BLOCK08:ヘイヴントルーパー

文字数 10,724文字

「アメイジンの実質空母〈レッドトワイライト〉の鹵獲が法的問題になってるって! それでシファたちを訴追すんの?」
「ええ。アメイジン法務部が違法かつ過剰な措置だったって主張してる」
「頭おかしいよそれ。あんだけニューシンガポールで暴虐をしたのに」
「〈レッドトワイライト〉はそのまま処分保留になったわ。それに対抗で日本政府もアメイジン・アジア・フルフィルメント事業部(FBAA)に対して仮処分を申請した」
「フルフィルメント事業部って言ったら受注から決済・発送まで一気にやるところ、通販小売大手のアメイジンの心臓みたいなところじゃない。そこに仮処分申請なんて」
「事実上のアメイジンへの日本政府からの宣戦布告よ。それに関していくつもの国際企業が国家権力の横暴だって反発してる。でも検索大手ゴーゴルは何もコメントを発表してない。ゴーゴルはアメイジンと昔競合してた」
「じゃあ、様子見かな」
「でもゴーゴルのトップも通貨作戦を強く批判してたし、ゴーゴルとアメイジンは書籍データの面では以前は激しく競合しデータ規格でも対立していたのに、最近ずいぶん歩み寄っているわ。もともと合体したらヒドい寡占になるって危険視されてた両社なのに」
「そうか、じゃあ、事実上は」
「裏でつながってるかもしれない。だってアメイジンのACS(アメイジン・コンピューティング・サービス)のパワーだけでは既存通貨のをあそこまで追い詰めることはできない。ゴーゴル・コンピュートエンジンクラスのクラウドスーパーコンピュータが加わっているはず」
「どっちも一般にレンタルしてるスーパーコンピュータシステムだもんなあ。国によっては国家レベルの演算処理事業まで丸投げしてるって話も」
「でもそれを新通貨ファインでの通貨統合のためにつぎこむのが彼らの本当の狙いだったのかな。もう実現されつつあるじゃない」
「彼らにとってはその通貨統合は目的じゃないと思うけどなあ。もうちょっと利益になりそうなことしそうだけど」
「でも通貨の発行権ってのは大きな利益になるわよ」
「ただ、世界支配ってのは案外めんどくさいことだからね。支配すると支配されちゃった側のほうのわがままにもつきあわなくちゃいけなくなる」
「世界を支配してるのか、世界の管理人、あるは世界の用務員になっちゃうことって、紙一重だもんね」
「支配者になる人は少ないからみんなそのことに気づけない。君臨するってのはなかなかシンドイのにね」
「ともあれ、シファとミスフィは演算支援任務から解放された。そして行動追跡が一つの成果をみようとしている。『フェデレーション』側の要人の存在が判明した。彼がアメイジンなどの国際企業体に何らかの働きかけをしたらしい」
「行動追跡調査……。監視社会だもんね、現代は」
「仕方ないさ。共産党体制下の中国で進化してしまった公安監視システムは、あっというまに世界中に広まってしまった。中国のあの人口ですら追跡可能だったんだもの。他の国なんか手もなくヒドい監視社会になってしまった」
「それを管理する役所のセキュリティが雑だし恣意的だからとんでもないのよね」
「借金抱えたりしてる役人や警察官は普通にいるからなあ。小銭稼ぎと思って重要なプライバシー売っちゃうのもいる。子供やDVやストーカー被害者の情報まで。最悪だよ。でもそのデメリットが大きい中で、なんとかこの雲をつかむような捜査に目処が立った。彼と彼の持っているストレージを確保することで、フェデレーションの真の目的が明らかになる。そしてそれがフェデレーションに対する勝利の一番の条件になる」
「でもシャドウコイン経済圏はそのままファインコイン経済圏になりつつあるわ。結局どういう意味があったんだろう。もともとファインコインの前身、アメイジンポイントは同人誌や同人グッズ、さらにはウェブフリーマーケットでの決済に、日本の資金決済法の過剰な規制の緩和によって便利に使われていた。そういう使い勝手の良いものだったのに」
「どうも上手くいかないものだよね。アメイジンやフェデレーションを追い詰めたあと、ファインコインがどうなるかもわからないし、まだ既存通貨の円やドルも未だにグランドモラトリアム以来、安定してない」
「この戦争、どうなっちゃうんだろう」
 その時、宮山司令が入ってきた。
「おう。任務発令だ。シファとミスフィにその行動監視対象の逮捕作戦の支援任務が付与されたぞ」
「場所は?」
「ソマリランド立体区付近だ」
「えっ、ソマリア?」
「いつの話だと思ってるんだ。今のソマリアはアフリカ最大級の交易都市だぞ。それにかつての途上国ほど、先進国みたいな利権絡まないからキャッシュレス化、少額決済・少額送金が高度に発達して金融ではいつの間にか先進国は追い抜かれてるんだぞ」
「いえ、つい最近まで『ブラックホークダウン』観てたもんで」
「それは今から100年以上前だよ。発展した金融街、高層立体区に大規模な公園もある。相変わらず汚職がひどいが、それ以上に儲かってるからなあ、あそこは」
「そういやソマリアが核融合発電で随分儲けたって話、なにかで聞いたなあ」
「核融合は海水から燃料の重水素を取り出してしまうからな。今じゃ日本もそれで本当にエネルギー自給を果たして、その余ったエネルギーで地下資源や海底資源を採掘する資源国になった。効率悪くて掘ってないだけで、日本は資源が全くないわけじゃなかったからな」
「海賊が主要な外貨獲得源だってほどの貧困だったソマリアも、資源に乏しい日本も、今じゃそうじゃないですもんね」
「時代は変わるのさ。日本が一時共産中国の勢力下に入るハメになっても、結局中国は日本を持て余すことになった。チベットのように弾圧することもできず、上手く経営出来ないまま日本はまた完全な自主権を回復した」
「外圧がないとなにも変われない。逆に言えば外圧があれば本気出す国ですもんね」
「その過程でがんばった人たちの虚しさ考えると胸が痛むよ」
「ほんとそうだな。作戦プランはデータリンクで後ほど届く予定だ。シファとミスフィを出撃待機させてくれ」
「はい!」
 戸那実3佐は敬礼で答えた。

