BLOCK07:完全封鎖都市
文字数 11,254文字
戸奈美が言う。
「でも実質的にはこれしかないだろう。国連管理下にある軌道エレベーター『軌道リフト線』のセキュリティチェックの厳格化。表だってはアメイジンも反対はできないよ」
「とはいえ、アメイジンの物流は地上だけじゃない。むしろその利益を大きく構成するのは宇宙と地上の間でやりとりされる物流よ。SAYAWAとか亜細亜通運、SHIRONEKOやジャパンレターカーゴがそれぞれ専用のリフト線貨物列車を運用しているなか、アメイジン委託便は『アメイジンエクスプレス』としてリフト線の最速ダイヤ使っていたのに、その最速ダイヤ運用を廃止して、セキュリティチェックを荷物の発送地で済ませたものですらグランドポート、リフト線の地上基部駅でまた行うなんて。それじゃ物流がすごく遅延するわ。アメイジンもたまんないわよ」
「とはいってもアメイジンがその委託便で何運ぶか分からないこともあるからなあ」
「でもアメイジンはまさか対消滅弾頭を宅配したりはしないでしょ? 私たちはアメイジンを利用しているけど、アメイジンの顧客よ?」
「とはいっても、そのアメイジン自身はどう思ってるか分からないさ」
「彼らだって人間でしょ?」
「組織になればわからないさ。歴史上人間が組織となった途端に狂気の行いをした例はいくつもある。大量虐殺したこともあるし、とんでもないテロを行った例もある。それにそのアメイジン自身がすでに連合艦隊重空母〈かつらぎ〉を中破させ、その護衛艦艇を4隻も撃沈した。艦隊員も何人も戦死してる。これはもう戦争なんだ。通貨作戦自身も戦争だし、経済封鎖も戦争だよ。血が流れないように見えても、実際は血が流れるよりも残虐だったりする。そもそも残虐でない戦争なんてない。バカな政治家の言う『きれいな戦争』なんてあってたまるか。戦争なめんじゃないよ」
「そりゃそうだけど」
「それより気になるのは、この不穏情勢のなかで、リフト線近くのニューシンガポール立体区が無防備都市宣言しちゃったんだよな」
「ほんとうにやっちゃったのよね」
「ああ。だけどジュネーブ諸条約追加第一議定書第59条での無防備都市宣言を出来るのは中央政府と軍隊だけなんだけどな。地方自治体のはずの立体区政府にそんな権限はあるとは思えないし、それでもやっちゃったってのは、いい事ないと思うんだけどな」
「そうね……だって、あそこを占領したい国はいくつもあるし」
「シンガポール政府も武力鎮圧したいだろうし、それができなきゃフィリピンやベトナム、中国も手を出したいだろう。あの国々がいくらアジア共同体のもとで統合行政を目指していると言っても、実際の国家主権は統合されてないし、軍隊も完全統合運用ではない。それぞれ直轄で独自に動かせる軍隊を保有している。それを禁止するとこまでアジア共同体体制は進められなかった」
「最悪、力の空白が軍事的混乱を呼び込むかも知れない」
「それどころか、空白地ってのは後ろ暗い連中にとっては魅力が多すぎる。スパイ組織も犯罪組織もそういうのが一番の隠れ蓑になる。ファイン通貨を基軸とした国家樹立を図る勢力もあり得る。アメイジンを従えたフェデレーションが、概念上の存在から、領土を持った領域国家になるチャンスでもある」
「危なっかしすぎるわね」
「ニューシンガポールもなんであんな事言いだしたのか、すごく疑問だけど、まあ外患誘致したがる連中ってのはいる。政治家によってはどこになびけば一番自分が美味しいか考えるだけのやつもいる。現実にはその美味しさを考えることもできずに騒ぐだけの奴がもっと多い。民主主義ってのはそういう所で最悪だ。もっとも専制や独裁よりはマシだけども」
「でも、それが有権者自身の姿よね。悲しいけど」
