BLOCK12:ハードフォーク(最終話)

文字数 11,121文字

「空母〈ブルースカイ〉の沈没海面に救難隊到達、救難活動開始」

後援:雑誌オルタニア編集部

「シファ、現在位置、北太平洋・アッツ島付近を西進中」

協賛:SF雑誌ガンズ&ユニバース

「グラファイト、現在位置、太平洋・八戸沖を東進中」
「会敵予想時刻、1522」

後援:北急電鉄

「ミスフィ、現在位置・太平洋・銚子沖から東進中」
「会敵予想時刻、1530」

後援:奇車会社尼崎・筑波

「シファ、会敵予想時刻修正、1521へ」
「グラファイト、UAVと合流しつつあり。触接中のエイブル17、ショットダウン!」

執筆:米田淳一

「エイブル22がUAV・ボギー3、7をキル!」

製作著作:クラブ・プリンセスプラスティック

 ウイングナイト・アショア・ゼロを破壊したグラファイト。
 実質空母〈ブルースカイ〉を轟沈させたシファ。
 そして〈ブルースカイ〉からの攻撃UAVから空母〈かつらぎ〉を守ったミスフィ。
 その3者中心に三陸沖で大空中戦が始まろうとしている。。

プリンセスプラスティック コンフュージョン・コントラクト
最終回

BLOCK12:ハードフォーク



 シファは泣きそうだった。
 でも、〈ブルースカイ〉を残忍に沈めたのは、この私だ。
 レーザーを放ち、その艦体にそれを突き刺したシファ。
 その第一射のレーザーが、運がいいのか悪いのか、装甲防御された弾薬庫をまさに直撃した。装甲板などシファのレーザーの前にはほぼ無力だった。そしてシールドの展開も遅かった。
〈ブルースカイ〉はその一撃で、一気に弾薬が誘爆し、もうもうたる灰色の爆煙を吹き上げながら、まっ二つになった。飛行甲板上のUAVも戦闘機も吹き飛びボロボロと海に落ち、艦橋とマストがくるくると回転しながら放り上がった。そして落下する艦首と艦尾からは、黒い小さな粒がまき散らされていく。
 シファは目にズームをかけて、それを見てしまった。その粒に見えたのは、みな〈ブルースカイ〉の乗組員だったのだ。もちろん高度8000メートルで爆散した空母から放り出されて助かるわけがない。その運命はみな絶望的だった。
 ――手加減などできるわけがない。そうしたら味方が、守るべき人々がああなる。
 それが戦争だ。
 それなのに……。
 シファは涙しながら、グラファイトの阻止へ向けて高速で突進していく。
 苦しみの中、シファは自分の気持ちとも戦っていた。
 許せるわけがない。
 ここまでの混乱を起こしていたアメイジン。
 そしてその戦力の中核だった、グラファイト。
 目下、アメイジンは本社でこの武装蜂起を行った者たちの責任についての記者会見を行っている。絶望的な記者会見だったが、それはこの戦いの戦後処理が見えているからできることだった。
 政府でもそれに呼応したものたちの訴追に関する記者会見が始まっていた。
 一連の悲劇は、最終段階に向かっている。
 そして、それは、グラファイトにはもう帰るべき場所がどこにもなくなったことを示していた。母艦を失うとはこういうことなのだ。
「グラファイトの本土上陸を絶対阻止せよ」
「迎撃機、全機あげろ! やつの最大出力が出されたら東京はもう一回更地になる!」
 ――これ以上更地になるなんて。
 もうすべて破壊されてしまったのに。
 もう、あの『花の都』は見る影もない廃墟になったのに。
 それが、また戦場になろうとしている。
 ――すこしでも早く止めないと! 
 でも、グラファイトを沈めるの? 
 この私が。
 あんなに恨まれてる私が。
 シファは高速で飛翔しながら、考え続けている。
 ――シファ。
 ミスフィから通信が入った。
 ――その判断は、あなたの範疇ではない。
 ミスフィは冷静だった。
 ――あなたが罪を感じることも、複雑に思うことも、一歩間違えばただの傲慢。
 ――グラファイトがああなったのは、あなたのせいじゃない。
 ――自分の犯せない罪まで背負うのは、傲慢。
「そんな……」
 ――私たちは、逆の立場で考えなさいと教えられる。
 ――察しろ、と。
 ――でも、そんなのは無理。
 ――そんな無理をしたら、とてもじゃないけど耐えられない。
 ――そして私たちは、それをするように作られてはいない。
 ――私たちの行いを判断するのは、私たちじゃない。
 ――自分がすべての価値を判断し得ると思うのも、傲慢。
 ――さらに言えば、グラファイトが恨む要素があるとしたら、その傲慢だけ。
 ――ほかに恨まれる筋合いはない。
 ――そしてグラファイトは恨まれる理由がある。
 ――パワードスーツ隊を、ウイングナイト・アショアのクルーを、どれだけ彼女が残忍に殺したか。
 ――恨まれる要素は一緒。その判断は私たちがするものではない。
「ミスフィ、あなた……」
 ――賢明を装ってできもしない判断をしようとすべきではない。
 ミスフィのメッセージには、苛立ちが載っていた。メッセージにそんな機能があるはずもないのだが、それでも伝わってくるのだった。
 ――歴史の前に我々はみな平等に断罪される身。
 ――それからのがれようと虫のいい正当化するべきじゃない。
 ――その正当化の果てが、この廃墟なのだから。
 シファはその言葉を受け止めていた。
「前方、連合艦隊主力部隊の単縦陣。グラファイトを阻止するようです」
 ZIOTがコールする。

