プリンセスプラスティック コンフュージョンコントラクト

BLOCK02:計算量的安全

エピソードの総文字数=11,907文字

「使えないコインはただの数字だ」
 そう羽左間はホログラフィモニタを見つめてつぶやいた。
「あ、それ、『飛ばない豚は』の台詞みたいに言いたかったんですよね? ね? ね? そうですよね?」
 金融庁対外作戦センターで、この作戦チームの一人が詰める。
「いまいち決まんなかったよね、かっこつけようとしても」
 羽左間の台詞の評価は散々だったが、作戦は着実に進んでいた。
 そしてその最大のキーは、やはりシファ級女性型女性サイズ戦艦なのだった。
「シファ級の演算力、接続まで400秒」
「しかしびっくりするだろうな」
 みんな頷いた。
「『プルーフオブワークシステム』をシファ級戦艦2隻の力業でこじ開けるなんて、初期の暗号通貨使ってた人たちが聞いたら、ね」



「でも、どういうことなんですか? 『プルーフオブワーク』って何?」
 母艦〈ちよだ〉の作戦センターで香椎が聞く。
「俺もよくはわかんないんだけど、もともと暗号通貨、大昔のビットコインみたいなものを増やす『マイニング(採掘)』なんかに使われてたシステムらしい。訳せば『仕事量による証明』。たとえば通貨をその偽造に多くの仕事量を必要とするように作るってこと」
 司令が待ち時間の間に話す。
「それ、もしかすると、複雑な印刷されてるお札を偽造しようとすると、その複雑な印刷のマネするコストが高くて作った偽一万円札が一万円以上してアホらしい、ってことですか?」
 香椎がそう答える。
「それに近いかも。不正に作るのが難しいもので良いなら貝殻でも良い。ソロモン諸島の貝貨がその始まりだったとも言う。でも電子的にしかやりとりしない暗号通貨ではその難易度を電子的、数学的に作んなくちゃいけない』
「数学的!」
「そう。それも正しく作る側のほうが、偽造する側よりもラクに作れるようにしなくちゃいけない。暗号通貨には不正な取引の防止と正常な取引の完遂とともに通貨の発行という3つの仕事が必要になる。お札で言えば『お札を確認して取引する』『決済契約にハンコを押す』『お札の発行をする』になるけど、それをプログラムと情報だけでやるのには工夫が要る。そこで考えたのが、コインを発行するときにメチャメチャにコンピュータの計算量が必要になるようにした。計算量的安全、ってやつ。正しい計算をするには何万年もかかっちゃうみたいな」
「でもそれだけだと新しいコンピュータができて素早く計算できるようになれば簡単に破られちゃうじゃないですか」
「そう。そこで考えた。通貨を常に最新のコンピュータの計算で守る方法。しかもそれにできるだけお金がかからない方法。それは、世界で採掘者と呼ばれる人のコンピュータで暗号の計算競争を一斉にさせて、その競争の中一番早く計算して正しい暗号を見つけた採掘者に報酬としてコインを与える、ってもの」
「それだとコインほしさにみんな新しいコンピュータを使いますよね。なるほど、人間の欲望を利用するんですね。でもその新しいコンピュータを不正をやりたい側も使うんじゃないですか?」
「そのために偽造者より採掘者の数が多くなくちゃいけないからね。でも確実にコインが貰える採掘者とコインの利用者の圧倒的な数に対して、偽造者一味が数でも質でもコンピュータの計算力で上回るのは無理だよね」
「なんか多数決みたいな」
「そう。普通にコイン使って取引して、そのコインのために努力する方が数も多くて優る。その仕組みが暗号通貨を支えている。ただ偽造対策があるからコインに価値があるんじゃない。そのコインが使うことで社会に有益だって言う物語、幻想があるからコインに価値が生まれるんだ。事実コインでも物理的な金貨使ってた時代からより安い紙幣の時代になってもお金はお金だったからね」
「そうでしたよね。でも、新しいコンピュータでコインをドンドン作成できちゃったら、コインだらけになっちゃいますよね」
「インフレだね。その防止のために、昔のビットコインにはコインの発行総数があらかじめ決まっていたんだ」
