BLOCK03:途切れたチェーン

文字数 13,304文字

「食っていけないのにやってられるかよ!」
 消防士が消防署で荒れている。ただでさえ体力のある消防士の暴動に、警察もそれを制御出来ない。
「俺たちも食えねえよ。でも、どうなっちまうんだ?」
「知るかよ」
 その消防署の中を街の人々がのぞき込んでいる。
「シャドウコイン陣営に入るってやっちまったバカなお偉いさんと、そのコインを潰しちまおうと命令したバカなお偉いさん。どっちも俺たちと市民の代表だけどな。くそったれ」
「この地方の分離独立そのものが間違いだった」
「かといってもう戻らねえよ。コインが使えなくて物々交換しようにも俺たちにはもうモノがない。どうすりゃいいんだ」
「知るかよ」
「かといって外貨なんて持ってないしな」
 そう言って一人がウォレット端末を虚しく見る。
「2万%のインフレとかサイアクだぜ」
「もう戦争しかないだろうな」
 一人がつぶやくと、それに言葉が返った。
「そんなもんとっくの昔から始まってたさ」
 その時、通信が入った。
「国連軍と国際NGOの強襲降下艦3隻を中心とする艦隊が接近中。緊急物資支援を実施するらしい」
「今更国連が来てどーすんだよ。くそったれ」



「降下針路そのまま、速度そのまま。ダウントリム20」
「横風に注意!」
 降下艦のブリッジ。強襲降下艦が空で降下を続けている。その上方には巡洋艦以下、駆逐艦数隻が護衛のために警戒を続けている。
「どうしてこうも降下の前っていやな予感がしちまうんだろうな」
 降下艦のなかの降下待機スペースで、オリーブドラブの陸戦用パワードスーツに身を固めた降下兵たちが無駄話をしている。
「だから降下作戦前の食事はステーキって決まってるんだろうな。とりあえず腹を満たせば不安のもとの脳内物質は腸からの満足のもとの微量物質に制圧されるからな」
「くそ、それでもやなもんだ」
「ピクニックに行くんじゃないんだ。ただ楽しいもんじゃない」
「でも俺は、おまえらと一緒の隊で訓練してきて、こうして実任務にでられて、良かったと思ってるぜ」
「それ、なにかのフラグだから。あぶないってば」
「この状況だと何言ってもフラグになる」
「違えねえ」
 そのとき、『中隊、降下開始5分前』の放送が鳴った。
「対空砲火は」
「ありません。偵察ドローンの観測でも、とくに敵対行動らしき兆候もありません」
 すでに降下艦から発進した戦闘ティルトローターがそのドローンを連れて町や村の様子を偵察している。
「降下ハッチ開扉!」
「L/Z(降下点)クリア! 降下開始! 降下開始!」
 DAGEX反重力浮上パックを背中に取り付けたパワードスーツが次々と空中に飛び出し、ティルトローターの支援を受けながら降下着陸していく。
「抵抗行為無し!」
「いや、なんだ! 人影がある!」
 何人かのパワードスーツ兵が銃を向けようとする。
「問題ない。羊飼いの遊牧民だ」
 小隊長が落ち着いた声で止める。
 だが、彼らも今では携帯端末を持ち、SNSに画像を投稿できる。
 パワードスーツ兵たちは敬礼をさっとすると、そのまま降下艦からの物資コンテナを受け取り、降下堡、臨時の降下拠点を建設し始めた。
「あ、ついでに行ってこい」
 一人のパワードスーツの兵士が彼らの方に向かう。
 おびえる彼らに、その兵士はパワードスーツの装甲バイザーをあけて顔を見せた。大陸の乾いた風にその兵士の彼女の長い髪がふわりとなびく。
 そして彼女はスーツの雑嚢からキャラクターの印刷されたパッケージのお菓子を取り出した。
 ためらいながら受け取る彼らに、彼女が微笑む。
「日本もいつのまにかこういうことをする国になったんだなあ」
「その『ギブミーチョコレート』は今から200年前だぜ」
「それより黙って任務遂行! 装甲車両班、30分後着予定でこの地域の警察署に使者を出す。準備急げ!」
 叱声が飛ぶ。



