第9回:ウチらは女のコ

文字数 2,675文字

 そういうわけで毎週土日休日、今日もアカネのワンルームに通っているのである。

「もうだいぶん板についてきたよねぇ〜。めっちゃカワイイ。嫉妬(しっと)するわぁ。スッカリ女子やんか」
 ニヤニヤ……。
 すっかり女子――そこまで言われるのもなんではあるがしかし、アカネもそう言うはずである。
 かれこれ半年くらい続けてきた私の花嫁修行。当初は服も化粧品もアカネのものを借りて、アカネの部屋の中でだけやっていた。アカネも最初のうちは私を着せかえて楽しんでいたが、「アカン! 新鮮味(しんせんみ)が足りへん!」と言い出した。――性癖としてはありがちな話である。
 ともかく化粧品は「減るもん」である。いつまでもアカネのものを消費しているわけにもいかない。それに、服にしても枚数には限りがあるから飽きるわけである。そのうえだが、下着の問題がある。しかるべきスタイルになろうと思えば、体型を補整しなければならない。そうなると結局は、化粧品にせよ服にせよ、さらにはアクセサリー類や靴にせよ、自分で買うことにした。まぁ、(おおむ)ねはインターネット通販だ。しかし靴のサイズにばかりは困っている。スニーカーばかりだ。
 ――靴? そう。修行の成果か、今は自宅で“女のコ”になってから来ている。外を出歩くのは未だにおそるおそるだが。見た目はともかくも、声を出せばわかってしまうだろう。いまもマスク生活はしているので(仕事も会社でオフィスワークをしているので、するに越したことはない)、顔を隠せるだけマシだ。
 こうしてみると、女性というのは大変なものである。オカネのかかりかたも多くなるし、メイクもファッションも、行動のしにくさも、面倒だ。人生の時間と労力をどれほど消費しているのだろう。それに――ジロジロ目をつけられるんだよねぇ……オッサンに。エロい品定めをされているような。そのうえに、ことによっては後をつけられたり触られたりしそうなので怖いものがある。生きづらいものだ。
 大変である。今年は例年に輪をかけて猛暑地獄。しかし私は、肌を露出しないでいる、

な理由で。まぁ実際問題、紫外線対策はどうするのか、とか、道端とか電車とかで遭遇したオッサンに勝手に発情されるのとか、いろいろ問題がある。薄着だと「挑発的なカッコしているオマエが悪い」と居直られかねない。地味でスポーティー寄りのカジュアルで過ごしている今でさえも、

視線を感じるくらいなのだから、これは大げさでも自惚れでもない。だから上は重ね着をしたり、下はジーンズやロングパンツを穿いている。女のコは大変である。
 まだ暑い。だらだらしていればまだしも、ともすれば汗だくになりかねない。もう十月も近いというのに。この夏(まだ?)は、制汗デオドラントロールオンを塗って、顔にはキープミストを吹いている。マスクもあるのでなおさら化粧くずれが気になるし、自分のニオイが心配になるようになった。汗クサさを隠し、芳香を(ただよ)わせている。

「ひーちゃんもそろそろ地毛のばしたらええのにぃ〜」
「いや、それは会社で困る」
 髪が長いならば、上げてまとめて、シニヨンにでもするとか、さらに帽子でもかぶれば隠せる。しかし短いならば都合に合わせて伸ばしたり縮めたりとは、できないものである。そうはいっても、会社で帽子をかぶったままというわけにはいかない。さすがの私も髪まではまだ伸ばしていない。――まだ……?
「なんや、残念っ」
「『なんや』やないっ!」
 まあ、伸ばす手もあるわけだが。多少ならば押しきれなくもない。江口洋介みたいに。って、いつの時代だ!(武田鉄矢よりはマシか。)
 それにしても、もう交際してそこそこ長いものだから、ついでにいえば

をカムアウトしたものだからだろう、アカネも平然と軽口をたたくようになってきた。ボケとツッコミ化している。このまま夫婦(めおと)漫才になるのか?

 しかしまあ、私はどんだけアカネに尽くせばよいのだろうか。だからたまにはイラッ☆とするときもある。ツッコミついでに半キレしている説もある。
 アカネがこの先のことを考えていなさそうなのも困る。二人暮らしまでならばいいが、このあと結婚して子どもでも登場したらどうするつもりなのだろうか。いや、私は、どうすればいいのか。親戚(しんせき)には隠せても、わが子には無理だろう。「パパは週末アイドルなんやで! すごいやろ!」とでも教える気なのだろうか? さすがにそれは終末感が漂う。ジェンダー教育はすべきだが、「ママはパパが女のコじゃないと萌えないんです!」とでも、まだ小学校にもほど遠い幼子(おさなご)に言うのだろうか? 性教育を始めるにはまだ早い。
 そして歳を取ったらどうなるのか。私がオバサンになっても、アカネは萌えるのか? 中年になって更年期で性ホルモンが減ってくることも想定の範囲内に入れておいたほうがいい。アカネに忠告しておくべきなのだろうか。しかし中高年になったときアカネが()えていくのだとしたら、二人の関係がどうなるのか。心配である。()てられないかもそうだが、(しな)びた青菜(あおな)のような仮面夫婦になるのではないか。アホとエロだけでは、一生涯までは続かない気がする……。

 私のそんな懸念(けねん)をよそにアカネは。
「そろそろ二人でお出かけしましょーよー」

 お出かけは大変である。私は迂闊(うかつ)(しゃべ)れないからだ。女子トモ二人組、という構図になるはずだが、アカネばかりが喋って通訳担当にもなる。
 ならばいっそ……アカネが男子になればいいのに。カワイイからカックイイに転職してくれれば(字面(じづら)だけ見れば似てなくもない)。私が女声を出すよりかは、アカネが低い声を出すほうが現実的なはずである。だいたいアカネはもともと声が低めだ。そしてそのままアカネがグイグイとリードしてくれればいい。通りすがりのオッサンから「これは俺のオンナだ!」とばかりにガードしてくれれば、いかに私の気がラクか……。

 ――たしかに、板についてきた。なんだかんだいっても、女性のカッコのほうがホッと心が落ち着くのはなんでなんだろうか。身も心もだんだん女のコになってきた気がしなくもない今日この頃である。
 これでいいのか……?

「よーし、ひーちゃん、買いもん行くでぇー!」

 十中八九、近いうちにアパレル店に連れていかれることになるだろう。もちろんアカネに服をプレゼントするためではない。アカネが私に着せたい服を調達するためだ。

 オカネは、私が払う。

 * *

 ――ところが、そんなアホな日々も長くは続かなかった。

『ひーちゃんウチ死ぬかもしれへん』

〈はたしてアカネは死んでしまうのか? つづく〉
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