「ああ。民主主義ってのはそういうもんだ。ただの多数決でもないようにとやっていても、結局は一部の扇動家のいいなりになってしまう。いろんな仕組みを考えても、人類の知恵ってのはそういうところで虚しいところがある。どんなに歴史を勉強して博愛に満ちていても、今すぐに仕事と家と家族を奪われるとなったら、仕方ないとファシズムですら容認してしまうのが人間だ。そうして仕方ない、仕方ないの連鎖で戦争が始まる。かといってリーダーシップを持って絶対にファシズムに屈したくない、といっても、その結果があのちんけな無防備都市宣言だ。ところでジュネーブ条約って戦艦何隻分の兵力なんだろうね」
「知らないわよ。でも、後始末に結局またいろんな人が追われるんでしょうね」
「どっちみち流血は避けられない。国家主権の世界は戦国状態と同じなんだ。裏切り裏切られだってこと、わかってもよさそうなのに」
「とりあえず空母〈ひりゅう〉以下第3航空艦隊が近くで待機することになるって」
「でもあれで〈レッドトライライト〉を阻止出来るか? もっと強力な〈かつらぎ〉ですらたたき合いで痛み分けになったのに」
「わからないわ」
戸那実は溜息を吐いた。
「シファとミスフィを出撃出来るように準備したほうがいいわね」
「ああ。幸い財務当局は既存通貨の健全性確保のために緊急で研究機関のスーパーコンピュータを借りることに成功した。羽左間さんががんばった。借りるというより事実上の徴発、戦時収用だけども」
「ここでも戦争なのね、やっぱり」
「でもこれで既存通貨のプルーフオブワークシステムは守られる。だけどその代償でいろんな学術研究が全部ストップする。タシケント議定書に向けての研究も停まってしまう」
「あのタイムマシンパラドックスを免れるっていう仕組み? あれ、本当に研究してたの?」
「原理的には理論物理学の巨人・テイ教授の発表した『時間と空間に関する一般デジタル情報物理理論』で可能だって事になってるからなあ」
「テイ教授の『タイムマシンは可能である』はベストセラーになったものね。でも、タイムマシンが実現するかも知れないってのに、こんな戦争をしてるなんて」
「それが人間のどうしようもないところなのかもしれん。シファとミスフィを今そのプルーフオブワーク演算支援任務に就けてるけど、その手が空いたらシンガポール付近へ戦略哨戒飛行させる必要があるだろう。連合艦隊司令部からもじきに正式に通達があると思う」
「でもまだその演算任務、終わらないのね。早く終わって欲しい。力の空白にろくな事はないから」
「でも、そうはいくだろうか。アメイジンの物流はすでにその無防備都市・ニューシンガポールにも行き渡っている」
「まさか、配達員が武器持って占領活動するの? そんなこと、あり得るかしら」
「PMC、民間軍事会社ももってるから、やろうと思えばできるかも」
「セキュリティチェックがあるでしょ」
「それだって突破しようと思えばできるだろう。彼らなら。ましてニューシンガポールは無防備都市になっちゃったんだもの」
戸那実は息をのんだ。
「まさか!」
ニューシンガポール立体区には、もとのシンガポールを引き継いでネオ・マーライオンがその港に設置され、また『ネオガーデンシティ』を掲げた都市政策を実施した美しい街並みもその特徴である。動物園、植物園、水族館からギャラクシー・スタジオ・ニューシンガポールGSNSといったテーマパークまで、観光都市としての面を強く押し出している。そして多くの世界の富裕層がここにアーリーリタイア後の邸宅を構えている。そしてすぐ近くにはアジアリフトと呼ばれる軌道エレベーターがある。
軌道エレベーターは赤道直下に作るべきとされた。本来は重力場の関係で西経90度のガラパゴス諸島付近と東経73度のモルディブ付近が有望とされたのだが、建設にあたっての政治的配慮でアジアリフトはマレーシア・シンガポール付近に建設された。アメリカリフトはその代わりガラパゴス諸島付近に建設されている。地上部分はかつて想定された巨大メガフロート構造であり、それに物資と人材を供給するために建設されたのもまたこのニューシンガポールである。
