第8回:ひーちゃんはウケた

文字数 2,273文字

「アカネ、いますぐていうわけやないけど……」
 うん、とアカネがうなずくと、私は、
「そのうち、結婚しょう」
 するとアカネは、私から視線をはずして、十数秒くらいだったろうか、黙っていた。そして私を上目遣(うわめづか)いに見ながら、こう言った。
「条件、というか、お願いがあります」

「ウチは、ひーちゃんのカワイイとこが好きなんです」
 ビミョーやな、それ。
「あっ、ちゃう。カワイイとこだけやなくでカワイイとこも、好きなんです」
「そうか、おおきにありがとう」それでもいささかどうかとは思うが。
「それで、いままで秘密にしてたことがあるんです」
 そして再びカムアウトした。
「アカネは、女のコが好きなんです」
 知ってる。
「うん、それはまえ聞いた」
「うん、せやけどもっとちゃんと言うとアカネは、ホンマはカワイイコが好きなんです」
「そうやろな、なんせアカネは可愛いから自分大好きなぐらいやもんな」
「そうです、そうなんです! まぁそれはおいといて……」
「置いとくんかいな」
「それで……」
 言葉に詰まる。
「アカネは……実を言うと、カワイイ女のコの

が好きなんです」
 発覚。キイテナイヨォー!
「せやったら、私やとアカンということなん?」
「いやいやいや、最後まで聞いてください!」アカネは(あわ)てる。
「うん、聞くから全部言うて」
「アカネは見ため女のコが好きではあるねんけど、恋愛するとなると、男の人でないと困るんです」
 いみがわからない。
「えーと……ぶっちゃけ、男の人のがツイてへんのは困るねん」
 つまるところ、男性が好きだというわけではないのだが、股間は男でないといけない、というのである。
 アカネは続ける。
「去年、ひーちゃんがコスプレしたやないですか」
 うん、した。
「あんときビビッときたんです!」
 来ましたか。
「ウチは完全に目覚めたんです!」
 ついに覚醒したか! ――って、なにに?
 アカネは(たた)みかける。私の両手をとって。目を見つめて激しく迫る!
「ウチは、女のコのひーちゃんに激萌えなんです!」
 目覚めたのか……。たしかにあの日のアカネはおかしかった。いや、おかしいのはいつものことではあるが、そのおかしい=面白いのとはちがう意味で。挙動不審。キョドっとったやん。発情してたのか。
 いやまあたしかに、あのときの、みっくみくにされた私は、自分でも自然に思えるくらいに可愛かったのは、認めざるをえないが……。昔からどこかしら女っぽいところはあると自覚はしていたが、しかしこの身長である、女には見えないと思っていた。だがしかし、あの姿で、同身長のアカネと並べられたら。ある意味であのとき、むしろ私のほうが『男の()』に目覚めていたのかもしれない……。

「せやからウチ、ひーちゃんのことが好きやねんけど、ずーっといたいんやけど、女のコになってくれませんか?」

 いみが わからない 。

「それが、アカネからのお願いです!」
 上目遣(うわめづか)いに懇願(こんがん)するアカネ。
「ウチは、ひーちゃんのことが好きなんです! ひーちゃんを失いたくはないんです!」私を()さぶる。(せま)るアカネ。
 告白――。謎のシチュエーションである。ウッ、頭が……。
「ちょ、ちょッ、私にはよう分からんから、整理させてくださいッ!」
「ハイ」
「アカネは、可愛い女性が好きやと」
「ハイ」
「けど、男

がぶら下がってないと困ると」
「ハイ」ポッ……。
「ということはつまりや、可愛い女性の姿の、股間は男、それがイイと……」
「……ウン……」きまりの悪そうな形相(ぎょうそう)でうなずくアカネ。さっきまで何を口走っていたのか、自覚したように。いまさらすぎるが。
「クリスマスのアレもソレか……」
「ウン……」
「自分と同じ衣裳(いしょう)着てくれと……」
 コクリ。
「まッ、まァ……」平静を装う。「手術受けてくれという話やないもんな?」
 コクリ。
 さすがにもしもそんな話だったならば考えるが(断らんのかい!)、アカネと暮らせるというのならば大抵のことは――例えば会社やめて家事専業になれとか言われたとしても――受け入れるつもりである。小笠原(おがさわら)諸島に引っ越すと言われればそうするし、百キロマラソン完走しろと言われればやるだろう。
「まぁ、女性の姿になるいうても、いつもってわけやないやんな?」
 コクリ。
「年イチでコスプレするくらい?」
 首を横に振る。
「誕生日と夏休みとハロウィンとクリスマスくらい?」
 また横に振るアカネ。「……毎週……休みの日ぃぐらい……」
 ……。
「要はアカネ、それ、たぶんやけど、女性の私に抱かれたいと?」
 コクリ。
「そうか……ソレか……」

 人間は、いろんなのがいて、さまざまである。アカネみたいな性癖……というか性的指向もあるだろう。正直いって私も、可愛くなった自分自身を見て自分に萌えた、それも否定ができない。アカネだって可愛い自分大好きなわけで。世の中には可愛い女のコが好きだという女のコは多い。しかしその多くも、性的肉体関係とは別の「好き」にすぎない。ややこしいものである。だから、こういう性的指向もあるだろうし、それはそれでよいではないか。いざ付きあうか否かとなっては、人それぞれである。

 ならば、いままでの付き合いは何だったのだろうか……?

「アカネはいつも、あんときのひーちゃん思い出しながらしてるんです!」
「いつもか……」
「ウン……一人のときも……」
「一人でもかっ!」

 なんということだ!

 私のミクを何だと思っているのか!

 ――こうして、結婚に向けて私の花嫁修行が始まったのだった。アカネが満足するような女のコに変身ができるようになるための。

〈オレ魔法少女にならないけど つづく〉
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