 連合艦隊旗艦〈おおよど〉で、GF長官は動勢盤を見つめていた。
「シファ、グラファイトに向けて変針しています」
「まもなく〈ながと〉以下連合艦隊第1・第2戦隊がグラファイトと会敵します」
「それと、富士山観測所が妙な放射線を検知」
「なんだ? まさか3発目の対消滅弾頭か?」
「いえ、スペクトルは全く別、未知のパターンです」
「じゃあ、なんなんだ?」
「目下、発信源については警察公安が、パターンについては科学技術庁が調べています」
 GF長官は拳を握った。
「何が起きようとしているんだ……」

 グラファイトに集中砲火を浴びせようと連合艦隊の各艦が砲を向ける。
「全艦、最大出力で管制射撃、目標グラファイト。用意、テーッ!」
 〈ながと〉〈むつ〉以下16隻の戦艦以下、多数の艦艇がグラファイトを狙い撃つ。
「目標夾叉! 効力射、各艦各個に続け!」
 だが、グラファイトはそれでもなお突進する。
「目標接近、BN-Xグラファイトと確認」
「対空戦闘、目標トラックナンバー7791『グラファイト』、ハルパー戦用意」
「ハルパー1番から20番、調定よし」
「連続発射開始! 発射! バーズアウェイ!」
「ハルパー順調に飛翔……くそ、グラファイトの迎撃ミサイルに撃たれてる!」
「かまうな! ハルパー20番から40番、調定!」
「第一波インターセプト10秒前、5、4、3、2……ターゲットサバイブ!」
「要素調定よし」
「発射開始! 発射! 第二波、バーズアウェイ!」
 猛烈なミサイルの槍衾をグラファイトが回避起動してかわす。往年のアニメの『板野サーカス』のようなことになった。しかしミサイルは通常はあまりにも速く、機動性も高いために回避不能だ。それを回避できるのは、グラファイト、シファのプロトタイプのすさまじい高機動能力である。
「ターゲットサバイブ! なおもターゲット接近」
「副砲で対処する! 副砲、撃ち方はじめ!」
 ブリッジで砲のオペレーターが副砲のコントローラーのトリガーを引く。物理弾頭とレーザーがグラファイトに向けて猛烈な勢いで連射される。
「くそっ、速い!」
「近接防御機銃、自動射撃!」
 機銃が傲然と銃撃する。しかしグラファイトは巧みにそれを回避する。
「陣形内に入れるな! 味方うちになるぞ!」
 グラファイトはなおも押し込んでくる。
 シールドを展開してそれを一番外側で砲撃していた巡洋艦〈あたご〉に押しつける。
 〈あたご〉の防御シールドが抵抗するが、押し負け、ついに吹き飛ばされる。
「〈あたご〉衝撃波で炎上! 戦闘不能! 落伍していきます!」
「〈あたご〉、応答しろ! 応答してくれ!」