それゆえ政治的にも軍事的にも重要な拠点なのだが、それが無防備都市を宣言してしまった。国連は軌道エレベーター保護条約のほうがジュネーブ条約より優先すると抗議したものの、すでに既存通貨勢力の代表とされた国連とその安全保障理事会は、多くのなかの一つの勢力にまで権威が失墜してしまった。かわってグランドモラトリアムでファイン通貨圏が誕生しつつあり、国際秩序も〈かつらぎ〉大破となった北太平洋海戦の結果、混乱し始めていた。公然とファインを基軸通貨として採用するという小国も南米やアフリカに現れ始めたぐらいなのだ。
またニューシンガポールの周りにはいくつかの軍事拠点もあり、軌道リフト線統合防衛軍が組織されて配備されている。軌道エレベーターが破壊されたり占領されることは重大な人類的危機となるため、ここだけは軌道エレベーター保護条約とその保護条約機構の統治下におかれ、軍事的にも条約機構軍の支配しているはずだった。だが、その入り口であるニューシンガポールが無防備都市宣言をしてしまった。もちろん意味のある宣言とは思えない。周りは軌道エレベーター保護条約機構軍の勢力圏だからである。そして統治権限もシンガポールとマレーシアの両国の設立した特別行政市でしかないニューシンガポールにその宣言の主体となる適格性は疑問であった。
「速報です。ニューシンガポール市内に多数の迷彩パワードスーツが展開中とのことです。その国籍は不明。目下確認作業中です」
ニュースラインに速報が流れた。
「ニューシンガポール市庁舎付近、ニュースラインセンター付近で市警察と所属不明パワードスーツが小競り合いをしているとの情報が入りました」
シファとミスフィが演算任務をしている母艦〈ちよだ〉にもそのニュースが流れている。
「始まったか」
「早かったなあ。でもどの国だろう」
「それを簡単には明かさないのが連中にとっては得策だろうな」
「とはいえ、これもまたアメイジンからの報復かも知れないよなあ」
「でもさ」
それを聞いていた香椎がその大きな目で言う。
「フェデレーションとアメイジンは、いったい何が目的なんだろう。暗号通貨ファインをもっと流通させたいの?」
「そうかと思っていたけれど」
「そういう新しい通貨は現実世界との接点が弱い。それを強化したいんじゃないの?」
「でもさ」
香椎がなおも続ける。
「このままほっといても、ファインは認知されちゃったし、ファイン経済圏もできつつある。そのうえに重ねてなんでこんなことするわけ? せっかくアメイジンが小売り最大手として大きな利益上げてるのに、その利益をくれる顧客相手になんで戦争すんの? それもこんな手を急いで。なぜ?」
みんな、唖然とした。
「……そういえばそうだよね」
「現象の展開が急激すぎて、見失ってたよね、そのこと」
沈黙がすこしおきた。
「でも、わからんよなあ。なんでだろう」
〈ちよだ〉のクルーたちは皆そう口々に言う。
「同じ事を内閣調査庁でも調べてるわ」
演算任務中のシファがそういう。
「それが最大のこの戦争の争点だし、それをどちらが満たすか阻止するかで戦争が終わる条件にもなる。殺戮や破壊はその政治目的の手段でしかない」
「クラウゼヴィッツだね」
「あ、そうだ! 熱海さん、カシス准将の手紙、まだ読み終わらないの?」
「読んでるよ。今のところ、ここまで全てカシス准将の手紙どおりの展開だよ」
「ええっ! 本当?!」
「ああ。だからもっと早く先に進みたいんだけど、なかなか進められないんだ」
「というか、その手紙、もう分析に出しちゃったほうがいいんじゃないの?」
「そう思って、准将には悪いけど、内閣調査庁にコピーを提出したよ」
「そうなんだ。じゃあ、彼らもまだ読み進められないのね」
「そういうこと。まったく、文章が書けすぎるってのも困ったもんだよね」
その時、ライブ画像に変化があった。