「その発行総数こえちゃったら……だれがコインを守るんですか?」
「コインに必要な暗号はコインを作ったときだけじゃなくて、コインが流通するところでも必要なんだ。流通するコインの経た取引記録のまとまりをブロックと呼び、それは取引をさらにすると次のブロックに入る。そのブロック同士をつないでコインを有効にするのもまた暗号の計算なんだ。その計算で新しいブロックをつなぐとき、ブロックのなかの取引に差が生じる。それが報酬、手数料になる。その手数料はコインが全く使われなくなるまで延々と発生し続ける。使われる限りブロックは生成しなくちゃいけないし、そのときかならず計算競争があるわけだから、コインは常に最新のコンピューターの計算力で守られる」
「そうやってブロックをつなぐから『ブロックチェーン』なんですね」
「そう俺は理解してる」
 シファとミスフィが北極海上空を航行しているのがモニターに見える。
「本艦、時空潮汐力にて航行中」
 シファが通信を送ってくる。
「こっちもかっこつけたいんだろうけど、つかないよねえ」
「そうですね。でもそのブロックチェーンになんでシファたちが係わるんですか?」
「それは、闇物資、武器や不正薬物の取引に使われている暗号通貨があるんだ。シャドウコインと呼ばれる通貨で、これが実際に我々が使う通常通貨とは別の通貨圏を作り出していた。不正に通常通貨との為替をやってる連中もいる」
「通貨圏!」
「普通の経済封鎖が役に立たないわけだと今更判明したんだ。で、今回、その通貨圏を崩壊させる作戦をとることになった」
「そのためにシファとミスフィが? 通貨圏破壊って」
「さっき言ったけど、暗号通貨の安全は結局は計算量的安全で守られている。ただ、シャドウコインは通常通貨よりも参加している採掘者も利用者も少ない。そして暗号計算の難易度も低めになっている。そこで」
「シファ級のウイングナイトシステムの計算力を使うわけですね」
「そう。あのシステムは計算機技術の粋だ。太陽系全体の航空路自動管制すら可能なとてつもない計算システムが普段は『寝てる』わけだからね。それに匹敵する採掘者はシャドウコインサイドには束になってもいないよ」
「でもそれ、まさか、シファとミスフィに偽のシャドウコインを発行させるみたいな」
「香椎、お前さんほんと勘がいいなあ。銃や歩兵装備のテストさせとくにはもったいない」
「そうですか? でも倫理的に問題起きませんか?」
「まあ、これも戦争の一つだからなあ。延々と続いてきた対テロ戦争の解決のためなんだが、これで解決するとも思えない。正直」
 そこに金融庁の羽左間から通信が入った。
「シャドウコインの取引記録にアクセス成功。……ものすごく高価な取引がいくつも!」
「え、まさか核弾頭?」
「それよりもっと高いモノです」
「空母とか戦艦じゃねえだろうな」
「わかりません。追跡を続けます」
 羽左間からの通信が切れた。
「でも、この通貨そのものへの攻撃、人類はまだやったことないんじゃないですか」
「小規模ならやってたさ。北朝鮮なんかはいろんな国の偽札作ってるので有名だった」
「『カリオストロの城』のカリオストロ公国は実在した、って話でしたもんね」
「旧陸軍だって第九技術研究所で蒋介石の『法幣』を偽造した『杉工作』の話がある。それでも偽札が正規のお札を脅かすまでには至らなかった。今回は偽シャドウコインで完全に正規のシャドウコインを圧倒してしまう。コインの発行上限を一瞬で埋めて、なおかつ決済用のブロック接続も奪ってしまう。数時間でシャドウコインは暗号通貨から何の意味もない数字になる、という話だが、何が起きるかは経済学者でも議論がまとまらなかった。ただ、核攻撃よりも致命的だ。経済が物々交換だけの世界になっちゃうからな」
「それで我々の通常通貨圏に戻ってくれれば良いんですが」
「ちなみに偽札を見つけたらどうするって香椎は教わった?」
「え、そりゃ警察に届ける、って言いたいけど、警察に届けて没収されるだけだったらなーとおもうし、それに偽造犯だと思われるのもやだなー」