 もちろん崩壊し空中分解しはじた〈あたご〉から応答は返ってこない。
「陣形内に入られます!!」
 グラファイトはフェイントモーションで防御砲火をかわし、その2列の単縦陣の中に入り込んだ。
「射撃不能!!」
 そしてグラファイトは容赦なく砲撃を至近距離から行った。
「〈むつ〉炎上大破! 現在消火活動中! 戦闘不能!」
「〈ちょうかい〉DAGEX装置停止! 全浮力喪失! 墜ちます!」
「〈ながと〉が撃たれています!」
「くそ、乗組クルーが次々と艦から放り出されてる!」
「〈ながつき〉爆沈! 生存者なし!」
「くそっ、このままだと全滅だぞ!」
 連合艦隊は壊滅の窮地に陥った。それを救おうと戦闘機がグラファイトを掃討しようとするが、彼女の自衛機銃が彼らを易々とたたき落とす。
「メタル03、07ショットダウン!」
「だめだ、通常兵器では全く勝てない!」
「戦闘機隊は退避!」
「でも艦艇がこのままでは!」
 BN-Xの恐ろしさをみな、目の当たりにしていた。
 そして、みな、深い絶望に陥っていく。
 このままでは一方的な皆殺しだ。
 人類は、対消滅弾頭と、それよりもっと恐ろしく残忍なBN-Xを生み出してしまったのだ。
「まさに神の化身……いや、破壊神……」
 そんな声が漏れる。

 だがそのとき、その惨劇にまばゆい青い閃光がカットインした。
「シファ!」
 シファが口を引き結び、覚悟の顔で剣を構えてグラファイトの上、太陽を背にして襲いかかったのだ。
 グラファイトも見上げて、銃剣を構える。
「シファ、グラファイト、接触します!」
 それを見る人々の脳裏に、グラファイトの銃剣に無残に刺突されて破壊されたアショアのシルエットが二重うつしになる。銃剣に剣は勝てない! 不利すぎる!
 だが、シファはそうはならなかった。
 構えた剣で切り結ぶと銃剣をなぎ払って、反対側に抜けていく。
 そして急旋回し、シファはふたたび突進する。
「これをあと5回繰り返せば、シファはグラファイトを仕留めるわ」
 香椎がそう見て言う。
「シファはたたき合う中で、剣の最適な間合いに向けて、グラファイトを少しずつ追い込んでいる。銃剣術もやってる私にはわかる。シファ、かなりグラファイトを研究したのね」
 それをグラファイトも気づいたようで、反転して西へ駆けだしていく。
「グラファイト、九十九里上空! あと10分で旧首都圏に到達します!」
 グラファイトを追って、シファも西へ向かう。

 そして廃墟化した東京の入り口にグラファイトとシファが到達した。
「高射群、グラファイトを迎撃せよ!」
「無理です! 民間資産の高層建築とシファを射弾で巻き込んでしまいます!」
 混乱がさらに破局へと進んでいく。