「市民運動?」
「みたいだね。なんかスピーカーで言ってる。無防備都市宣言がどうこう、って」
「一体どっちに言っているんだよ」
「わからん」
「というか市民運動団体、2つないか?」
「ほんとだ」
「やっぱり! もみ合いだした!」
警察のパワードスーツがその2つの市民団体を隔離しようと盾で押しのけ始める。
その時だった。
「爆発!」
「やりやがった!」
「どっちの爆弾だ?」
「そんなのもう関係ない! 市庁舎前、放送局前で爆発、それと同時に銃撃戦が始まってる!」
「なんてこと! 『謎の発砲』がこんなときに!」
「盧溝橋じゃねえぞ!」
『所属不明軍、警察とともに市民団体を制圧にかかっています!』
「ひどい! 市民相手に銃を威嚇発砲じゃなくて水平直射してる!」
「盧溝橋どころか、天安門じゃないか!」
逃げ惑う人々を撮していた固定市街カメラが次々と応答しなくなっていく。
「くそ、市街カメラを狙い撃ちしてやがる!」
そしてその騒乱が隣接するチャイナタウンに及ぼうとしている。ニューシンガポール警察軍の装甲車とパワードスーツがそれを阻止しようと発砲するが、そこに容赦なく対物ライフルの銃弾が撃ち込まれる。
一人の警察パワードスーツが仁王立ちになってチャイナタウン入り口を塞いだ。その間に後ろのタウンから住民を避難させようというのだろう。だが、その装甲筐体に銃弾が次々と命中する。右腕が、左足が、センサーヘッドが破壊される。だが、彼は擱座してもなお、盾を持って堪え続ける。その装甲の隙間から血のように駆動オイルが吹き出す。そしてそれが赤くなっていく。血が混じっている! それでもなお銃弾が命中し続ける。
「もうやめて!」
思わずその凄惨さに見ている人々から声が上がる。
だが、彼のその胸に小型ミサイルが撃ち込まれた。周りの悲鳴とともに、その死守していたパワードスーツが爆発、炎上する。
「なぜこんなことを!」
「市街戦で虐殺がないなんてことはありえない。それが市街戦ってもんだ。だから戦術上、それは回避するもんだ。それにそもそも無防備都市宣言したんだったらなんで無防備に徹しないで警察軍で抵抗するんだよ、ほんと、心底バカじゃねえのか!!」
苛立ちの声が飛ぶ。
「それより、その向こう!」
空を威圧して、灰色の巨大な多層構造のなにかが浮かんでいる。
「……アメイジンの空母だ!」
「あれが……〈レッドトワイライト〉……」
「これから市内の騒乱を収拾するために民間軍事会社をつかって支援する、だって? 嘘つけ、これはただの侵略じゃないか!」
「市民団体もアメイジンに通じてたのか。犠牲になった連中は真相知らなかったんだろうな」
「踊らされる連中はいつもそういうことになるんだ」
「でもそれに巻き込まれる人々はたまらないぞ!」
上空では飛び交うドローンとエアバイクが群舞するように空中戦を繰り広げている。
「無防備宣言ってのは降伏と同じなんだ。そこに自主権なんか残るわけないだろ! 心底バカだろ! 今すぐ抵抗やめろよ! それが無防備ってことだろ!」
墜落したドローンやエアバイクで市街に火災が発生している。しかも人々は銃撃戦の中で避難出来ない。それでも避難しようとした人々の車が被弾して炎上し、道路を塞いでさらに避難を困難にする。炎上する車から逃れでた民間人は生きながら身体に火がつき燃えて絶叫している上に、さらにそれを撃たれて絶命する。
そして避難困難な市街を、火災と銃撃戦が襲う。救急車や消防車すらそれに巻き込まれて破壊され、それに乗り組むクルーも助からない。次々と銃弾に倒れていく。そしてその被害が動物園や水族館、テーマパーク街区にまで及ぼうとしている。この無防備都市騒動で閉鎖されているとはいえ、人間よりさらに罪のない飼育動物や魚たちを守ろうと職員や飼育員がいるのだが、なんの抵抗も出来ない。しかもこの騒乱を広げている武装勢力は無抵抗の市民を撃つことになんのためらいもない。最悪!