「作戦に当たってはアメイジンの実質空母〈ブルースカイ〉の妨害が予想される。中破したことになっているけれど修復は可能だわ」
「こっちの空母〈かつらぎ〉の修復はどうなってるの?」
「ちょっと遅れてるみたい。構造的に厄介なところに被弾したため、大幅な装備の入換が必要になってるとか」
「ところで建部警部、こんな時に北京出張、って聞いたけど」
「なんでだろうね。今時リニアで出張なんて。贅沢だよね」

  *

 シファとミスフィは〈ちよだ〉を発艦し、翼を広げて西へ飛翔する。

 あれ、なんのストリーミングなんだろう。
 これは、鳴門?
 そうか、鳴門も北京出張になってたのかな。
『この列車は、リニア新幹線・グランドエクスプレスふじ3号・北京行きです。途中停車駅は博多・釜山・ソウル・平壌・丹東・瀋陽・天津、終点の北京です。まもなく発車いたします。ご乗車になってお待ちください』
 新淡路中央駅82番線。車内アナウンスが流れる中、建部警部はこの停車中の総二階建てのリニア列車のコンパートメントに急ぐ。
「車内は異状ないことを確認してあります。会合の相手はすでに乗車しているはずです」
「このリニア、せっかく食堂車と展望席あるのに、今回利用してるヒマはなさそうだね」
 鳴門はそう言いながらコンパートメントの部屋番号とそこまで誘導するパーソナルアシストの表示を見ている。
「昼ご飯食べてきて正解ですよ」
 建部警部も従っている。
「しかしあの食べたラーメン、モヤシ盛りすぎだよ。いつの時代だっての」
「アレがまた流行なんですけどね」
「そうなのか。僕も歳取っちゃったな」

 シファは構わず作戦行動として太平洋上からソマリアでの降下急襲作戦支援任務についている。極高空を音速の10倍以上で翔けるシファたちを人工衛星や地上通信局が支援している。
 ――鳴門、いつもどおり列車が好きだもんね。飛行機で行けばあっという間なのに、最近営業運転始めたからってこのLN100系リニア新幹線の列車を選ぶなんて。でもだれかと密談するにはちょうどいいのかな。リニアは磁場の関係上、盗聴するにはちょっと難易度がいる。車両側と線路側を結ぶ通信系統が限られていて、普通の通信も直接車両の外と通信せずにその通信系統を経由している。そう鳴門、言ってたなあ。ほんと鉄道マニアだもんなあ。
 シファがストリーミングを聞いているのにミスフィも気づいている。
 二人は飛翔しながら『任務中じゃない』というミスフィは電子音とメッセージで抗議する。
 が、シファは『いいじゃない。これはきっと鳴門に考えがあってやってることだと思うし』と答えている。