 降下堡ができて、国連の使者を乗せた装甲車の車列が仕立てられ、パワードスーツの護衛を受けて市街中心部へ向かうことになった。
 国連は北アジア緊急統治機構を組織し、シャドウコイン経済圏の混乱が他に波及するのを阻止する決定をしたのだった。それに従い連合艦隊が降下艦隊を派遣したのだ。
 同時にG20蔵相・中央銀行担当者会合は何故日本が独断で貨幣介入作戦を実施したのか追及するとともに、その作戦の影響について討議することとなった。すでに日本の蔵相も金融相もメディアに質問攻めに遭っている。
『国際テロネットワークの遮断のために取り得る有効な手段は他にありません。こうしている間にも脅威は着実に迫っています』
 それを見ながらパワードスーツ兵たちは息を吐いていた。
「経済制裁なら良いじゃないか、貨幣介入作戦なら良いじゃないか、と思ったんだろうな。やってることは同じ戦争そのものだ。それも物理的な弾が飛ばず手足も吹き飛ばされないだけで、残忍さはこっちの方がもっと酷い。兵糧攻めってのものを忘れた時代になっちまったからこうなるんだ」
 一人がそう吐き出す。
「歴史を勉強してまともな感受性があると、ひたすら辛い。結局こういう仕事はサイコパス、共感能力も感受性もどんどんなくしていかなきや勤まらない。オレはたまんねえよ」
「そういうお前が同じ部隊にいるから、まだ俺もがんばろうと思ったのに」
「どうやっても上がバカな決定すればどうにもならない。戦争ってのは仕方ないで始まり、仕方なく戦う連中が、仕方なく全力出して、それでも仕方なく死んで、仕方なく生き残ったやつで、仕方なく勝敗が決まって、仕方なく戦後処理して、そのうえ仕方なくまたおっぱじまる、心の底から仕方ないものだ。しかもこれがわかってても、度しがたく仕方ないことに回避できない」
「そういうもんなのか」
「ああ。戦争を防ぐ方法なんて結局はない。生命をシャノン化、情報化したところで、その情報を納めたサーバを巡る情報戦争で、一瞬でデータ化された生命がとんでもない数消えちまったこともあった。それで物理世界に人間が回帰したけど今やどっちも地獄だ」
「この世に楽園なんてない。死んでからすらも楽園はない」
「最終解脱なんてできないしな。どのみち地獄だ」
 村落を通過する車列を、そこにすんでいるらしき子供たちがうつろな目で見送っている。
「あれ見て思いだしたよ。俺、とある縁で、一家のお父さんがクビになった家にいたことがある。あれは悲しいもんだ」
「えっ、お前、例の恋人と一緒にいたときか?」
「ああ。日本も今やこういう特殊部隊にいても任期制だからな。せっかく訓練受けて練成されても2年で契約更新かクビかのどっちかだ。そこで更新しないで民間で嫁探ししたら、あっさり金なくなって非課税世帯になった。しかも役所の制度がマヌケすぎてな。失業保険も貰えない。それであっさり生活保護受ける状態になった。そこで生きるぎりぎりしか収入がない。ただのトランプ1セットすら買えない。『無駄な買い物』をしないように、しっかり納税者番号制度が地の果てまで監視してるからな」
「役所がマヌケなのは昔からだぜ」
 車列は荒涼とした砂漠の峡谷を進んでいる。偵察ドローンが先行して脅威のないことを確認し、その次に先行するパワードスーツが待ち伏せのないことをスキャンし、そして防弾性に優れた装甲車が前進する。
「ああ。役所はどんなに制度作っても現状把握が苦手だし、困った人の気持ちにより添える奴じゃ役所暮らしは耐えられないからな。役所はなんだかんだ言ってサイコパスでなきゃ勤められない。民間もそうかも知れないが、民間と少し質が違う。でもサイコパスであることには違わない。しかもそれが酷くてヘマやってもほとんどクビにならない。最低だ」
「そうだよな……俺たちもそう思われてるんだろうな」
「そうさ。俺たちは戦闘マシーン扱いだからな。それでも見つけた嫁さんの家で居候しながら働いてた。そしたら嫁さんのお父さん、義父がクビになった。あれは悲しかった。嫁さん、弟も妹もいたから。あの家のなかの沈んだ暗い静かさは今でも心に残ってる。なんとももの悲しい。子供もすごく親に気使ってるし、親も義父も義母も言い争うか、黙って堪えるかしかない。だから俺、またここに入隊した。もういやだったけどな」
 みんな、黙り込んだ。
「嫁の実家を支えるためには俺が耐えるしかない。まあ艦隊に入隊したのは毒親に耐えきれなくて逃げ込んだわけだけど。『お前は一人前に社会に出られたもんじゃない!』『お前のために叱ってるんだ!』『好きなことをがんばるのは努力と言わないんだ!』って毎日言われてたもん。好きな陸上競技で入賞したときにそれ言われて、悲しくなったよ」
「うへえ」
「それに比べれば艦隊の方がまだマシだった。こうして話し合える仲間もいる。身体が辛くても辛さを分かち合える仲間がいる。まだ同じ耐えるんでもましだ。そう思ってたらUNOMA、この前のPKOできつい目に遭って」
「ああ、あの平原のことか」
「あそこであの香椎2尉が指揮とってなきゃ、俺たちは平原で十字砲火食らって全滅だった。でも生き残っても未だに地獄だ。あのときは隠れる場所もなく、ただ突進して白兵戦するしかなかったからな。結果、仲間も何人も心を病んだ。社会復帰困難な奴も多い。俺もそうだったかも知れない。だから心優しい嫁に出会えて、すげえ嬉しかった」
「わかる気がする」
「ありがとう。こいつのためなら我慢できる、そう思ってたらそれだぜ。そしてこうなった。でも、まだ我慢できる。そう思うと、承認ってのはありがたいもんだよな」
「聞いてるとお前さん、承認されてねえもんな。お前さんの親、ちっともお前さんを承認してない。してるつもりかも知れないが。お前さんの親を悪く言うのはほんとすまないが」
「いや、いいんだ。もうあの親のところには二度と戻らないから。あの親がどうなろうと、もうどうでも良い。自業自得だとすら思う。社会保障費の支払を嫌がって、こんど社会保障受け取る身になって支給額が足りないって抜かしてたから。最近その特別徴収受けたってぼやいてるけど、もうすぐ身体弱ってその特別徴収分戻ってくんのに。そんな想像力もねえんだ。おれがいまさら説教してもわかりっこない。知らねえよ。おれは義母と義父のほうがまだいい。同じ想像力なくても、少なくとも共感能力はあるからな」
「俺も同じだぜ。ただ、俺には嫁もいない。だから死ぬのは怖くない。なにかで戦死したら毒親に一番良い復讐になるぐらいに思ってる」
「マジか」
「それぐらい悲しいもんだ。毒親問題ってのはそういうとこでシンドイもんだ。毒親の目の前で手を切り刻んで血流しながら訴えてようやく逃げ出したって人もいる」
「こんな特殊部隊にいてもそうだもんな。まして民間セクターじゃたまらんだろう」
「ああ。しかも、そういういろんな家庭の事情で苦しんでるところをドバッと貨幣介入で攻撃したんだ。これでお父さんを失い、住む家を失う子どもたちがマトモに育つと思うか? どうやっても恨み骨髄だぜ」
「恨まれてナンボとはいえ、キツいな」
「失業率が何パーセントって数字になっても、その失業には一つ一つ、切ない悲しみが深くこもってる。景気が悪くなった良くなった、失業率が上がった下がった、じゃねえよ。失業の悲しみはいつの世も変わらない。その気持ちもわかんない奴らがヘーキで経済政策だの経済封鎖だのこんな貨幣作戦だの計画しちまう」
「狂ってる。まあ、戦争ってそういうもんだよな」
「目に見えないところで苦しんで死ぬ分には誰が死のうと困らない、そんな連中ばかりだからな。昔、鉄道で人身事故ってのがあった。ホームから走ってくる電車に飛び込んじまう自殺を人身事故と呼んだ。昔はホーム、ドアなかったからな」
「みんな走ってくる列車にドアに守られもせず普通に身をさらして待ってたのか。狂ってるな」
「ああ。その頃、普通の人々はその上、その自殺者に『鉄道で自殺するな』と言ってたらしい」
「それ、ものすごく頭おかしくないか? 自殺するなら他の手段で自殺してくれって? 狂ってる」
「そういうことだ。当時、救急病棟に運ばれる救急患者の半分は自殺未遂者だったらしい」
「本当にひでえ世の中だったんだな」
「世の中が、物理的というより精神的にもめちゃめちゃ野蛮だったのさ、それだけ。自分は自殺したくなるほど追い込まれることはない、って安心しきってる。そういう不幸が他人事。そりゃ、不幸になった人には恨まれるよな。多分あの鉄道自殺ってのは、記録が残ってないだけで半分はそういうことへの抗議のテロだったんじゃないかと思うぜ」
「今は鉄道自殺はほとんどないな」
「その代わり、こんな馬鹿げた通貨介入作戦だの馬鹿げた地域紛争だのがあいかわらずだ。ひでえなんてもんじゃない。俺たちがこうやって戦闘マシーンになってパワードスーツ乗ってるのも、結局はたまたまAIより安上がりなだけだからな。安けりゃなんだって良いんだ。そこにやり甲斐だの気持ちだの込めちまう俺たちは完全に負け組、搾取される側なんだ。気持ちを込めてがんばったらもう戻れない。『どうせやりたくてやってんだろ』といわれる始末だ」