その殺戮の嵐の中、子供連れの家族が逃げようとしている。それを襲う武装勢力に対して、一人の男が両手を広げて立ちふさがる。
「撃てよ! 俺を! そんなに殺したければ先に俺を殺せ!」
そう叫んでいる。
それに向けて銃が向けられる。なんのためらいもなく。男も狂気の目でそれを見つめている。狂った戦場の姿!
だが、それに放たれた銃弾が虹色にかき消えた。
いつのまにか、そこに2人の女性が立っていた。
2人が胸元のクリスタルに触れると、光が球状に集まってシールドとなる。そして着ていたキャリアスタイルのスーツが青と紅に輝くホログラフィアーマーに変わっていく。
そして、彼女が口を開いた。
「我が名は時空潮汐力特等突破戦闘艦シファリアス! 禍々しき争いなすものたちよ、すべて風に散る塵に帰るがよい!」
そしてそれに鋭い電子チャイムが続いた。隣は僚艦・ミスフィだ!
その銃弾が一斉に2人に浴びせられる。だがその全てが虹色のシールドに吸収されて届かない。それどころか、シールド面が押し出し、衝撃波のように武装勢力に浴びせて吹き飛ばす。
驚くべき高速度でシファとミスフィが、気付かれることなくこのニューシンガポールに到着していたのだ! 特等突破戦闘艦の本領発揮!
その彼女たちに、別方面から接近した武装勢力のパワードスーツに対し、ミスフィが叫ぶ。それは耳には聞こえない波長の音なのだが、それもまた衝撃波となってパワードスーツの様々なセンサーを破壊し無力化し、搭乗している武装勢力たちを苦悶させる。
それを免れた武装勢力のドローンやエアバイクが対人ミサイルを連射する。それを見上げたシファとミスフィの身体の前から強力なレーザーが放たれる。それは同軸に青と赤の可視光線を伴い、まるでとんでもなく長い剣のように鋭く振り回され、次々と彼らを容赦なくはたき落としていく。
2人の圧倒的な戦闘力に武装勢力がひるみ始めるが、シファたちはなおも攻撃を緩めない。背中から翼を広げると離陸し、そのままビル街を飛翔する。彼女たちの姿がビルのミラーガラスに映り込む。それを見せつけるかのように飛び抜けた彼女たちは、そのまま銃撃戦のさなかの高層ビルの放送局に突入した。
警備ロボットと警備スタッフが必死に身を挺して放送局の中枢、ヘッドクオーターフロアへの侵入を防いでいたが、そこに火炎放射を武装勢力が浴びせていた。人間とロボットたちが火だるまになって爆発していく。凄惨な白兵戦だ。
だがそこに現れたシファとミスフィが、大量の液体窒素を噴射する。酸欠と冷却で炎が消えるばかりか、蹂躙するかのように暴虐の限りを尽くしていた武装勢力たちが呼吸を奪われて次々と絶命していく。因果応報!
かろうじて生命維持装置を機能させ酸欠を免れたパワードスーツが、シファたちに戦闘用の斧で挑みかかる。だがシファたちは手にした灼熱のプラズマの剣でその斧を切り飛ばす。高熱の火花とともにセラミックの斧が応力割れし、使い物にならなくなる。あまりのことにパワードスーツは状況が理解できない。そこにシファは、剣を持たないほうの手のひらから高電圧の放電を放射する。走った落雷のような電気火花が一瞬でパワードスーツの回路を焼き切り、非常脱出用の火薬を炸裂させ、搭乗していた武装勢力の兵士をはじき出す。
シファの目の前に飛び出た彼らは、状況を理解できなかったが、シファたちがその剣を突きつけると、まるで命乞いをするかのように手を上げる。それを見てすぐに警察隊員がその身柄を確保する。
そしてシファは息つく間もなく真上にあって威圧している〈レッドトワイライト〉を見ると、放送局の床をけって離陸、その吹き抜けを抜け、天窓をぶち抜き空へ駆け上っていく。
そしてその防御放火の猛烈な弾幕をものともせず、シファは〈レッドトワイライト〉に接近、その下部甲板に降り立った。なんと敵艦への斬り込み作戦、アボルダージュだ!
