第4話 素晴らしきかなぁ? 障がい者雇用

文字数 2,548文字

 数カ月前、中小企業の社長のインタビューに同席したのだが、社長のある発言を聞いて、気持ちがモヤッとした。

 インタビュアーは、わたしではなく別の人だった。記事を書くための取材ではなく、その会社のブランディングをするための事前ヒアリングだったので、コンサルのプロがインタビュアーを務めたのである。そこになぜわたしが同席していたかというと、記事を書くため。直前の発言と矛盾するが、そのヒアリングの様子をレポート仕立にしてウェブサイトにアップするというので、仕立て役を仰せつかったのだ。

 インタビューでは、まず始めに、会社の強みや弱点などを洗い出すヒアリングが行われた。すると社長が「きちんと障がい者雇用をやっている」という発言をした。実際、その会社の障がい者雇用率は9.5%で、法定雇用率の2.2%をだいぶ上回っている。知事から感謝状をもらったという話まで出てきて、インタビューアーをはじめ同席者は口をそろえて「素晴らしいですね」「すごくいいことだと思います」などと誉めそやした。が、わたしは愛想笑いをしながら内心モヤモヤしていた。理由は、過去のある取材が頭に浮かんだからである。

 10年ほど前、パチンコ屋さんの経営をしている会社に、求人の取材に行ったことがある。人事担当者と若手社員に話を聞いたあと、ちょうど内定者の女子大学生が来ていたので、彼女にも話を聞いた。まずは在籍している大学を尋ねると、有名な福祉大学だという。「えッ?」とわたしは思わず声を上げた。福祉大学で学んでパチンコ屋さんに就職するとは、なかなかの変わり者だと、そのときは思った。

 わたしの反応を見た彼女は「この会社を志望していると両親に伝えたとき、大反対されたんですよ」と苦笑した。そりゃそうだ。あかの他人のわたしでも、本当にここでいいのか? と思うのだから、親ならなおさらだろう。で、彼女がなぜこの会社を選んだかというと、介護のあり方に疑問を抱いたのがきっかけとのことだった。

 彼女が3年生のとき、大学の授業の一貫で、介護施設や障がい者施設に研修に行った。そこで利用者さんの介護や介助をしたのだが、お世話をしながら彼女はこんな疑問を抱いたそうだ。

――利用者さんが普通に生活を送れるよう支援するのはいいことだけど、本当にそれだけでいいのかな? 普通に生活ができるのは当たり前のことで、その次のなにかを考えなきゃダメなんじゃないのかな?

 この答えはすぐに出ず、彼女は疑問を抱いたまま就活に臨んだ。そして、説明会の会場で、遊技場経営をしている内定先の会社に出あったのだ。この会社は「アミューズメントに介護の視点を」というスローガンを掲げ、実際に、車椅子のまま遊べる遊技台を整えていたり、手の不自由な人が玉やコインを入れやすいようスコップのような道具を用意していたりする。

 「なぜこの会社に決めたのか?」という質問に、彼女は頬を紅潮させながらこう答えた。

「説明会で話を聞いて、私がやりたいのはこれだ! ってピンときたんです。障がいのある人が楽しく遊べる空間を考えたり、イベントを企画したり、そういうことに福祉大で勉強した知識を生かしたいと思ったんです」

 彼女の考えと「その次のなにかを考えなきゃダメ」という言葉が、わたしには印象的で、取材をした日からずっと頭から離れなかった。それを思い出したから、障がい者雇用を強調する社長の発言にモヤッとしたのだ。

 彼女の言葉を借りて言うなら「障がい者雇用率が高いのはいいことだけど、本当に雇うだけでいいのかな? 普通に仕事ができるのは当たり前のことで、その次のなにかを考えなきゃダメなんじゃないのかな?」である。

 ヒアリングを聞いていた限りでは、社長が彼らの働く目的をきちんと把握しているとは思えなかった。一人一人、障がいの状況が違うだろうから、働く目的もさまざまだと思う。まずは働くことが目標の人もいるだろうし、働くことで達成したいなにかがある人もいるかもしれない。技能を磨いて昇給や昇格をしたいと思っている人だっているだろう。そういうことにまで意識を向けて、初めて「きちんと障がい者雇用をやっている」と言えるのではないのかと思ったのだ。

 前回の投稿で、ギターを弾く聾者の男性について触れたが、実は彼は、日本で初めて聾学校に音楽クラブをつくった立役者である。それだけでなく、「ブライト・アイズ」という手話ロックバンドを結成し、リーダーを務めている。わたしは最初、耳が聞こえないのに音楽をやっているのは、よほど特別なきっかけがあったんだろうな、と想像した。でも、その想像は大ハズレだった。

 彼が音楽に興味を持った理由について、『ブライト・アイズ「ありがとう」のひとことを」』(成田佳総 講談社)に、こう記されている。

<中学生ぐらいだったと思います。テレビドラマの『家族ゲーム』をよく見ていたんですね。あるとき、家庭教師役を演じていた長渕剛さんが、音楽番組に出演していた。そして、「GOOD-BYE青春」を歌ったんです。あれは衝撃でした。心にぐさりとなにかが刺さりました。言葉はわかりません。でも、感情的になにか訴えかけてくるものがあった。
聴いて感動したのではなく、見て感動した初めての「音楽」です。
「見る音楽」っていうものがあるんだ、と知ったんです。>

 「見る音楽」の部分以外は、ものすごく普通の理由だった。特別なきっかけなどではなく、耳が聞こえる中学生が音楽に興味を持つ理由と、なにも変わらなかった。聞こえようと聞こえなかろうと、抱く感情は同じなんだ、と思うと同時に、自分が“聞こえない人が音楽に興味を持つことはない”という偏見を持っていたことに気づかされた。ライターとして非常によろしくないと思った。ニュートラルな目で物事を見る目を持たなければ正確な文章は書けないゾ、と自分を戒めた。

 その次のなにかを考えるためのヒントが、ここにあるような気がする。聞こえない人は音楽をやらない、障がいのある人を雇用すればそれでいい、という偏った考えを持たないためには、どういう物の見方や考え方をすればいいのか。今はまだ明確な答えがわからないが、少なくとも、素晴らしきかな障がい者雇用、は違うのではないかと思う。



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