「くそったれ。俺たちを正義の味方と思ってるかもしれんが、ちっともそんな綺麗な仕事じゃねえぞ!」
「ああ。災害派遣ですら犠牲者捜すときにどんだけ辛い思いしてるか。辛くても堪えてがんばったら『好きなことできて良かったですね』だとさ。ふざけんな! 俺たちがやせ我慢で言ってることをなんであんな連中が言っちまうんだよ、と思うが、こうしてだんだん俺たち連合艦隊もこうして崩壊していくんだろうな。自衛隊の頃のほうが良かったのかもしれん」
「どっちにしろ俺たち陸兵は虫けら扱いには変わんないけどな」
「そうだけどな。戦争を語るやつはだいたい司令官目線になりがちだってな。でもそれは想像力のない奴の話だ。陸兵に限らず現場で泥水すすって敵弾に身晒してる兵士の気持ちは、普通の平和な世の中でも想像力があればわかる。ただ、そういう想像力ある人間は慎ましく死んでいくしかない。想像力足りないくせにケチなやつがドンドン成功して遺伝子残して想像力ある奴を駆逐していく。想像力なんて本当は人間にとっては無駄なものかも知れない。あるだけ傷つくだけで役に立ちゃしない」
「まあ、その想像力があるから物事を筋道立てて解決したり組み立てたり出来ると思うが」
「いまはそれに金払わないんだもの。フリーってそういうことだ。タダの物には理由がある。その代わりに情報ぶっこぬくか、代わりに別のもの買わせるためか、あるいは代わりに金じゃない利益を得ようという淡い期待か。本当のタダの物なんてあるわけがない。エネルギー保存則から言って自明だ。空気や水だってタダじゃない。まして労力がタダになるわけがない。それを見失ってなんでも安いものがありますよ、タダの物がありますよ、お得ですよ、って言葉に騙され、しまいにゃ恥知らずに『安くしてください』『タダにしてください』とヘーキで言う。その結果自分もそう言われるってコトがわからない。終わりのないダンピングやってるんだもの。だれもまともに対価得られなくて金が回んなくなって経済社会が壊死するのも当然だぜ。たったそれだけのことを言ってくれる友人がいても、そいつに学歴がなければ無駄話でスルーしちまう。それより学歴あって気の利かない凡庸な言葉に金払ってありがたがって感動して、わざわざ聴きに足運んで喜んで帰り道には忘れちまう。素晴らしい世の中じゃないか。くそったれ。ここまでわかってても小さな数ミリの金属片が飛んでくればなにもなかったことになるんだ」
「無常ってそういうことだよな……」
「学歴なくても生きていくのは大丈夫です! って大学の先生に言われてもな。所詮その程度の世の中だ。それにしても、年端もいかない子供にあんな表情させる正義なんて、正義と言えるわけがない。間違いすぎてる」
 車列が停まった。
「くそ、IED(仕掛け爆弾)か!」
「全周警戒! 来るぞ!」
 全パワードスーツが光学迷彩を作動させ、上空を警戒している偵察ドローンの情報を確認する。
「スナイパーにやられるぞ!」
「デコイ射出用意!」
 皆、銃を構えながら散開する。彼らの装備するDAGEX質量保証システムが彼らの1トン近いパワードスーツを音も排気もなく宙に浮かべる。
「いや、来ない……」
「よかった、センサーの誤検出だろう」
 晴れたこの砂漠の空、遠くを猛禽がゆったりと飛んでいる。
「なんともない。前進するぞ」
 だが、その空気が緩んだ瞬間、爆発が起きた。
「2号車被弾炎上! 脱出者無し!」
「3号車被弾! 乗員脱出中!」
「撃て! 撃って脱出を援護しろ!」
 爆発が続く。
「習志野17、28、37ショットダウン!」
「くそ! 警戒ドローンと逆探知センサーは何やってんだ!」
「総員ジャマー展開! デコイ射出!」
 炎上する車列の周りで、彼らパワードスーツたちが発煙弾を発射して隠れながら、空中を這って射撃を休まず、めまぐるしく機動する。
「くそ! ここには隠れられる場所がない!」
「脅威方向不明!」
「不明、じゃねーよ! 捜せ! 割り出せ!」
「スナイパーだろ、これ! 攻撃ティルトローターからは見えないのか!」
 そのときだった。
「木更津07が!」
 支援していたはずの攻撃ティルトローターがバランスを崩して墜落していく!
「バカな! 対空兵器の存在がないのに撃墜されるなんて!」
 さらに爆発が起きる。
「習志野3、22、107ショットダウン!」
 ショットダウンとは戦闘機においての被撃墜を表す符号である。パワードスーツの場合、それは生命維持システムの停止であり、搭乗している兵士の死と同義だった。その通り、パワードスーツは装甲の内側は生身の肉体だ。装甲を破られたらそのエネルギーは容赦なく身体を痛めつける。
 目の前でその惨劇が始まった。被弾したパワードスーツが、搭乗する兵の鮮血をボタボタと落としながらゆっくりと着地していく。仲間がほかの被弾したスーツに取りつき、その胸の緊急脱出ボタンを操作するが、脱出装置が脱出させたのはもう人間の形をなしていない肉塊だった。被弾したときに弾片がスーツの中で暴れ回ってめちゃめちゃにしたのだ。
「上空支援はどうなってるんだ!」
「制空権があるはずじゃなかったのか!」
「情報共有リンクにはなにもないぞ!」
「バカな! こんなことのできる重火器が、痕跡も気配もないなんてありえんだろ!」
「習志野9、30ショットダウン!」
「犠牲者が増えすぎだ! 撤退する! 緊急後退! 今すぐ後退しろ!」
「しかし負傷者が!」
「トリアージ判断するしかない。このままだと全滅するぞ!」
 連合艦隊も負傷したり戦死した仲間を見捨てないというモットーがあったのだが、この苛烈な謎の弾幕にはそれを主張できない窮地に陥った。
「ミニガン、今すぐ全力で撃て!」
 曹長の階級マークを付けたパワードスーツが命令する。
「どこへ!」
 ミニガン、連射性能の高いガトリングガンを装備したパワードスーツの兵が聞く。
「どこでもいい!」
「そんなバカな!」
「いいから撃て!」
 一瞬戸惑った彼が、理解できないままトリガーを引いた。モータの力で激しく薬莢を散らして回転する多連装銃身が、猛烈な弾幕を吐き、峡谷の斜面をその弾着で切り裂いていく。
「スリーコールでミニガンをパージ! スリー、ツー、ワン、パージ!!」
 彼が言われたとおりにミニガンユニットをパワードスーツから切り離した。
 途端にそのミニガンユニットが爆発する。何者かの砲撃が着弾したのだ。
「くそ、戦車砲なみの破壊だ!」
「でも戦車なんかいないぞ!」
「戦車砲弾の飛跡もない!」
「おかしいだろ! 必ず何かあるはずだ!」
「それより後退だ! ミニガン2番、同じ要領で脱出の時間を稼ぐ! スリー、ツー、ワン、パージ!!」
 2基目のミ二ガンも切り離されると同時に被弾し爆発した。
「ミニガン3番、用意しろ!」
「しんがりは俺がする! みんな、脱出しろ!」
 自分の毒親を嘆いていた彼だった。識別用にパワードスーツには77の数字が描かれている。
「バカ言うな! みんなで脱出するんだ!」
「いいんだ!」
「よかあねえぞ!」
 車列とともに峡谷の尾根の影に脱出していく彼らの最後尾で、彼が両手に持ったガンを連射している。
「撃て! 習志野77を死なせるな!」
「くそったれ! これが俺の人生だ! くれてやる!」
 習志野77が峡谷の出口で、狂ったように撃ちまくっている。
「曹長! これ以上は!」
 だが、曹長の階級マークを付けたパワードスーツは、習志野77に向けて飛び出していった。彼を引き戻そうというのだ!
「曹長を守れ! 撃て! 撃ちまくれ!」
 ほかのパワードスーツ兵が口々に言いながら銃を撃つ。
 だが、直後、猛烈な爆発が起きた。
「くそったれ!!」
 みなが絶望した。
「曹長……!」
 そのとき、音が聞こえた。
「ティルトローター!」
 攻撃ティルトローターがもう一機到着し、前方にロケット弾を斉射し、その爆発で圧倒したのだ。
『こちら木更津02。習志野中隊、脱出を援護する。速やかに脱出せよ』
 みな、脱出しながら隊列を組み直していく。
「クソが! いつもいつも、遅すぎる!」
 みなスピードを上げて降下堡へ向かう。
「曹長、無事だったんですね!」
「無事じゃねーよ!」
 曹長がそう言いながら被弾してえぐられた肩の装甲板を見せる。
「あと20センチずれてたら昇天してたぞ! 畜生!」
「曹長、それよりこれ!」
 彼ら全員にホログラフィ共有されたのは、通販大手アメイジンの放映するプライム・ビデオ・ライブの動画だ。
「さっきの戦闘がもうアップされてる!」
「おかしいだろ! あそこで誰が撮れたんだ、こんな画像を!」
 ゲームの標的の様に撃ち抜かれていく仲間の姿のその動画に、彼らは激昂した。
「くそ! くそ! くそったれが!」