 リニア列車は発車し、加速していく。発車後のアナウンスが流れる車窓の外は海底トンネルである。とはいってもトンネルは海水に露出していて高強度透明素材のトンネル壁から海中が見え、はるか上に瀬戸内の海面が輝いて見えている。

「このときを待ち望んでいたわ」
 そこに、聞き慣れない女性の声が聞こえる。
「あなた、誰? まさか……」
 シファの表情が凍り付く。
「あのとき、あなたはUAVを指揮していた!?」
「覚えていてくれたのね。すっかり忘れられたかと思っていたわ」
 ZIOTが履歴からあの空中戦での「トラックナンバー7789」と特徴が完全に一致していると標示する。
「あなた、何を……」
「私はあなたに憧れていた。世界初のBN-X、女性形女性サイズ戦艦のあなたに。あなたは多くの人に愛され、望まれ、今も大きな期待を受けている」
 シファは怪訝な顔になる。
「私はあなたを絶対に許さない。だから、これからあなたの最愛の人を殺す」
「……なにを言ってるの、あなた!」
 そのとき、新淡路駅の案内ディスプレイの表示が乱れ、一斉に見たことのない女の子の姿を標示し、同時に走っていた列車が次々と急停止する。
「インフラ・ネットワークテロ!!」
 ――JR各社、韓国鉄道公社、中国鉄道総局以下、アジア圏の鉄道網全域に不具合が発生、全列車緊急停止措置が取られているわ。その影響は軌道リフト線にまで及んでる。軌道リフト線も6線全てが緊急停車、運転抑止したわ。
「でも全列車が止まっているならしばらくは安全ね。不具合はいずれ解決するし、今の列車は居住性も予備電源も優れているからしばらく持ちこたえられるはず。何よりも飛行機と違ってその場に止まっていられるからまだましね」
 ――復旧に時間がかからなければいいけど。
「ネットワーク経由でインフラ施設を破壊するやり方はずっと昔から知られていたものね。でも今は対策されているはず」
 ――間もなくアラビア海上空の作戦IPに到達するわ。
「そうね。こっちはこっちで付与された作戦を完遂しないと」
 ――でも……彼女は鳴門を殺すって予告してたわ。
「殺害予告はそれ自身で嫌なものだけど、きっと警察や連合艦隊の所轄が頑張って守ってくれるわ。そもそも7789の彼女は何者かよくわからないし」
 ――フェデレーションの建造したBN-Xかもしれない。
「その時はその時よ」
 シファは覚悟の顔でつぶやいた。
「その時は、全力で阻止するわ。私の力で」

 ソマリア近くのアラビア海上の豪華ヨットが強襲部隊の降下目標だった。ヨットと言っても全長150メートルを超えるプライベート豪華客船と言ってもいいものである。その優美な純白の船体の後甲板にはヘリポートとジャグジー付きのプールがあり、一番後ろにはダイビング用の飛び込み口や水上バイク格納庫まである。そのプールのかたわらにはデッキチェアが並ぶ。そして前に向かって階段状のバルコニーを従えてキャビンが連なり、最頂部には船の機関排気塔と各種通信アンテナ、航海用の各種センサーがある。
 だが哨戒機が遠方から追跡監視していた所、見るからにヨット、民間船舶には不似合いな大型アンテナが確認されている。だが、それがどこと通信しているのか電子偵察機が調べたが、強い指向性のビームによる通信のせいか、なかなかその漏洩波を傍受できなかった。
 そのヨットに護衛の艦艇が特にいないことは潜水艦が監視して確認している。どうやら潜水艦が接近し、潜望鏡から測距レーザーを放ってクルーザーの窓との距離を測り、距離変化の中から潜水艦とヨットの動揺分を演算してヨットの窓をわずかに振動させる話し声だけを検出して傍受していたようだが、その詳細は当然知らされない。外部の人間が知ったところで面倒が増えるばかりだし、またその信憑性も保障されない話だからだ。
 インド洋では強襲降下艦からステルスティルトローター輸送機が発進し、陸戦パワードスーツを装備した降下隊員を載せて海面すれすれを匍匐飛行している。それを戦闘ティルトローターが支援するために同行している。
 シファとミスフィはその上空からの支援任務が付与されている。目的は降下隊員の突入支援、またそれを妨害しに来るであろう〈ブルースカイ〉の撃退である。が、もうひとつはフェデレーション側にBN-Xが存在する可能性を予期してのものだった。