「1977年に『偽造通貨発見届け出者に対する協力謝金制度』ができて、警察署に持っていくと偽札と同額程度の謝礼をもらえるようになった。そうしないと偽札を偽札とわかっていても使っちゃうババ抜きゲームになっちゃうからね。偽札を知ってて使ってると刑法罪になるから、届け出るしかない」
「そういう仕組みなんですね」
「アメリカ独立戦争の時、アメリカ独立側の大陸会議の力を弱めるために独立側の紙幣、コンティネンタル紙幣の偽札を作ったことがあった。ナチスドイツもベルンハルト作戦で英ポンド紙幣を偽造した。でももともと偽札で経済混乱おこすってのは戦争行為として認められてないし、ベルンハルト作戦でも杉工作でも現地で普通に偽札使うだけだったからなあ。コンティネンタル紙幣のときイギリスは2億ドル分もの偽札を作って100倍のインフレを起こさせたっていうけど、偽札だけではそこまで悪くはならないって主張もある」
 そのとき、熱海が通りかかった。
「あ、そういえばカシス准将がこの作戦『キーブレイク作戦』について察して書いてましたよ」
「え、なんて?」
「まだ読みかけなんですよ」
 ずるっと香椎と宮山司令はコケた。
「だってカシス准将の文章、すごく優雅な比喩一杯使ってそのうえ話の脱線も魅力的なんだけど、どうやっても長くて。読むの大変ですよ。ヘトヘトになります」
「熱海、でもなんとか読んで理解してそれ、報告してくれ」
「え、どうしたんですか」
「いやな予感がする」
 司令のその言葉に、香椎と熱海は首をかしげた。
「この予感、昔、戦闘機に乗ってた頃にも感じた」
「ロシアの空中移動要塞師団と戦ったときですか?」
「ああ。あの空中移動要塞が登場する寸前にも感じたな」
「ええっ、そういうメチャメチャなモノがこれから登場するか持ってことですか」
「そうなって欲しくない。情報部や戦略部がちゃんと予測していて欲しい。だが」
 不安をいう司令、指揮官に、香椎も熱海も戸惑っている。
「ああ。でも、大丈夫だ。シファとミスフィを、ウイングナイトシステムを信じよう。人類の叡智のさきに真の破滅は存在しない。あの時も結局は人類も日本も助かって、そしてこうなっているわけだからな」
「そうですね」
「まもなくシファとミスフィ、介入を開始します」
 オペレーターがそうコールした。



 翼を広げて航行するシファとミスフィは北極海上空に達した。酷冷の高高度の大気のなか、彼女たちのシールドが鋭いノーズコーンを備えたロケットのような形になって、飛翔するその身体を守っている。そして背中から伸びる翼は高速度航行のために可変翼としての極端な後退角になっている。
『接近する微弱な反応あり。トラッキングコード8802を割り当て』
「あ、多分『彼女』ね」
 シファはすぐに察する。
「反応、目標8802がSIF(敵味方識別装置)応答開始。ロシア中央宇宙戦闘師団所属・戦艦『ルスラナ』と判明」
「ルスラナ、いつもSIF切って近づきたがるなー。もー。いっつもそれでドキッとする」
 ミスフィがピピ、と電子音で答える。ミスフィは滅多に口の言葉で答えない。基本的に言葉が嫌いなのだ。雄弁より寡黙を好むのがミスフィである。
 ――自分のステルス性が彼女にとっては好きなのよ。
 ミスフィの言葉はショートメッセージで届く。
「ミスフィもメッセージするんだったら口で話しちゃえば良いのに」
 ミスフィは怪訝な顔をする。
 ――実際任務にも問題ないから良いと思うけど。
「そういうことじゃなくて」
 そのとき、ルスラナからのメッセージが届いた。
『極夜にて 空の明けるを 待ち望み』
 シファはそれを視野に見て、またちょっと頭を抱えそうな顔になった。
「もー! こんなときに!」
 ――下の句をつけろってことね。
「そう。昔の艦船が合流したり別れたりするときにこうやって和歌のやりとりしたって事があったけど、これって風雅だけど現実、メンドクサイのよね」
 ――『それにつけても金のほしさよ』
「そんなわけないでしょ。そんなひどい下の句、連合艦隊の大恥になるわ。ルスラナとの国際共通交信は聞いてる人多いんだから。ええと、どうしたものかしら」
 ――『撃ってくるぞ お構いなしだ』
「それ、なにかのコピペだから! ひどいわよ!」
 ――『空駆け巡る オーロラを背に』