「これが『フェデレーション』の報復か」
 同じ動画を連合艦隊(GF)・新淡路指揮所でGF長官が見ていた。
「ええ。数分前、『フェデレーション』と名乗るドメインが今回のシャドウコインに対する通貨介入作戦への報復として、既存のドルや円、ユーロやルーブル・元などの通貨システムへの介入を通告してきました。宣戦布告です」
 情報幕僚がまとめた情報を報告する。
「しかも対消滅弾頭が彼らの手に渡った可能性も否定できません。すでにその対消滅弾頭捜索作戦は開始されていますが、そのリソースをこの対『フェデレーション』作戦と統合する必要があります。目下作戦任務部隊の編制統合の案を作成中です」
「わかった。でき次第急いで実施してくれ」
「それと、この報復に際して疑惑があります」
「なんだ? まさか」
「ええ。我に対抗する彼、『フェデレーション』陣営の資金源に『アメイジン』や『グレープ』といった大規模国際企業体が参画している可能性があります。彼らは租税回避地(タックスヘイブン)に隠していた資金をシャドウコインでも保有しているという情報が」
「まさか」
「内閣調査庁が国際的に内々に協力を得ながら捜査しています」
「そんな。アメイジンは国際的な巨大通販小売り大手だぞ。『グレープ』もAIを初めとしたネットワークサービス大手だ。顧客にもなっている我々をなぜ攻撃するんだ? 道理に合わないぞ!」
「しかしアメイジンの総帥は通貨介入作戦に激しく抗議の声明を発表しています。グレープの総帥も同じです」
「とはいっても我々の通貨介入作戦も正直褒められたものでない。その自覚はある」
「そうですね。我々にそれを拒否することができないとはいえ」
「クラウゼヴィッツの言葉通り、戦争は政治の延長であり、軍隊も政治の制御下にある。シビリアンコントロールだ。シビリアン、選挙で選ばれた政治家に命令されれば我々は拒否できない。どんな正義の味方もそういう悲しい宮仕えだ」
「ええ。とはいえ、アメイジンにそういう疑惑が浮上した以上、アメイジンを脅威ではないとして行動するわけにはもう。いきません」
「これは究極の浸透侵略ではないか」
「ええ。それでも我々は、対抗するために片っ端からアメイジンの流通拠点から宅配クルーまで逮捕することができません。この現在もアメイジンの宅配便は世界各国を結び、宅配ドローンも宅配自動車も走り続け、販売システムは稼働して注文を受け付け決済し配達に回している。しかもその宅配を多くの企業だけでなく官公庁も利用している。そして極端なことにアメイジントランスポート社に至っては大物貨物、変圧器や鉄道車両・船舶だけでなく、建設中の核融合発電所の炉心ユニットや廃炉になった旧世代の原子炉の核廃棄物まで輸送している」
「なんということだ」
「官邸もこの事態に手が打てません。打ったら同時に社会が崩壊します」
「そこまで依存しているのは知っていたが、それが脅威になるとは」
「想像の域を超えていますよね。でも、それが現在の状況です」
「悪夢だ」
「すでに民間セクターが居ながらにして全てソフトターゲットの人質となってしまっています。アメイジンの宅配で対消滅弾頭が届けられるとしても、それを一笑に付すことすらもうできないのです。しかもアメイジンの傘下のメディアが彼らの偵察情報網ともなっています。一斉検挙しようとしてもすぐに察知されて」
「わかった」
「しかし、唯一、彼らの監視を免れている部隊があります」
「まさか」
「ええ。BN-X、いえ、BBN-X072、シファ級宇宙戦艦とその所属する第99任務群です」
「……またか」
 GF長官は少し考えたあと、決断した。
「99任務群・軽空母〈ちよだ〉およびその搭載する〈シファ〉〈ミスフィ〉に抜錨・緊急出港を命ずる」
 指揮所のみながうなずいた。