 ステルスティルトローターの中で降下隊員が話している。
「実質空母〈ブルースカイ〉は来るかな」
 すでに降下部隊の全員、突入のためのヨットの内部の様子はヴァーチャル・リアリティによって確認し、没入戦闘訓練も十分に済ませてある。
「来るだろうよ。ドコに隠れてるかはわからんが。なんとかシファと2航艦〈あまぎ〉に仕留めてもらわないとな。ニューシンガポールみたいに浸透侵略されてはたまらないよ」
「おれ、アメイジンでずいぶん買い物してきたけどな。どこでこうなっちまったんだろう」
「思えば金ってのは悪人も善人も共通なんだよな」
「なんだそれ」
「悪人にとっても善人にとっても1億円は1億円だって。これ、不思議じゃないか? どんなに宗教とか信条が違っても、1億という金がいらなくなったりはしない。価値観の相違がめちゃくちゃあるというのに、にもかかわらずお金は共通語だ」
「そうだけど」
「アメイジンもゴーゴルも情報と言語の活用でのし上がった。しかし俺たちの政府は情報や言語を恐れるようになった。抱え込んだ情報をその重みで何でも隠そうとするし、言語もそつない言い訳の役所言葉にしてしまう。情報を利用するものと情報に怯えるもの。同じ情報と言語を使っているのに、片方は客、片方は国民。そのどこかで決定的に違っちゃったんだよな」
「それさ」
 一人が銃の点検をしながら言った。
「権威ってものが関わってるのかもな。権威を持つ者はそれを失ったり脅かされることに怯えるしかない。だから権威を持ったらそれにしがみつき続けるしかない。暗号通貨の仕組みには権威も管理者もいらない」
「スマートコントラクトだよな」
「ああ。本当に賢い(スマート)契約(コントラクト)だ。今じゃそれがいろいろに応用されている。でもそのコントラクトが本当に賢いのか。コントラクトという言葉には『殺し屋を雇う契約』というニュアンスもある」
「まさに俺たちのこれからやろうとしていることじゃないか」
「ああ。賢い契約は賢い殺し屋も生む。だがこの現実はどうだろう。スマートコントラクトの時代なのに権威にしがみつき権威で脅し権威に怯える者がコントラクトを崩し、コントラクトで殺しを頼んでいる」
「まさに(コンフュージョン)混乱した(コントラクト)契約、だよな」
「そうかもしれん」
 そこにブザーが鳴った。
「降下IPまであと3分」
 パイロットから放送が入る。
 ティルトローター隊がいよいよ突入する。
「コースよし、コースよし」
 奇襲作戦『ダーキーシューティング』が始まった。シファはミスフィに上空援護を任せて降下部隊の支援に高度を下げていく。
「木更津01より降下部隊へ、突入待て! 突入待て! 後甲板に誰かが出ている!」
 シファが視界にズームをかける。
 まさか!
 ツインテールの金髪をなびかせて、グラファイトカラーの鎧に身を固めた女性。
 だが、その周りに武装用の量子実装開口を浮かせている!
「BN-Xだ!」
「くそ、やっぱりいたのか!」
「突入中止! 突入中止! 突入部隊は退避! シファ、対応を!」
「はい!」
 シファは剣を構えて急降下していく。そのシファに向けてグラファイトのBN-Xがレーザーを放つ。照準レーザーをシファは巧みに回避機動するが、その発射源に接近していく以上、回避には限界がある。シファは決意して正面にシールド・フォースフィールドを展開した。グラファイトの照準レーザーがそのシールドを捉え、本射レーザーが放たれシファのシールドに突き刺さる。グラファイトのレーザーがシールドを破るのと、シファが展開し重ねるシールドの枚数が増える数の競争となった。エネルギー対エネルギー、矛対盾の強烈な争いである。そのぶつかり合うエネルギーは核弾頭の爆心に近づき、閃光と衝撃波が激しくアラビア海で吹き荒れる。
 それにグラファイトがさらに砲を放つ。しかしシファは砲撃で応戦できない。その向こうにいる突入目標のヨットを破壊に巻き込む訳にはいかないからだ。シファは唇を引きむすんでさらにシールドを重ねて展開する。グラファイトの砲弾が弾着するが、その巨弾をシファのシールドはなおも弾き返す。一方的なシファの防御だが、彼女の防御は堅牢ですこしもびくともしない。そしてそのまま間合いが詰まっていく。シファのシールドがついにグラファイトの破壊力を上回ったのだ。
 グラファイトは翼を広げ、海面すれすれをホバーして横にスライドしながら機銃と副砲を猛射する。その猛烈な発砲の煙のなかからグラファイトの姿が見え隠れする。そして彼女はアーマーを変形させて、銃剣を取り付けた銃を取り出し、構える。
 シファはそれに向けてプラズマの剣を構え、振りかざして襲いかかる。シファの剣の切れ味は最強だが、しかしそれでも銃剣のリーチよりは短い。シファはそのためにここまでこらえていた砲門を解き放ち、一気に砲の連射で圧倒する。弾着した海面が高層ビルのような巨大な水柱を次々と上げ、壮絶な爆炎と水しぶきの嵐を起こす。しかしグラファイトも負けない。その嵐の中発砲を続ける。まさに海戦らしい壮烈な海戦となった。
 だが、それをシファが終わらせた。張り重ねたシールドを一気にグラファイトに投げつけたのだ。弾き飛ばされてグラファイトはくるくるとスピンしながら離れるが、その顔には狂気の笑顔が浮かんでいる。