 落橋したメトロポリタンゲートブリッジの塔の間をくぐりながら、もつれ合うようにグラファイトとシファの戦いが続く。
 ビッグサイトの真下を通り抜け、豊洲市場の上に出る。
 そこで追われたグラファイトがターンし、シファに真正面を向ける。そしてミサイルを連射する。
 その滝のように煙を噴いてなだれてくるミサイルをシファはすべて回避する。
 そしてそのままシファは永代橋方面に逃げる。
 それをグラファイトがレーザーで狙う。シファを外れたレーザーが傾斜していたスカイツリーの3本の柱の一つを焼き切り、塔を崩壊させる。
 そのまま秋葉原上空に逃げるシファ。それを砲撃するグラファイト。シファの背後になる神田の町が砲弾の着弾でさらに破壊される。
 そこでターンして旧東北新幹線の大高架の上を東京駅へ向かう。
 せっかく再建したドーム屋根が崩壊した東京駅の上でふたたび銃剣と剣で斬り結ぶ。
 丸の内の高層ビルの前でシファの後ろを取ったグラファイトが、容赦なく機銃を連射する。
 シファがシールドで受け止めるが、流れ弾がビルの壁面をズタズタに撃ち抜き、壁面のパネルが破れて飛び散る。
 シファがその丸の内オアゾビルの陰に入り込む。
 グラファイトがそれを見て、太いレーザーを放つ。それはビルを一気に貫通し、一瞬で大穴を開ける。
 その大きな破口ごしにシファが反撃の機銃を撃つ。グラファイトも撃ち返す。
 そのまま両者は真正面から撃ち合いながらスライドしていく。発砲の煙がもうもうとたなびく。
 そしてチャージの終わったグラファイトが今度は細いレーザーを撃つ。集中したエネルギーの束が剣のように振るわれ、ビルを袈裟懸けに斬り倒す。
 シファはそれを回避するが、背後のビルが次々と切り裂かれ、焼き払われていく。

「御門先生、賀茂先生、避難してください! ここもいつ破壊されるかわかりません!」
 お茶の水、弁天堂大学病院、.ナースが悲鳴のように言う。
「ここより避難に適したところはないさ」
 御門はむしろ屋上に出て、その二人の戦いを見ている。
 賀茂アツコ教授も並ぶ。
「シファは勝てるだろうか」
 御門が言う。
「当然、勝てるわよ。実験機に実用機が負けるわけがないじゃない」
 アツコがそう言う。
「でも、勝てるのは片方だけ」
「そういうものだな」
 二人はため息をついた。
「シファが勝つと思いたい。でも、シファの心に迷いがあれば、危うい」
「そうね……やさしさが徒になる可能性はある」

 ガラス張りの大きな窓が無残に全部吹き飛んでいる東京フォーラムの脇を飛び抜ける。
 そして銀座の和光の時計塔の前で再び斬りつけ合う。
 シールドをぶつけ合い、銃剣の斬擊と剣のひと振るいがぶつかり合う。
 そしてグラファイトの放ったレーザーが時計塔をなぎ倒す。
 有楽町の新聞社のビルのすれすれをかすめ飛ぶ。飛翔して巻き起こす衝撃波がそのビルの壁を一斉に粉砕していく。
 停車している旧新幹線と山手線と京浜東北線の電車の脇を飛び抜ける。それに容赦なくグラファイトが銃撃する。破壊されていく列車の破片が舞い上がる。
 シファはそれを避けるため、曲がってしまった東京タワーの鉄骨の間を狂気じみた速度で飛び抜ける。グラファイトも続く。シファは高速道路の上に入り込み、狂気じみた速度で放置された車列を縫って進む。グラファイトもそれを追いかける。
 再びレーザーをはなつグラファイト。しかしそれはシファに防がれてしまう。だが、シファのシールドから外れたそれがのび、遠く代々木の高層ビルの尖塔を再び袈裟懸けに切り倒す。
 そして二人は渋谷旧ヒカリエに到達する。破れた壁から二人は切り結びながら店内に入る。
 二人の浮上の巻き起こす排気風が、店内の衣料品を吹き飛ばし、視界が悪くなる。それでもレーザーを放ち合う。下着売り場の下着が飛び散り、破れた羽毛布団の羽毛が吹き上がり、ますます店内は混乱していく。
 それでも二人は互いを見逃さない。グラファイトが機銃をその羽毛の雲の中に連射する。しかしそれをかわしてシファも機銃で反撃する。二人の交わす猛烈な弾幕で耐力壁を撃ち抜かれたヒカリエの高層ビルが、ついに耐えきれずに崩れ始める。その崩壊の中でさえも二人はシールドでその瓦礫と言うにはあまりにも質量の大きなビルの躯体の崩壊の中、耐え続ける。
 そして崩壊した渋谷ヒカリエから飛び出した二人は、代々木新国際競技場に飛び込む。
 オリンピックの聖火塔の上をかすめ、スタジアム席に飛び込んだグラファイトを追うシファ。だがグラファイトは再びレーザーを一閃させる。その高熱で木造の屋根に引火し、火災になる。そしてそのレーザーを振り回す彼女にシファが一気に間合いを詰め、剣を逆手に構えて柄でグラファイトを一撃する。再び吹っ飛ぶ彼女に、シファはなおも間合いを詰める。
 だがそのとき、彼女はくっと笑うと、残していた切り札とでも言うかのように、その腰のアーマーから対人ミサイルを乱射する。シファは飛び退いてそれを回避する。
 だが回避したシファは空中を蹴って、さらに低く飛んで一気にまた逆手た剣の柄で突進、間合いを詰める。