「瑞之江先生の新刊、今日届くはずよねー。楽しみに予約してたのよ」
 新淡路基地、入港中の〈ちよだ〉の主整備室で、シファが自分の主機関・時空潮汐機関の運転記録をまとめる仕事をしながら、宅配を待っている。
「アメイジンポイントクーポンまた貰っちゃってるから使わないと。先生の作品、もう3度目の発売延期で待たされてるし」
「シファ、ほんと本読むの好きね。それも今時物理本とか」
 香椎があきれる。
「付録と紙の本を読む感触が好きなの」
 シファがうっとりする。
「先生きっとお忙しいんだわ。でもそのなか作品書いてるんですもの。前回の伏線がどうなったのか、瀕死だったヒロインがあのまま死んじゃうのか、それともミラクルで復活するのか! もう、すごく想像がはかどっちゃって」
「それ、ほぼ妄想じゃない」
「想像です! 妄想じゃありません!」
 シファがキリリと訂正する。
「まあ、そういう私も淡路屋の新作プリン、宅配で頼んでるもんねー」
「それ、同じ宅配ドローンで届くわね、きっと」
「そうね。追跡アプリでちょっと見ちゃおうかしら」
「でもそれ、アメイジン当日便でしょ? そこまで慌てなくても」
「あれ! おかしい! なんでキャンセルになってるの! 私そんな操作してない!」
 アプリを見た香椎が絶叫する。
「ええっ」
 シファも驚いて調べる。
「ごめんなさい。出港命令でて、私の権限でキャンセルしました」
 声が割って入った。
「戸那実さん!」
 シファと香椎が激怒の目で現れた戸那実を見上げる。
「事情があるのよ」

