第5回:ひーちゃんはみっくみく

文字数 2,067文字

 あとは肝心の初音ミクを着るだけ。

 とはいえ、ミクは、というかたぶんコスプレというものは一般的に、小物が多いので手間どっていた。あとはウィッグかというところで、見るとアカネは着替え終えていた。そして私の背広の腕の部分でクンカクンカしている。
「なにしてんの」
「いやー、ええ匂いすると思て」ニヤニヤ。
「……そうですか……」
 いやいや、そうなのか? スーツっていうやつはどうも、洗うのが難しいのでクリーニングにも出すのだが、それでもニオイが染みついて自分でもイヤになっているものなのだが。あれやん。マクドとか吉野家とか京都王将とか行っても一発でクサくなるやん。イヤやねん。だがそれが、アカネにはいいらしい。はたしてアカネがニオイフェチなのか、はたまた女にとってそもそも一般的に男のニオイがいいのか、それはよくわからない。
「それにしても着替えるの早いなー」
「これも仕事のうちやったから」
「せやな」
 そこはなんか、しんみりする。なんだかしんみりした私の反応をみたからかアカネは、
「ウィッグかぶるの手伝ってあげましょーかー。ヅラかぶるのも手慣れたもんやねんウチ」
「いや、それも自分でやるから!」
 まあまあそう言わへんと……とアカネは、かぶった私のウィッグや衣装のマジマジと見て微調整してくれた。
「で、アカネちゃん、肝心なものまだやで」
「そう、せやねん、これ!」
 さすがのアカネも、ネクタイの締めかたはわからなかったのであった。

 それでネクタイを結んであげるのだが、自分のをやるときとは感覚が合わないのし、執事設定ということであんまりゴージャスなのも不自然なので、プレーンノットにしとく。最も簡単な結びかただ。
 まあそれはいいんだが、結んでいると、
 ブフォッ……ブフォッ……
 これはそう、もちろん、アカネの鼻息である。
 なもんで見上げるとお互い妙な感じになるが、化粧して仮装したところでいきなりどうかと思うので無視することにする。

 まあそんなこんなでともかく、これで、街に繰り出した。

 * *

「可愛いじゃないですか」
 と、ユナ。

 ユナもアカネと同じように引退した、元後輩である。そのユナは魔女、というか厳密に言えば、魔女っ子で来ていた。ステッキの小物付きである。そっちのほうが単純に言って可愛いわけで、そう言ったところが逆に私のほうにも返されてしまった。
 心中フクザツダヨー。
 どっちかというと軽くネタときて流してくれたほうがいいのだが。「キモい」と言われないのはよかったが、普通に本気で「可愛いじゃないですか」とは、なんということでしょう。

「うんうん、ガチで可愛いよね、似合ってる」
 今回の集団のもう一人、ユイまでがそう言った。剣士の姿をしている。三刀流の人というより「ござるよ」の方向性だ。

「やろーやろー」
 ニヤニヤしながらアカネが同調する。

 それにしても完敗である。(完勝?)
 方向性が、「ガチ」になってしまった。でもさすがにプロの

になる気はないぞ。

「黙ってたら男の人だとわかんないくらいだよねー」

 いや、たしかに否定しきれない。自分自身でもたしかにそんな気がしていた。とりわけこの四人組だと、長身のアカネとユイが、タカラヅカほどではないだろうが男装の麗人なもんで、そこに埋もれて私までも、全員、女のように見えかねない。おろ。

 さて、ところでここは街の公園である。集合場所が貧乏くさいが、彼女たちは貧乏である。
 いや、貧乏だからなのではなくて、この公園に思い入れがあるからなのだろう。元所属事務所のわりと近くなのだ。その事務所にしても弱小なほうなのは事実で、だから都心一等地なんてのとはほど遠く、こんな住宅街の、駅から遠いところに位置している。そしてアカネのワンルームにしてもそんな駅遠物件。だがしかし、駅から遠くても賃料は腐っても都内である。アカネにしてもバイトをいっぱい入れてもギリギリでそれはオカネがなかったわけだ。格差社会である。
 そのなんの変哲もない住宅街の公園に、統一性のないコスプレ珍集団がいる。協調性がない。ヘタすれば「ママー、あそこにへんなひとたちがいるヨー」と言われそうなものだが、どうやらいまどきは子ども自体が少ないのか、公園に遊びに来ないのか。まるで人を見かけない。
 これ幸いとばかりに四人で撮影会を展開する。ぶっちゃけ現役時代もこうして、公園でなんかやっていたんじゃなかろうか?
 元アイドル三人に囲まれて独占撮影会! なんてオイシイ……。これも私の人徳のなせるワザである。

 ――ウソ。これはアカネのおかげだ。

 しかし……
「『ミクダヨー』ってやってくださいよー」
「みっ、ミクダヨー?」
 撮影されるほうだ。ポーズを決めて、いい歳した初音ミク(※中身男)がブリッコして。
「もうっ。こんなサービス、めったにしないんだからねッ!」
「古っ!」
「それをいうなら初音ミク自体が古いしっ!」
 そうなのだ。もはや有名で定番の初音ミクだが、思えばたぶん小中学生のころからなのだ。

「キラッ⭐️」いつの時代だ。


〈マダマダつづくヨー〉
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