 その間も、検挙活動が始まっている。
 なんと、経済産業省の羽佐間の直属の上司も逮捕されたのだった。
 あの作戦の正当性を語っていた塩谷局長が、である。
 そもそも、そこからすでに抱き込まれていたのだった。
「ここまで浸透されていたとは」
 新淡路、内閣調査庁の執務室で、早瀬局長が慄然としている。
「これがこの事件の恐ろしさです」
 鳴門と氷室の二人の調査官が報告を続ける。
「組織の狂気と組織の狂気が、相乗してとんでもない狂気を作ってしまったんです」

 シファとグラファイトの戦いは夜になってもまだ続いている。
 遠くに見える市ヶ谷の旧防衛省の鉄塔を袈裟懸けに切り倒した二人は、そのまま首都高速4号線を進む。
 シファが先行しているのに対し、この都心でグラファイトが主砲の砲撃を始める。
 その発砲の爆風で道路に放置された自動車が跳ね上げられ、次々と落下する。それでも彼女の砲撃は一向に止まらない。
 それにシファはきびすを返し、シールドを展開してそれをそのまま投げつけ、グラファイトを沈黙させる。衝撃波の壁のようになったシールドがグラファイトを吹き飛ばす。
 スピンしたグラファイトはそれをビルの壁を蹴ることで止め、シファに追いすがる。
 新宿駅上空に達した二人。しかしなおも少しも戦いを休まない。
 グラファイトの狂気はますます強まっていく。何を巻き添えにしようと容赦しない火器の使用で、東京はますますひどく破壊されていく。
 そして再び放ったレーザーが超高層街区の2棟の高層ビルを切り倒し、シファの上にその大量の瓦礫が降り注ぐ。だがシファはシールドを再び放ち、その瓦礫を吹き返す。

 そして新宿都庁に到達した。
 第一本庁舎のツインタワーの間でまた斬り結ぶ。そして弾き飛ばされたのは今度はシファだった。それにむけれグラファイトがレーザーを放つ。高熱で切り裂かれたヘリポートのあるタワーが、もう片方のタワーに崩れかかる。その壮絶な瓦礫と爆発の砂塵の中にシファが飛び込む。
 怪訝な顔をするグラファイト。
 しかし、次の瞬間、シファが再び上から襲いかかった。
 回避しようとするグラファイト。
 だが、シファはそれを許さない。
 銃剣を刺突して防ごうとするグラファイト。
「シファ!」
 最後のシファの踏み込みが一番深かった。突き出された銃剣をかいくぐってシファがグラファイトに飛びかかる。その渾身の一撃で、グラファイトは持っていたライフルがたたき落とされた。
 ついにシファは、グラファイトを完全に追い詰めた。