 戸那実の説明に、すぐにシファたちは了解した。
「でも、キャンセルした注文は他にもあったんだけど……」
「え、誰の?」
「これ、アダルト商品扱いで……『スーパーe耐久・エリル・レースクイーンコスプレ衣装』ってあるけど」
「戸那実さん! それ言っちゃダメ!」
「そう! それはなかったことに!」
「そ、そうね! 怖い考えになるの、もういやだもんね!」
 戸那実が気付いて大慌てしている。
「そうですそうです!」
 しかし、その背後から、聴き慣れた電子音が聞こえた。
 ミスフィだった。
「あの電子音って、感情表現できたっけ……?」
「い、いえ、多分周波数も作動時間も同じだから出来ないと思うけど……」
「でも、めちゃくちゃ猛烈に怒ってる……」
「ああ、一番怒らせたら怖くてメンドクサイヒトを怒らせちゃった!」
「ひいい! どーすんのよ! アメイジン、許すまじ!」



 シファとミスフィは、その数分後、出港して上昇を続ける軽空母〈ちよだ〉ブリーフィングルームで戸那実のブリーフィングを受けていた。
「宮山司令は防衛省にいたため、今ヘリでこっちに来る途中よ。あなたたちにはローテーションで警戒飛行任務が付与されたわ」
「警戒飛行? アメイジンに対する?」
「表向きはそういうことにできないのよ。でも何かあったら空中から急行できる体制をとるように、とのGF(連合艦隊)からの命令です」
「でも、意味あるのかなあ」
「そこは、あなたたちの存在の意義よ。残存艦隊の概念みたいなもんね。あなたたちはすでに国会でも建造予算の償却が承認され、シファはそのうえ公式に近代化改装も行われた。改装後のシファの公式試運転はウェブチューブ動画でも中継され、多くの国民が視聴している」
「あ、そうか。つまり、私たちの健在を国民に見せることが目的ね!」
「そう。あなたたちは『フェデレーション』と、その影響下かも知れないアメイジンの勢力から独立して行動できる、目下数少ない我が兵力になっている。その存在で、今この状態で不安に陥っている国民のみんなをつなぎ止めて」
「はい!」
「あと、2隻のローテーションの待機側になったほうは、あの砂漠の車列を襲った謎の気配なき戦車の捜索調査に、演算リソースを提供して」
「ええっ、ローテーションなのに完全フル稼働!?」
 シファの声に続きミスフィも電子音で抗議する。
「余裕が全くないのよ。完全に、してやられちゃったんだもの」
「……そうね。今、後手に回りすぎてるから、取り返すには無理が必要よね」
「ごめん。わかってくれる?」
「ええ」
 ミスフィも同意の電子音である。
「じゃあ、発艦体制でき次第、シファから発艦して」
「はい!」
 シファとミスフィは揃って敬礼した。



