第16話 最後の投稿

文字数 1,543文字

 今月の20日をもってフリーライターを廃業することになった。理由はいろいろあるが、そのうちの一つは、養母の月々の介護費用を工面しなければならなくなったため。安定収入を得るために、収入が不安定なフリーライターを辞めて就職することにした。養母のために頑張らなければ。

 養母は昨年の12月上旬から施設に入所している。重度の糖尿病で1日に数回インスリン注射を打つ必要があるため、入所する施設は医療行為に対応できるところでなければならず、選択肢はかなり狭まった。限られた施設からしか選べないのは不安だったが、ありがたいことに良い施設が見つかり、無事に入所することができた。

 施設に入所した当初の養母は、入院中の不自由な生活でストレスが溜まったのか、わたしが面会に行っても誰だかわからなかったり、夜中に情緒不安定になる“せん妄”や放便などがあったりした。

だが、少しずつ落ち着きを取り戻し、12月30日に面会に行ったときには、わたしのこともすぐにわかり、会話もしっかりできるようになっていた。帰り際には

「顔が見たいし声も聞きたいから、また会いに来て」
 
 と笑顔で言っていたので安心して帰宅したのだが、翌日の12月31日の昼過ぎ、施設から「お母さんがお昼ご飯のあと痰を詰まらせたので、主治医の判断で救急車を呼ぶことにしたからすぐ来てほしい」と連絡があった。

 救急車で病院に運ばれた養母は、そのまま誤嚥性肺炎で入院した。翌1月1日、当直の医師から「容体の説明をしたいので来てほしい」と連絡があり、行って話を聞くと、肺と心臓に水が溜まっていてかなり危ない状況だと告げられた。そして「数日のうちに亡くなる可能性もあるので、いつでも電話に出られるようにしておいてほしい」と言われた。

 2日前に会ったときは、あんなに元気だったのに……と動揺した。常にスマホを手元に置きながら、気が気でない三が日を過ごしたが、幸いなことに養母は危険な状況から脱することができた。

入院から1週間後には、病院から飲み込みのリハビリを始めるという連絡があったので、すぐに面会に行くと、養母は入院したときよりもだいぶ元気になっていた。だからここ数日は、わたしも電話が鳴るのを気にせず落ち着いて過ごすことができている。

 こうなる前、わたしはずっと、養母に対して複雑な思いを抱き続けていた。ほとんどは負の感情で、早くわたしの目の前から消えてほしいと思うことすらあった。でも、こうなってみて初めて、負の感情のうしろに養母を大切に思う感情が隠れていることに気がついた。

 養母が数日で亡くなるかもしれないと告げられたとき、養母の存在しない自分の人生を想像できなかった。養母がいなくなったら、そのあとわたしは一人でどう生きていけばいいんだろう……と途方に暮れた。

 養母は、わたしが子供の頃からなにもしてくれず、なんの力にもなってくれなかった。でも、むしろそれがわたしの心を鍛え、強く生きる底力を培っていたのだと気がついた。それはそれで、ありがたいことだったのだ。

 今は、一日でも長く養母がわたしの人生に存在してくれることを祈り、養母のためにできることを精一杯やって悔いを残さないようにしようと思っている。

 ライターになって21年、フリーライターになって17年、思う存分、仕事を楽しんで頑張ったから悔いはない。ライターを辞めるのを区切りに、このサイトの投稿も今回を最後に完結することにした。作品アトリエは残しておくが、おそらく更新することはないと思う。最後に、皆様に感謝を申し上げたい。

 今日まで拙い作品をご高覧くださった皆様、本当にありがとうございました。皆様の健康とご多幸を心よりお祈りし、これにて完結とさせていただきます。ありがとうございました。
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