第2回:アカネは消えた

文字数 1,400文字

 ある休日、勢い余った。
 定期的に開催されるファンクラブ限定のイベントに毎回のように通っていた私。あるとき、そのチェキ撮影コーナーでのことである。
 ツーショット写真を撮るそこで私は、いつもだったら「かわいいなぁ~」「ありがとう」と言うところだ。
 が、その日は遂に「アカネちゃん、好きや!」と告白してしまったのである。それは、それは、私の気が、どうかしていた。
 アカネは驚いて十数秒くらいだったろうか、黙っていた。予期しない展開だったに違いない。仕事上、マズいことは言えない。ここにはスタッフも他のファンも居る。
 そしてアカネはこう返した。
「私もです!」
 これはどう理解したらいいのかわからない。そういう答えをするのは当然だし。
 そんなやりとりをしていたのが最初期。

 しかし世の中は何が起こるかわからないものだ。コロナ渦ではない、「コロナ禍」になったのである。私たちは世界中だれもが「禍中の人」になったのだ。
 そうなると芸能人には苛酷である。アカネたちにも「リアル」の仕事が来なくなったらしく、もちろんファンクラブのイベントも開催不能になってしまった。
 それでも一年近くは、そのうち元に戻ると信じてオンラインで動画配信をしたり通販をしたりして粘っていた。「ワクチンさえできれば……っ!」と、アカネたちを含めて多くの人が思っていた。
 だが、そう甘くはなかった。長期化するにつれ、心が折れてきた。そしてなにより、オンラインで活動しても、さして稼げなかったらしい。ファンのほうにしても稼ぎが厳しい世情である。私の会社も自宅待機、そしてリモートワークへと移行したくらいだ。そんなだからライトなファンは「消えて」いった。通えない、会えない、握手はおろか話もできないのだから、熱が冷めてもしまうだろう。アカネもいるこのアイドルのメンバーからも引退者が出た。人との接触自体が難しいなかでは、アイドルの活動はおろかレッスンすら難しい。グループで揃って歌やダンスの練習なんてことすらも無理があっただろう。
 そしてアカネにとっても決定的なことが起こった。このパンデミックで孤独で心細い日々だからこそか、ついにグループのリーダーまでもが引退して結婚することを発表したのである。なぜそれがアカネにとって決定的だったのかといえば、そのリーダーがアカネにとって模範で、憧れで、大好きな仲間だったからだ。いままでにもアカネはしょっちゅう、リーダーのことを「好きなんです」「優しいんです」と公言してきた。そのたびにファンたちは、温かな、というよりは、冷ややかな、笑いを浮かべていたものである。ちょっくら「百合展開」とかレズビアン臭とかを漂わせている。しかしときにこのリーダーもアカネも二十代なかばに差し迫っているところで、身の振り方を考えねばならないだろうタイミングだった。結婚するのも自然なことである。
 このリーダー引退を機に事務所は、新リーダーを決めることはもちろんのことだったが、メンバーの削減も決めた。事務所の経営までもが苦しかったのは想像に難くない。依頼は来ない、所属タレントには仕事をまわせないうえにレッスンすらやれていない。
 それで、アカネは引退を決めた。
 引退ラストイベントも、オンラインだった。
 これで私にはアカネに会えることはない。そう思った。

 * *

 それから数か月しただろう。二〇二一年の夏のことだ。

〈つづく〉
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