「シファ、作戦発艦用意。注意、これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない」
 シファが飛行甲板の発艦スポットに立つ。
 誘導員がパドルでそのファンの動作合図を出し、整備クルーの一人が発艦に際しての確認を行っている。
「もー。読書楽しみにしてたのに!」
 シファはそう思いながら各種装置とファンと動翼、武装のチェックを進めていく。
「私もよ! プリン! 淡路屋プリン! 私の生きる幸せ! 私の生きる希望!」
 香椎も共有通信で口にしながら、必死に情報と格闘している。それはあの峡谷で戦ったかつての部下たちのパワードスーツやドローンのセンサーログの山だ。
「絶対許さないんだから!」
 香椎はそう言いながらもその目は冷静に動き続けている。
 傍らには彼女の情報分析用のAI、アルゴロイドがともに働いている。
「許さない?」
 シファはその時、ふっと言った。
「許さないのも、許すのも、この場合誰なんだろう」
「そんなの、わかんないわよ!」
 香椎ががうがう、と怒る。
 だが、その時、新関西空港に着陸してくる、月からの往還機V-999ギャラクシーエクスプレスが見えた。
 その機内をシファがふっとズームして見る。
「あ、おかあさん、あれ、シファじゃない? 小さいねー」
 幼い男の子が月で買ったとおぼしき望遠鏡でこっちを見ている。
「そうね。発艦するところかしら」
「シファ、僕たちを守ってくれるんだよね」
 シファは、それを見つめた。
「きっとそうね。シファは戦艦だけど、守り神さまだから」