 その間に、ヨットの制圧作戦が進んでいた。潜伏していた潜水艦が放ったマイクロドローンがヨットの周りに張り付き、ティルトローターが接近、その後部ハッチからパワードスーツに乗った降下隊が次々と降下、空中をスーツのDAGEX質量補償システムの浮上力で浮かびながらヨットの甲板に次々と降着しようとする。それを阻止するために男が何人か出てきて銃を撃とうとするが、直後にその頭が吹っ飛び脳漿を散らす。戦闘ティルトローターの機銃による長距離狙撃だ。同じように上部構造物甲板やマストに上がろうとするヨット側のスナイパーも次々と身体が肉片となって爆散する。狙撃に使われる機銃の破壊力が大きすぎるのだ。その血と肉片と脳漿の飛び散ったマスト上の見張り台を降下隊パワードスーツが確保するが、一瞬その散った血糊でズルッと滑る。だが転倒する前にDAGEXシステムが身体を支える。そしてその頂部のボラードにティルトローターからのフックつきロープを引っ掛けて固定し、それを伝って降下兵がさらに次々と降下する。
 その間にブリッジがパワードスーツ兵によって制圧される。続いて船尾機関室の制圧が行われる。狭い機関室への通路にマイクロドローンが先行して入り込み、潜伏している敵兵を発見、それに降下兵のライフルに取り付けられた対人マイクロミサイルが飛び込んで射殺する。
 そして水上バイク格納庫に向かった一隊がそこに隠れている子供を発見した。
「待て!」
 銃を向けるのを一瞬ためらった小銃手に対し、子供はあどけない顔を見せる。
「おいっ!」
 だがその体の下に見えたのは、『敵にこちら側を向けよ』と書かれた缶型の対人地雷!
「くそったれ!」
 地雷が子供ごと爆発し、その内部に詰め込まれた多数の鉄球が暴風となって突入隊を襲う。パワードスーツが自分の身体を盾にしてその爆風を抑え込むが、それでも3人の隊員が鉄球入りの爆風にえぐられ倒れる。
「格納庫制圧隊、3名死傷、1名死亡!」
 さらにキャビンにドローンが先行突入するが、それに何かが浴びせかけられる。対ドローン捕獲網だ!
「02甲板キャビン制圧隊、抵抗を受けそうだ!」
「奇襲のはずがすっかり強襲になっちまったな!」
「BN-Xに待ち伏せられたにしては上出来な方さ。シファがいなければ今頃俺たち一瞬で全滅してた」
「そうだな。だがこのままだと制圧対象者の身柄確保は困難だな」
「生け捕りせよという命令だが、自決を許すかもしれんし、それ以前にマシンの記憶域を消去されちまうかもしれない。そうなったら作戦は完全失敗だ」
 そう降下隊長と幕僚が打ち合わせる指揮ティルトローターからは、シファとグラファイトの苛烈なBBN-X対BN-Xの近接戦闘が見える。
「01甲板キャビン! 人間の盾だ! 前進できない!」
 ヨットのキャビンのなかに女性や子供が壁のように立たされている。
「突入待て!」