 ミスフィがさらに提案する。
「んー。それでいいかなあ。オーロラは良いんだけど、もうちょいかなー」
 そのとき、支援システムZIOTが「作戦開始まで150秒」とコールした。
「ああああ、この時間がないときに。もー!」
 シファは文案を考えて送った。
「『ますらを翔る オーロラを背に』」
 ルスラナから感謝の応答があって、シファは少しホッとした表情になった。
「ルスラナを目視確認」
 ルスラナはシファたちと同じ女性型女性サイズ戦艦である。この現在にシファと並びうる女性形女性サイズ戦艦はフル規格で8隻しかない。簡易規格としてグレードダウンされたタイプが計画されたが、建造費用と効果の検討で疑問符がつき、建造されていない。
「さあ、ここからお仕事。ロジックコア接続、ポート開放、リクエスト送信開始」



「あとは羽左間君のセットしたアタックプログラム次第だな」
 金融局対外政策局長・塩屋がそう腕を組んでみている。
「模擬環境下では上手く行ってました。ただ向こうが対策している可能性はゼロではありませんが、その場合の対策は用意済みです」
 羽左間はそう報告する。
「とはいえシファ級のウイングナイトシステムとは、そこまでのリソースなのか」
「それはそうですよ。あんなシステムを訓練だけで活用してないのはもったいないです。でもそう納得して裁可したはずでは?」
「まあ、そうだが。実感は湧かなくてな」
「実感わくシステムではないですね。たしかに」
「でもいきなり先制して襲撃するとはね。君が無事で良かった」
「警察の捜査が進んだんですね」
「ああ。情報犯罪センターの建部警部が動いているよ。あの襲撃アンドロイドの登録関係がごっそり消去されてる。その消去痕のリカバリ作業が進行中らしい」
「そうか、だからシファさん、途中で狙撃モードに切り替えたのか」
「完全に破壊したら証拠にできないからな」
 羽左間はそこでふと思ったことを言い始めた。
「この作戦、総理も裁可したんですよね」
「ああ」
「でも、この影響が既存通貨圏にどれほど影響するか、そのレポートはまだでしたね」
「詳細なレポートを待っていたら遅きに失してこの作戦は成功しないからな」
「あとで問題になる可能性も」
「それはそれで内閣の方で検討されているはずだ。目の前の作戦の完遂に集中しよう」
 羽左間はそれになにかいいたい口になったが、押さえ込んで言った。
「そうですね」
「潜入班が闇取引所でのシャドウコインのインフレを検知しました。急速に進んでいます」
「予定のインフレ率を達成するまで介入継続。それとヒューミント班からのネガティブ情報の発信開始」
「開始しました」
「この通貨作戦はシャドウコイン通貨圏を作っていた闇物流の統治機構部分だけを精密に無力化し、そのシャドウコインの裏付けとしていたリソースを一気に無力化して闇組織に二度と立ち直れないダメージを与えることが出来る。実際の物理的な戦闘も起こさない。経済混乱ではなく停止まで至れば、あとは既存通貨圏にもどらせてコントロール下に置くことが可能だ。テロ組織ネットワークの壊滅を狙った作戦としては画期的なものだ。なにしろテロネットワークは我々と相容れないさまざまな価値観を持っているのに、貨幣と富については奇妙なことに同じ価値観を持っている。そこを狙い撃つものだ。混乱は起きても限定的だ。空爆を加えるよりは犠牲者も少ないだろう。境界が画定していないシャドウコイン経済圏に実質的な経済制裁を加えることができる」
「でも……」
「それ以上は我々の仕事ではない。ただ、実効的に闇経済圏を我々の制御下に戻すには有効だ。それにタカムスビシステムの推論はこの経済作戦を有効と判断している」
 タカムスビシステムとは社会政策の合理性や影響すらシミュレートし判断できるAIである。普段は犯罪捜査にも利用されている。
「タカムスビは結論してるんですね」
「ああ。我々の感覚はその点、認知バイアスの損失回避傾向だけに動いているのかも知れない。人間は非合理でも損失を回避するために過剰なマージンを取る認知バイアスがある」
「それはそうですけど」
 羽左間はなおも考えていた。