 シファは、それを聞いて、考えこんだ。
 そして、言った。
「チェックリスト終了。戦艦シファリアス、発艦準備完了」
「母艦〈ちよだ〉より。上空の状況、クリア。発艦を許可する」
「承知。シファ、発艦!」
 シファが、そのエレクトリックファンの排気を飛行甲板に叩きつける。

 そして彼女は、多くの航空機が関西空港と新関西空港への着陸待ちをして旋回する、薄曇りの紀伊半島上空を目指す。
〈続く〉

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登場人物紹介

シファ(シファリアス)

 BBN-X、時空潮汐力特等突破戦闘艦シファリアス級の1番艦、ネームシップ。最新鋭の心を持つ女性サイズ女性型戦略型宇宙戦艦。第2次近代化改装を受けて搭載する武装や機器とシステムプログラム・ウイングナイトシステムがアップデート、大幅に刷新された。

 大学時代から内閣調査庁調査官・鳴門と恋仲にある。新淡路大学卒業後幹部教育隊を経て、独力で行動可能な戦艦である自身を指揮の執れる1佐格を持っている。しかし搭載する行動支援システムZIOTの支援がなければ自転車にすら乗れないほどの運動音痴。「ウイングナイト」「クールな守護天使」のはずがいつのまにかポンコツ戦艦呼ばわりされるに至っている。

ミスフィ(ミスフィオス)

 シファ級の2番艦、姉妹艦で妹に当たる。女性形女性サイズ戦艦。BBN-Xになるための近代化改装をまだ受けていないためにBN-Xと呼ばれる。艦番号73。

防衛大学校卒業、幹部教育隊を経て第99任務群配属後に香椎2尉と恋仲となるが、どういう恋愛をしているかは不明。というかレースクイーンの刑ってなんだ? そういうところが周りからは怖がられている。

 通常の言葉を話すのが嫌いなのでいつも同意と否定の電子音とメッセンジャーの文字で会話する。失声症に近いかも知れない。だが戦艦としての武装の他に、超音波域の波長の叫び声でさまざまなセンサーを麻痺させる音響麻酔能力を持っている。耳もシファと違いエルフ耳のような形状になっている。

 他にもいろいろとミステリアスな要素を持っているが、その実、姉であるシファを強く敬愛している。

戸那実3佐

 シファとミスフィの所属する第99任務群の指揮幕僚。司令の宮山空将補を支え、シファとミスフィの作戦を立案・支援する。

 防衛大学校首席卒業の才媛なのだがいろいろと素行不良なことがあって(とくに整理整頓が苦手。それでもいっっぱんじんに比べればきちんとしているのだが)、それで指揮幕僚課程を進んでいても出世の目はないと思われていたところを宮山司令にスカウトされて現在の配置にいる。以前は重巡洋艦〈みくま〉に乗り組んでいたがそのあとずっとこの99任務群に所属している。

 視力が弱点で眼鏡着用なのだが、コンタクトレンズや視力アシストを使っている時も多い。

香椎2尉

 陸戦のエキスパートだが現在第99任務群に所属、〈ちよだ〉にセキュリティ担当として乗り組んでいる。そのままでは練度がなまるので連合艦隊司令長官附で陸戦用新装備の試験の仕事もしている。いつもパワードスーツ搭乗用の迷彩レオタードでうろうろしていたり、異常なほどの大食らいだったり、なかでも豪華プリン好きであきれられているのだが、それでも敬愛されているのは彼女が苛烈なUNOMA(中央アジア暫定統治機構)の武装警察軍の任務の中、最大の窮地から多くの部下をその名指揮によって救い出した英雄であることと、とぼけながらも聡明なところを垣間見せるギャップによるのかもしれない。

 ミスフィの恋人でもあるが、ミスフィとどういう恋愛をしているかはほかのみんなは怖くて聞けない。

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