 そして苛烈な戦いをしているシファに、鳴門に迫る危機のプレッシャーが襲いかかっていた。
「全線運休のはずなのに列車が動いているなんて!」
「安全が担保されないまま、列車が動き出しています!」
「そんな! 鉄道のフェールセーフ設計までオーバライドして破壊工作するなんて、考えられない!」
「そのありえないことが起きてるから困るのよ!」
 香椎がパワードスーツで武装して交通機動隊のエアバイクの先導を受けながら新淡路首都高速を驀進している。
「鳴門くんの救出は私に任せて、シファは自身本来の任務に集中して!」
「鳴門……!」
 香椎の声に、シファは剣と銃剣の応酬をしながら口にする。
「だから言ったでしょ。あなたの大事な人を、殺す、って」
 グラファイトが言う。
「あの声は、あなたなのね!」
「そう。今頃気づいたのね」
「そしてこの戦いの劈頭でUAVの指揮を取っていたのも」
「ええ」
「あなた……なぜこんなことを!」
「あなたが、嫌いだから。あなたを見ていると虫酸が走るから」
 シファは一瞬戸惑った後、悲しい顔になった。
「だから、あなたをもっと、もっと悲しませたいの。私はあなたの生きていることを悲しんでるから」
「ひどい! そんなことをなぜ!」
「それはこちらが言いたいわ。私が生まれた時にあなたはすでにいた。そして、私の未来を奪った。だから私はあなたを絶対に許さない」
 シファは空中にステップを踏んで静止した。
「私が未来を奪う? なぜ? なぜそこまで私を憎むの?」
 そのシファの問いに、グラファイトは応えない。
 だがその次の瞬間、紅い閃光がカット・インした。
 ――よけいな言葉は要らないわ、今は!
 上空からミスフィが舞い降り、駆け抜けたのだ。
 そしてミスフィはそのまま高速でヨットに突入すると、超音波で啼いた。
「音響麻酔!」
 直前に警告を受けて耳をふさいでいた降下隊の他の全員が昏倒した。
「今だ! 突入せよ!」
 ミスフィの音響麻酔が止まった合図で、さらなる突入が始まった。
「01甲板キャビン確保! 奥のスイートルーム制圧にかかる!」
 閉ざされたドアは妙に分厚い。すぐに降下戦闘工兵がドアの周りの壁に泡状スプレーを吹き付け、それに雷管を取り付けて発火させる。スプレーの泡が爆発してドアを抜き倒す。
 直後に降下隊員が突入し、人影に飛びかかる。
「くそ! 義体だ!」
「通信を封鎖してる! スピリットはまだ逃げられないはずだ!」
「どこだ!」
 そのとき、シファと戦っていたグラファイトの鎧の彼女がスイートルームの窓の外に見えた。
「しまった! BN-Xの転送能力を使われた!」
「シファ、そのグラファイトを逃がすな!」
「ミスフィ!」
 ミスフィが甲板を駆け、そのまま飛び立っていく。
 シファが凍りついている。
「シファ!」
 グラファイトがゆうゆうと逃げ、光学迷彩の中に消えていく。
 シファは空中で泣き崩れた。
 そのシファのもとにミスフィが駆け寄る。
「どうした! シファ!」
 降下指揮官の問いに、シファはガクガクと震えている。
「まさか、精神汚染!?」
「いや、そんな概念的なものじゃない」
 降下隊は、みな、シファのただならぬ様子に呆然としていた。
 それを、ミスフィが抱きとめた。
 
「シファ、ゴメンね……間に合わなかった……」
 新淡路市内。救急エアバイクのキャビンに、香椎はいた。
「鳴門さん、しっかりして!」
 香椎が見守る横たわる鳴門の顔が青い。
「バイタル上が60を切ります!」
「応急剤投与、3000単位!」
 救急クルーが救命措置をしている。
「救急受け入れ病院まであと7分!」