「シャドウコインの取引所がパニックに陥っています」
「効果が出始めたな」
「しかし」
 係官の一人が気付いた。
「一般の市場にも波及している感じが……」
「通常のノイズ的な変化じゃないか? シャドウコインは公式には決済に使っている人間なんていないはずだ」
「でもシャドウコイン関連銘柄ってのは存在しますよ」
「それはそれで『シャドウコイン陣営』に対する制裁として受忍せねばならないだろう。通常の経済制裁でもそれは発生することだ」
「そうとはいえ……やはりこの通貨作戦、これまでやらなかったことには何らかの理由があったんじゃないでしょうか」
「やってしまったものを今から言っても。それに内閣が承認している。選挙で国民に付託された彼らの承認は、国民が望んだのと同義だ」
 羽左間はなおも考え込む。
「所定のシャドウコイン発行介入、継続中です」
 オペレーターが添える。
「もう矢は放たれたんだ」
 塩谷局長の声が、静かなオペレーションルームに響いた。



 シファとミスフィは空中で膨大な演算でシャドウコインの流通と生成と決済の妨害を続けていた。発信源をさとられれば反撃を受けることがあり得るため、北極海上空での作戦実施だった。その支援にロシア空軍所属のルスラナが護衛に付く。
「この作戦、大丈夫なんだろうか」
 シファもまた疑問に気付いていた。
「シャドウコインだけを狙い撃つって話だったけど、そんな上手く行くのかな」
 ――いくつか見落としがありそうな気がする。
 ミスフィも同意した、
「タカムスビは問題ないとしたけど、タカムスビの推論演算能力でそこまで計算できたかしら。まあ、犯罪の予知が出来るのほど膨大な数の人間の心理まで推論するものがタカムスビシステムとはいえ」
 シファは後ろにミスフィ、ルスラナを従えて航行を続けている、
 ――まずシャドウコイン経済圏の公的セクターは致命的な影響を受ける、そこに所属する人々の給料はおそらくシャドウコインで支払われている。
「シャドウコイン経済圏って言うぐらいだから、見えにくい混乱地域のこととは言え、そこに何らかの公的セクターがあるんでしょうね」
 ――そのセクターには警察や消防、場合によってはさらに教育や福祉、医療もその中に含まれる。彼らが業務行動できなくなる可能性がある。
「それ、だめじゃない! 私たちがやったコトって、病院や学校を空爆するのと同義ってこと!?」
 ――しかし彼らが速やかに既存通貨による支払にもどれば問題は局限される。
 ――とはいえ、シャドウコインを使うことで経済を拡大した彼らに、今更既存通貨による払い戻しをする能力があるとはあまり思えない。
 ――少なくとも通常の暗号通貨取引所の閉鎖に伴うどころの混乱では収まるわけがない。
「でもなぜそれにタカムスビが気付かなかったんだろう」
 ――調べる必要があるわね。どうにもこの話、疑問がこの時点にして多すぎる。
「そうね。帰ったらそれやらないといけないわね」
 ――戦艦のやる仕事とは思えないけれど。
「まあ、それやっちゃってきてたし、それでヒドく怒られたこともなかったから」
 ――そういう問題?
 ミスフィは冷たく進路の先を見ている。その雰囲気はシファと似ているのに、シファよりもどこかミステリアスである。
 それがシファにとってはいつもうらやましさすら覚えるものだった。
「シファ先輩、作戦終わったら例の所に宿ご用意してますよ」
「宿? ああ、あそこね。っていうか、これ、いきなり第2回目でサービスシーン投入なの? うちの著者何アセってるの!?」
 ――シファ、あなたが何を言っているかわからないわ。
「そうですよ。シファ先輩」
 そう言われるシファは『ぐぬぬ』の顔になっている。
「それにあんまりメタ記述するとどこかの鉄研(鉄道研究部)の話みたいになりますよ」
「あああ、そうだった! あの子たちが著者に本気で苦情言いたくなるの、今わかったわ」
 シファはまた頭を抱えそうになっている。
『所定のパケット送出完了。作戦終了』
 ZIOTがそうコールする。
「北極海上空異常なし、か」
 でもシファは考え込んでいた。
 ――シファ、あれはやらないの?