空母〈レッドトワイライト〉の艦内では乗員が慌てるが、すぐにここでもパワードスーツが現れ、銃や対人ミサイルを撃ちまくる。だが、一発もシファには届かない。
それを知った空母は区画を隔てる分厚いハッチを閉鎖する。
だが、直後にハッチの真ん中が赤熱し、そこからどろりと赤く熔けおちる。シファのレーザーがハッチを焼き切ったのだ。さらに高熱が周りの可燃物を炎上させる。舞い上がる炎の中、ゆっくりと空母の中を歩んでいくシファたちの姿は、まさに破壊神とも言うべき迫力だ。
それを阻止しようとハッチが次々と閉鎖される。だが、それが次々と焼き切られる。逆に空母はシファに中から蹂躙され、もはやその最重要部、艦橋や動力炉、DAGEX反重力装置への到達を防ぐ手段はなくなったように見えた。
だがアメイジンはなおも抵抗する。今度はどこからか連れ込んだ女性を盾にして『武装解除しなければこの女を殺す』と言いかける。人間の盾にしようというのだ!
だがその言葉が始まる前に、即座にシファの3.36ミリ機銃が精密にパワードスーツを蜂の巣にした。
なんの問題もなく助かったことに驚く女性にシファは「次は簡単に人質にならないで」と平然と言って、その脇を通ってなおも艦内奥に進む。
そして『艦橋・資格なきものの入室を禁ずる』の表示のある装甲ドアに達した。
必死に撃ってくる空母乗員に構わず、シファは視線を走らせる。するとそのドアのセキュリティシステムの標示が一瞬で赤色の「閉鎖」から緑色の「開扉」に変わる。こんなセキュリティはシファの演算能力から言えば赤子の手も同然なのだ。
そして、艦橋の中にシファたちが入った。中では艦橋要員が拳銃で抵抗しようとしていた。が、シファの剣とアーマー姿と、その冷たい表情を見て、それが何の意味もないことを察した。
「私が〈レッドトワイライト〉艦長だ。負けだ。本艦は君たちに降伏する」
一人のベテランそうなセーターの男が言った。
「分かりました。武装システムを停止し、この3海里北の海面に着水し、乗員総員を上甲板に集めてください」
「分かった」
そのすきに一人が隠れて拳銃を向けてきたが、シファはそれを瞬時に展開したシールド面をぶつけて吹き飛ばした。
「無意味なことはすべきではないわ」
眼をさらに鋭くしたシファの冷たい口調に、彼ら彼女らは震え上がった。
そして着水した〈レッドトワイライト〉に、遠方で待機していた連合艦隊の強襲降下艦〈うらが〉が接舷、すぐに降下パワードスーツの陸戦隊員が突入、要員を全て検挙した。それを上空から連合艦隊の巡洋艦が支援している。
そしてその〈レッドトワイライト〉の上甲板にシファとミスフィが現れた。赤道直下の海風に、剣を片手にした鎧姿の二人の栗色の髪がなびく。それはもはや勇ましいを通り越した姿だった。それを敵味方全員が、言葉もなく見つめていた。
このニューシンガポール海戦では、なんと重空母〈レッドトワイライト〉が戦艦シファとミスフィの移乗攻撃で鹵獲されるという、連合艦隊の完全勝利となったのだった。
しかし、その直前、ニューシンガポール市街戦での被害はあまりにも多かった。シファたちの出撃がもっと早ければ良かったのだが、そこまで既存通貨を健全化するための演算支援作戦が長引いたため、無理だった。
シファとミスフィはあとの艦内の捜索や制圧確認を第三航空艦隊に引き継いで、母艦〈ちよだ〉に帰投した。
まさにBBN-Xの驚愕すべき戦闘力を遺憾なく実証した二人だった。
だが、シファは帰投した〈ちよだ〉主整備室で、その表情を暗くしていた。
「シファ、どうしたの」