「どっちも、守れなかった……」
 シファは泣いている。
 この作戦に参加した全員が、沈痛な表情だった。

 この作戦の結果、シファはグラファイトの鎧のBN-Xを追い詰め、データを取ることに成功、降下突入隊もフェデレーションの要人のスピリットだけはのがしたが多くの遺留品、とくに大量の記憶装置を奪うことに成功した。すぐに記憶装置は分析に回され、フェデレーションの全容解明に生かされることになる。
 だが、香椎の奮戦にもかかわらず同時に起こされた大規模鉄道テロによって鳴門が負傷する事態となった。
「これで作戦成功?」
 降下隊員の一人が吐くように言った。
「成功だよ」
 もう一人が応えた。
「成功なんだ」
 だが、その成功はあまりにも苦く辛いものだった。

〈つづく〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

シファ(シファリアス)

 BBN-X、時空潮汐力特等突破戦闘艦シファリアス級の1番艦、ネームシップ。最新鋭の心を持つ女性サイズ女性型戦略型宇宙戦艦。第2次近代化改装を受けて搭載する武装や機器とシステムプログラム・ウイングナイトシステムがアップデート、大幅に刷新された。

 大学時代から内閣調査庁調査官・鳴門と恋仲にある。新淡路大学卒業後幹部教育隊を経て、独力で行動可能な戦艦である自身を指揮の執れる1佐格を持っている。しかし搭載する行動支援システムZIOTの支援がなければ自転車にすら乗れないほどの運動音痴。「ウイングナイト」「クールな守護天使」のはずがいつのまにかポンコツ戦艦呼ばわりされるに至っている。

ミスフィ(ミスフィオス)

 シファ級の2番艦、姉妹艦で妹に当たる。女性形女性サイズ戦艦。BBN-Xになるための近代化改装をまだ受けていないためにBN-Xと呼ばれる。艦番号73。

防衛大学校卒業、幹部教育隊を経て第99任務群配属後に香椎2尉と恋仲となるが、どういう恋愛をしているかは不明。というかレースクイーンの刑ってなんだ? そういうところが周りからは怖がられている。

 通常の言葉を話すのが嫌いなのでいつも同意と否定の電子音とメッセンジャーの文字で会話する。失声症に近いかも知れない。だが戦艦としての武装の他に、超音波域の波長の叫び声でさまざまなセンサーを麻痺させる音響麻酔能力を持っている。耳もシファと違いエルフ耳のような形状になっている。

 他にもいろいろとミステリアスな要素を持っているが、その実、姉であるシファを強く敬愛している。

戸那実3佐

 シファとミスフィの所属する第99任務群の指揮幕僚。司令の宮山空将補を支え、シファとミスフィの作戦を立案・支援する。

 防衛大学校首席卒業の才媛なのだがいろいろと素行不良なことがあって(とくに整理整頓が苦手。それでもいっっぱんじんに比べればきちんとしているのだが)、それで指揮幕僚課程を進んでいても出世の目はないと思われていたところを宮山司令にスカウトされて現在の配置にいる。以前は重巡洋艦〈みくま〉に乗り組んでいたがそのあとずっとこの99任務群に所属している。

 視力が弱点で眼鏡着用なのだが、コンタクトレンズや視力アシストを使っている時も多い。

香椎2尉

 陸戦のエキスパートだが現在第99任務群に所属、〈ちよだ〉にセキュリティ担当として乗り組んでいる。そのままでは練度がなまるので連合艦隊司令長官附で陸戦用新装備の試験の仕事もしている。いつもパワードスーツ搭乗用の迷彩レオタードでうろうろしていたり、異常なほどの大食らいだったり、なかでも豪華プリン好きであきれられているのだが、それでも敬愛されているのは彼女が苛烈なUNOMA(中央アジア暫定統治機構)の武装警察軍の任務の中、最大の窮地から多くの部下をその名指揮によって救い出した英雄であることと、とぼけながらも聡明なところを垣間見せるギャップによるのかもしれない。

 ミスフィの恋人でもあるが、ミスフィとどういう恋愛をしているかはほかのみんなは怖くて聞けない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み