 剣を構えて最後の一撃を加えようとするシファ。
 武器を失ったグラファイトが見上げている。
 そう、あの黒い、寂しげな瞳で。
 そして、かすかに恍惚を含んだ狂気の笑みで。

 すべてが、終わる。
 シファは、荒れ狂う気持ちで、剣を上段に構える。
 必死に気持ちを押し殺して、グラファイトに最後の一撃を振り下ろそうとする。

 所詮、血塗られた道だ。
 シファも、グラファイトも、二人を分けてしまった運命の最期を覚悟した。

 だが、そのとき、白い光が何もない空中に吹き出し、舞い散った。
 その壁を突き破って現れたのは、翼を背中にはやした天使のような姿。
「ええっ!」
 それは、シファだった。
 細部は違っている。でも、まちがいなく、シファなのだ。
 ――-まさか、未来から来た、私!?
 そのシファは、そう驚いて見るシファに、降下しながら視線をゆっくりと合わせた。
 その彼女のアーマーに通う緑色の明滅が超未来的で、もはや地球上の文明のものでないかのように見える。
 ――未来……そんな未来が。

 そして、シファは思った。
 ――ああ、グラファイトの気持ちって、これに近いのかもしれない。
 私は、こう現れた私になれるとは、とても思えない。
 想像が全くつかない。
 でも、それが現れてしまった。

 私は、未来、どうなるのだろう。
 そしてそれに、私はたどり着けるのだろうか? 

 たどり着いたんのだろうけど、とてもそうは思えない。
 きっと無理。
 ――だって、私はそこまで強くない。

 その現れたシファが、グラファイトを抱き留めた。
 驚愕の瞳のグラファイトを、腕で包み込む彼女。
 そして、その瞳を、彼女は優しく指で閉じた。

 そして、現れた彼女は、ゆっくりとまた、シファに振り返った。
 シファは、なにもできなかっった。
 未来のシファは、何かを口で言った。
 その何かに、シファは、胸を打たれた。

 その後、彼女は強烈なアフターファイアを吹き、それを引いて急上昇した。

 シファのその瞳の先で、未来から来たシファとグラファイトが空間を破って見えなくなっていく。

 後には、爛れたような空気の朝の空だけが、残った。

 いつのまにか、朝が訪れていた。
 長い戦闘が、終わった。

 東京と思えないほどの静寂。
 廃墟の静寂。

 シファは、剣を下ろし、空中で静止すると、報告した。
「状況、終了」
 それが、この暗号通貨介入作戦から始まり、拡散しエスカレートしていった戦いの、本当の終わりだった。
「シファ、帰投して。母艦は現在相模湾にいる」
「シファ、了解。これより帰投する」

 シファは、帰投コースへ針路を取った。
 死闘で息が上がっていた。
 しかし、それを生態筐体維持システムが抑制し、落ち着かせる。
 そしていつのまにか現れたエアバイクと戦闘機が彼女のエスコートについた。
 南へ進路を取ったその編隊は、戦いを終わらせた、エースのパレードのような風景だった。

     *

 それからあとのことだった。
 責任追及と摘発が進み、、そして裁判が始まった。
 だが、アメイジンであの事態を首謀したメンバーは、全員、シファのレーザー砲撃で一瞬のうちに爆沈した空母〈ブルースカイ〉と運命をともにしていた。
 そのため、多くの裁判が、被疑者死亡のまま結審した。
 アメイジンは、その責任者が死亡したが、それでも残って再び営業を再開した。
 そして、またこれまでと同じく、救助から復興、復旧、そしてあらたな『まちづくり』がそれぞれ始まった。
 多くの人が避難所暮らしの後、仮設住宅で生活し、そして再建された都市の復興住宅へ引っ越していった。
 そして、痛めつけられた世界は、元のようにあいも変わらずの沼の底のように、貶め合うていたらくに戻っていった。
 でも、それはそれでも、たった1ヶ月の間とはいえ、起きた真の地獄絵図よりは、ずっとましだった。
 そして、グラファイトを連れ去ったものがなんなのか、そしてグラファイトはどこへ言ったのか、それはこの22世紀の科学では解明も、推測すらもまだ不能だった。
 ただ、ここまでつながってきた双方の歴史が、分岐していく多世界解釈の中で、もう再び合流することのない分岐、ハードフォークをしたのではないか、というのが時空理論の第一人者、テイ教授の解釈だった。だが、まだそれは22世紀の科学では実証も否定もできないものだった。