 シファは促されて気付いた。
「あ、そうだった」
 シファは、国際通信でコールした。
「シファリアス、北緯90度」
 それは北極点到達を示すとともに、世界初の原子力潜水艦ノーチラスも同じように北極点到達を通信したことに倣ったモノだった。



 ルスラナはロシア艦である。そしてロシア艦の最大の基地といえば、バレンツ海・白海に面したムルマンスク州、コラ半島のムルマンスクと軍港セヴェロモルスクである。ここにはつい最近まで人類が掘った最も深い穴、深さ1万2262メートルのコラ半島超深度掘削孔もある。
 そのセヴェロモルスクは閉鎖都市とされていて、地図に掲載されていなかったし都市名すらなかった。たんに記号と番号だけで呼ばれ、そこに向けての手紙に住所の記載すらも出来なかった。市政も閉鎖行政地域組織によって特別に扱われていた。その多くは後に都市として登録を受けることになり閉鎖行政地域組織も1999年に廃止されるのだが、それでも閉鎖都市自身は2003年にまた新設されるようにロシアでは閉鎖都市政策は21世紀になっても続いていて、それは22世紀現在も同じである。
 シファ級女性サイズ女性型戦艦を日米を中心とした連合艦隊が装備したことは大きな衝撃を安全保障の世界に及ぼした。日本と民主化した中国で最初に作られたシファ級2隻の建造情報は隠蔽されていたのだが同時期、アメリカ・ヨーロッパ・ロシアでも同じコンセプトの兵器の開発が遅れながらも始まっていた。だがシファ級が早すぎた。そこでパワーバランスが崩れることを怖れた人類は勢力均衡策を図り、日本に対しアメリカ・ヨーロッパ・ロシアにシファ級に準じた戦艦の建造を認めるように迫った。日本はそこで覇権を誇る理由もなかったうえにシファ級保有で国際社会から孤立してしまうデメリットのほうが大きいと判断し、アメリカ2、ヨーロッパ2,ロシア2の6隻の建造を認めた。
 ルスラナはその時に建造されたロシア製のシファ級戦艦である。とくに一番最後に建造されたためにシファ級にない新たな装備を搭載している。それがステルス性能である。もともとシファ級の筐体は女性サイズしかないし展開するシールドにもステルス機能があったのだが、ルスラナ級にはさらに高度なステルス性能が与えられた。とはいえその後の現在のシファには第2次改装でその高度ステルス性能付与改造が行われている。
 そのシファたちが、このセヴェロモルスクの基地に着陸しようとしている。
「シファ先輩はやらないと思うんですけど、私の指示ないところウロウロすると面倒くなりますので」
「え、なんで?」
「ここらへん、ソ連時代から核廃棄物とかボンボン捨ててあるんですよ。だいぶ整理したんですけどそれでもまだあちこちにありますし。私たちのシールドや防御除染能力使えばなんともないとは言え、ここでそれ使うのもナニだし」
「そりゃそうね。あ、あれは潜水艦用トンネル?」
「ええ。冷戦時代に核攻撃受けても耐えられるように潜水艦基地は地下に作られているんです」
「今も使ってるのね」
「今でも海は重要な戦略的意味を持ってます」
 ――現在海洋には多くの生命データのバックアップサーバが置かれている。
「そうね。今の人類は意識をサーバにバックアップしてるし、バックアップを本体にして物理的な身体をその都度借りてる人もいる」
「意識の情報化、シャノン化革命でしたね。でもあれ、結局いろいろな問題で全面的にはならなくてこういう物理世界がその後も存続しましたね」
「まあ、シャノン化がなければ極度に行き詰まってた21世紀を乗り越えられなかったでしょう。少子高齢化も人口爆発もエネルギー問題もシャノン化がなければ解決しなかった。ただ、シャノン化しても多くの問題が生まれて。命ってなんのためにあるんだろうって思うわ。問題を解決してもまた問題が生まれる」
「シファ先輩、そこは違いますよ。組織は問題の解決よりも対策を好みます」
「あ、そういえばそうよね」
