性サイズ戦艦。BBN-Xになるための近代化改装をまだ受けていないためにBN-Xと呼ばれる。艦番号73。

防衛大学校卒業、幹部教育隊を経て第99任務群配属後に香椎2尉と恋仲となるが、どういう恋愛をしているかは不明。というかレースクイーンの刑ってなんだ? そういうところが周りからは怖がられている。

 通常の言葉を話すのが嫌いなのでいつも同意と否定の電子音とメッセンジャーの文字で会話する。失声症に近いかも知れない。だが戦艦としての武装の他に、超音波域の波長の叫び声でさまざまなセンサーを麻痺させる音響麻酔能力を持っている。耳もシファと違いエルフ耳のような形状になっている。

 他にもいろいろとミステリアスな要素を持っているが、その実、姉であるシファを強く敬愛している。

戸那実3佐

 シファとミスフィの所属する第99任務群の指揮幕僚。司令の宮山空将補を支え、シファとミスフィの作戦を立案・支援する。

 防衛大学校首席卒業の才媛なのだがいろいろと素行不良なことがあって(とくに整理整頓が苦手。それでもいっっぱんじんに比べればきちんとしているのだが)、それで指揮幕僚課程を進んでいても出世の目はないと思われていたところを宮山司令にスカウトされて現在の配置にいる。以前は重巡洋艦〈みくま〉に乗り組んでいたがそのあとずっとこの99任務群に所属している。

 視力が弱点で眼鏡着用なのだが、コンタクトレンズや視力アシストを使っている時も多い。

香椎2尉

 陸戦のエキスパートだが現在第99任務群に所属、〈ちよだ〉にセキュリティ担当として乗り組んでいる。そのままでは練度がなまるので連合艦隊司令長官附で陸戦用新装備の試験の仕事もしている。いつもパワードスーツ搭乗用の迷彩レオタードでうろうろしていたり、異常なほどの大食らいだったり、なかでも豪華プリン好きであきれられているのだが、それでも敬愛されているのは彼女が苛烈なUNOMA(中央アジア暫定統治機構)の武装警察軍の任務の中、最大の窮地から多くの部下をその名指揮によって救い出した英雄であることと、とぼけながらも聡明なところを垣間見せるギャップによるのかもしれない。

 ミスフィの恋人でもあるが、ミスフィとどういう恋愛をしているかはほかのみんなは怖くて聞けない。

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