     *

「続いては合原旧首都圏復興大臣の失言に関する問題です。野党3党は共同して予算委員会での釈明を求め、与党民権党に申し入れを行いました。また民権党土肥幹事長は噂される衆議院の解散について、次のように述べました」
 ストリームニュースが流れている、箱根の連合艦隊の保養所。

 そのとき、宅配ドローンがやってくるサインが、シファのホロパネルに表示された。
 やっと届いた! 
 シファはドローンから受け取ったアメイジンの箱を開け、包みをといた。
 この事態のはじめに受け取り損なった、紙の本だった。
 特典として模型が付属している本だ。

 風の入る箱根の別荘のテラスでシファは本を読んでいる。
 彼女にも、休暇が与えられたのだった。
 その時、遠くにロマンスカーのホーンが聞こえた気がした。

 シファは、それで、自分を恨んで別れていった彼女のことを思い出した。
 ちょっと悲しげな顔になったが、それでもまた本に目を落とした。

 完全の復興までの道は遠い。
 ほかにも多くの人が死に、運命を狂わされ、悲嘆にまだ暮れている。
 そしてそれでもなお国際社会も国内も不安が多い。
 それでも。

 悲しいけど、生きることを代わることもやめることも私の範疇じゃない。
 選ぶことは出来ない。受け止めることしか出来ない。
 だから辛いけど、彼女もいつか気付くだろう。
 辛いのは、実はみんな同じなのだ。ただ、言わないだけで。

「ごめん、氷室調査官が珍しくドジっちゃって、手伝ってたら遅くなったー」
 鳴門が来た。鳴門も休暇なのだ。
「こんにちはー」
「あら、羽佐間さんも?」
「いろいろあるけどね、今のうちに休んでおけ、って」
「それ休み明けが怖いパターンよね」
「そうですね。おくれてすみません」
「いいわ。私、暇つぶしてるの、嫌いじゃないし」
 シファは本を閉じた。
「戸那実さんは整備のみんなにラーメンおごったって?」
「うん。横浜中華街『招福門』のフカヒレラーメン。フカヒレにサーロインに最高のアワビ使ってたって。それを20人分。1杯10万するって話で3佐の給料だとあり得ないんだけど、戸那実さん実家から借金したらしいわ」
「戸那実さんの実家、海軍一家だもんね。結構お金持ちだって聞いたことがある」
「それで横須賀入港時に2班に分けて2回、フカヒレラーメンパーティ。戸那実さんちょっと強情だわ。そこまでしなくても」
「そのやり過ぎ感が戸那実さんらしいっちゃ、そうだけど」
「じゃ、ご飯にしましょう。ミスフィも呼ばなきゃ」
「え、ミスフィは香椎さんと離れに」
「ええっ!」
 みんな、顔を見合わせた。
「怖い考えになるから、これ以上はやめておきましょう」
「そ、そうです」
「ひいいい!」
 みんな、震え上がった。
「でも、食事できるんだよね」
「矢竹さんが特別にこっちきて作ってくれてるの。私の誕生日、お流れになってからって。食べるの楽しみ」
 そうウキウキと言うシファ。

「うん。食べることは生きること、だもんね」

 鳴門のその言葉に、シファはハッとした。
 グラファイトも、そう声をかけられて……。
 シファは、すこし口をパクパクとさせた。
 でも、落ち着いて、そして、軽く歌った。
「夢見ることは生きること」
「うん」
 鳴門はうなずいた。