 ――解決したら仕事がなくなる。対策すれば予算が増える。
「酷い話だけど、役所ってそうよね」
「ほんとです先輩」
 3人はヘリパッドに着陸した。
「ロシア料理の準備して貰ってあります。ボルシチが有名ですが、実はこのムルマンスクは魚が良いので、セリャンカっていうスープがあります。メインはフォルシュマーク、野菜はガルブツィーにポテトサラダ。シファ先輩たちは日本でいろいろ食べてると思うのでちょっと基地のコックに腕の見せどころって言ってあります」
「そんな……気を遣わなくても」
「滅多に来ないんだから、精一杯させてください。あとサウナも。冷戦時代の原子力潜水艦にサウナあったほどロシア人はサウナ好きです。私もサウナ好きなんですよ」
 ――裸の付き合いね。
 ミスフィが少し笑う。
「ダメ! その言い方すると誤解を招くわよ! それにいきなりこれって……」



「シファ先輩、ほんと足長いですね」
 サウナの中。
「ちょっと、私のぼせてきた……」
 裸になったシファがちょっとフラフラしている。
「じゃ、いきますよ!」
 みんなでサウナの外にでて、海に飛び込む。北極近い海の酷冷で熱くなった身体を急激に冷やすのだ。
「あなたたちこんなことして血管あぶなくない? ヒートショックわざとやるなんて」
「これがロシアの健康法ですよ」
 ルスラナは今回出動しなかった姉妹艦カリンカとともに笑う。
「しかし、いやな予感のする作戦だったなあ」
「でもシャドウコイン経済は国連も大問題と捉えていた国際テロネットワークですよ。だから私たちロシアもこの作戦に賛成して私を参加させたわけだし」
「そうなんだけど……」
 シファはなおも心配している。
 そのとき、流しっぱなしのストリーミング放送をミスフィが見ている。
「あ、ホーフトだ。通販大手アメイジンの会長」
「ホーフト、この作戦についてコメントするみたいね」
「え、なんで?」
「アメイジンは国際的大企業だけど、ホーフトはただの経営者じゃなくて、思想家というか哲学の分野でも活躍してる。だからその言葉に注目する人々もいる」
「反発する人もいるけどね」
「そうよね。あれだけ儲けてれば反発多いわよね」
 そのとき、シファに暗号通信が着信した。
「えっ」
 同じ暗号通信を受信したシファとミスフィは眼を見あわせた。
「あ、先輩たち、私たちに気付かれないナニか受信してるー」
「ごめんね」
 といいながらもシファもミスフィも笑っていなかった。
「あ、私にも……ええっ!」
 ルスラナとカリンカも驚いている。
「同じ件かな」
「たぶん」
 4人、というか4隻の女性形女性サイズ戦艦は、深く息を吐いた。
「特大のいやなことが発生しちゃったみたい」
「それは」
「いっせーのせで共有しちゃいましょう。どうせバレちゃうし」
 4人は、一斉に言った。
「対消滅弾頭が行方不明に」
「あ、やっぱり!」
 4人は息を吐いて、眼をうつむかせた。
「核弾頭より厄介な戦略兵器・対消滅弾頭のうち、ロシア管理のものが行方不明になった事が判明しています」
「これ、絶対私たちに解決しろって話が来るわね」
「誰が持ち去ったんだろう」
「それをなんとか割り出さないと」
 その間、通販大手アメイジンのホーフトのコメントが続いていた。
『私はたとえテロネットワーク対策としても、このような作戦をとるべきではなかったと思います。通貨というものは、それを有効に使えるという物語の担保によって成り立つものです。そしてその通貨は生理学的にも人間に影響を与える。その精緻かつ巨大なシステムに、このような野蛮な形で介入することは、無思慮に過ぎると思います』
 シファたち女性形女性サイズ戦艦は、溜息のなか、それに気を向けず、ただ聞き流していた。

 そのホーフトのコメントの真の意味に、まだ彼女たちも、気付いていなかったのだった。

〈続く〉

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