「もっと早くあそこに行けてたら」
シファは、あの市街戦の中、焼け跡に転がっていた焦げた子供用三輪車の画像を見つめていたのだった。
「これが戦争とはいえ、ひどすぎる」
「そう。ひどいわね」
戸那美もうなずいた。
「でも、あなたはすべきことをした。それ以上はできないわ。時間も身体も有限だし」
「わかってる。でも、なんとか出来なかったのかと考えてしまう」
香椎がやってきて、ミスフィの側に寄りそう。
「鳴門君がいてくれたら少し違うかしら」
戸那実はシファの彼氏の名を口にした。
「いえ、鳴門は鳴門で、今、内閣調査庁で必死にこの事態の収拾のためにがんばってると思うから」
「そうね。辛いわね」
「もっと辛い人が大勢いるんだもの。家を焼かれ、家族を失った人々のことを考えると。なんであんなバカな決定をしちゃったんだろう。でも、それもまた歴史に格納されてしまえば、ただの数字の問題になってしまうし、さらにその意味づけもかわってしまう。こんな辛いのに。そして歴史になった頃、また同じことが繰り返される。歴史を学んだことが虚しくなる」
シファはそう言いながら、窓の外の雲海を見ている。
「シファ、おつかれさま」
真鍮の輝きも優雅なティーセットを持って、矢竹がやってきた。
「温かい紅茶とケーキ。これでお茶して、あとはもう寝ちゃいなよ。考えてもどうにもならないさ」
「考えても……」
「そういうときもある」
「そうやって軽い言葉で『罪を背負う』のね」
「あ、シファもあの歌知ってるの?」
「ええ。私も大好きだもの」
「そう。ああいう音楽聴いて、温かくて美味しいものとって寝るのが一番。こういうものはそういうためにある」
シファは少しためらった。
「いいんだよ」
整備科のみんなも頷く。
「ありがとう」
「シファ、君は君自身をもうちょっと許しても良いはずだよ」
シファの目に、つっと涙が一筋流れた。
「大変な一日だったね」
彼女は、かぶりを振った。
「いえ、仕事だもの。これが」
「じゃあ、俺もこれ君に食べて貰うのが仕事だから」
シファはすこしハッとした。
「それがチームってもんでしょ?」
彼女は頷いて、フォークでケーキをちょっと掬った。
そして口にした。
「……美味しい。こんな美味しいのに、なんで……後ろめたいんだろう」
「つらいけど、それがこういう仕事だ。だから、それは受け入れなくちゃいけない」
シファは頷いた。
「ありがとう」
彼女の言葉に、みんな、ほっと息を吐いた。
「ほんと、シファ、あなたの感情と感性の豊かさには驚かされるわ。それでも任務に当たってるのみると、いつも心が辛いだろうな、って思う。でもその感情があるから、強いのね。ただのマシーンじゃ戦えない」
戸那実がそう言う。
「ううん。それは、全ての戦う人々にある要素だと思うわ」
シファは紅茶に手を付けながら言う。
「戦争は、戦う人に人間でなくなることを要求する冷酷なもの。でも、その要求に屈して本当に人間でなくなったら、戦いに負けてしまう。人間としての冷静な判断を失ったら勝てるものも勝てない。私は戦艦だけど、それを学んできた」
「そうね」
「でも、一番は、戦う前に戦いを仕掛けられないと思わせてしまうのが一番。でも、それはもう失敗してしまった。だから、すこしでも小さく、短く終わらせないと」
「香椎さんの疑問、いまあちこちで調べてるわ。この戦いの真の争点。それに焦点を合わせることで、きっとこの戦争は終わるわ」
「そうなってほしい」
シファは心からの口調でそう言った。
「こんなの、長く続けちゃいけない。この戦争がどういう結論になるとしても」
〈つづく〉