「夢見ることは生きること」
 母艦〈ちよだ〉でも、そう熱海が言っていた。
「カシス准将の手紙の最後は、この言葉で締められてたんだ」
「そうなの」
 戸那実は深くうなずく。

 鳴門もまた、言うのだった。
「そう。夢も物語もなしに、心は生きてはいけないからね」
 シファは、渓流から上ってくる風に髪を流して、向き直ると、そのサファイアの瞳で言った。
「きっとそうよね」

〈コンフュージョン・コントラクト 完〉
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登場人物紹介

シファ(シファリアス)

 BBN-X、時空潮汐力特等突破戦闘艦シファリアス級の1番艦、ネームシップ。最新鋭の心を持つ女性サイズ女性型戦略型宇宙戦艦。第2次近代化改装を受けて搭載する武装や機器とシステムプログラム・ウイングナイトシステムがアップデート、大幅に刷新された。

 大学時代から内閣調査庁調査官・鳴門と恋仲にある。新淡路大学卒業後幹部教育隊を経て、独力で行動可能な戦艦である自身を指揮の執れる1佐格を持っている。しかし搭載する行動支援システムZIOTの支援がなければ自転車にすら乗れないほどの運動音痴。「ウイングナイト」「クールな守護天使」のはずがいつのまにかポンコツ戦艦呼ばわりされるに至っている。

ミスフィ(ミスフィオス)

 シファ級の2番艦、姉妹艦で妹に当たる。女性形女性サイズ戦艦。BBN-Xになるための近代化改装をまだ受けていないためにBN-Xと呼ばれる。艦番号73。

防衛大学校卒業、幹部教育隊を経て第99任務群配属後に香椎2尉と恋仲となるが、どういう恋愛をしているかは不明。というかレースクイーンの刑ってなんだ? そういうところが周りからは怖がられている。

 通常の言葉を話すのが嫌いなのでいつも同意と否定の電子音とメッセンジャーの文字で会話する。失声症に近いかも知れない。だが戦艦としての武装の他に、超音波域の波長の叫び声でさまざまなセンサーを麻痺させる音響麻酔能力を持っている。耳もシファと違いエルフ耳のような形状になっている。

 他にもいろいろとミステリアスな要素を持っているが、その実、姉であるシファを強く敬愛している。

戸那実3佐

 シファとミスフィの所属する第99任務群の指揮幕僚。司令の宮山空将補を支え、シファとミスフィの作戦を立案・支援する。

 防衛大学校首席卒業の才媛なのだがいろいろと素行不良なことがあって(とくに整理整頓が苦手。それでもいっっぱんじんに比べればきちんとしているのだが)、それで指揮幕僚課程を進んでいても出世の目はないと思われていたところを宮山司令にスカウトされて現在の配置にいる。以前は重巡洋艦〈みくま〉に乗り組んでいたがそのあとずっとこの99任務群に所属している。

 視力が弱点で眼鏡着用なのだが、コンタクトレンズや視力アシストを使っている時も多い。

香椎2尉

 陸戦のエキスパートだが現在第99任務群に所属、〈ちよだ〉にセキュリティ担当として乗り組んでいる。そのままでは練度がなまるので連合艦隊司令長官附で陸戦用新装備の試験の仕事もしている。いつもパワードスーツ搭乗用の迷彩レオタードでうろうろしていたり、異常なほどの大食らいだったり、なかでも豪華プリン好きであきれられているのだが、それでも敬愛されているのは彼女が苛烈なUNOMA(中央アジア暫定統治機構)の武装警察軍の任務の中、最大の窮地から多くの部下をその名指揮によって救い出した英雄であることと、とぼけながらも聡明なところを垣間見せるギャップによるのかもしれない。

 ミスフィの恋人でもあるが、ミスフィとどういう恋愛をしているかはほかのみんなは怖くて聞けない。

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