『インダストリアルデザインが面白い』がおもしろい

文字数 2,665文字

 別アトリエの「知的財産のすすめ」で知財ミックスの投稿をしたときに“インダストリアルデザイナーの榮久庵憲司氏の本を読み終えた頃には、工業デザインにドはまりしていそう”と書いたのだが、本当にそのとおりになった。

 わたしが読んだのは『インダストリアルデザインが面白い』という本。インターネットで注文したときには、工業デザインの指南書のような内容だろうと想像していたのだが、なんのなんの、指南書とはかけ離れた、とてもおもしろい読み物だった。榮久庵氏が手がけた工業デザインの話はもちろんのこと、榮久庵氏の自伝的な要素が含まれていたり、時代背景とインダストリアルデザインの関係性など歴史的な話が出てきたりする。

 内容のおもしろさもさることながら、わたしが惹かれたのは一文一文の説得力。榮久庵氏は僧侶のご子息で、インダストリアルデザイナーになる前に一度、仏門に入ったという経歴の持ち主だ。仏教の教えが考え方の根底にあるからか、ありふれた言葉を使ってシンプルに伝えているのに、なぜか禅問答のように考えさせられる箇所が多い。また、モノに対する慈しみに満ちた言葉も多く見られ、そういう箇所に出くわすたびに、工業製品が大好きなわたしは「わかる、わかりすぎる……!」と共感してトキメいてしまう。なかでもわたしが一番グッと来たのは、この一節。

<家が、電車、自動車が、すべてのモノたちが私に助けを求めている悲痛な叫びであった。彼らは自分たちを元に戻してくれと叫んでいるのである。
 仏の教えを受け、人間の喜怒哀楽や無常については知っているつもりであったが、このとき私は、モノにも心があり、人に訴えるものがあるのだとはっきり悟ったのである。>

 海軍兵学校の生徒だった榮久庵氏が、終戦日(1945年8月15日)の10日後に故郷の広島に戻り、原爆の被害を目の当たりにしたときにこう感じたそうだ。このとき榮久庵氏は17歳。もちろんインタストリアルデザイナーではないどころか、デザインという言葉すら知らなかったという。海軍兵学校も仏門も、どちらかといえばモノでなく人と縁があるように思う。そういう立場の少年が、人を慈しむと同じようにモノを慈しんでくれたことに、わたしはとても胸を打たれた。

 ここのほかにもう一つ、好きな箇所がある。

<モノには人間の思いがつきまとう。初めて手に入れたとき、それを使っているとき、常に使い手である自分がそばにいて思い出を共有する。モノは自分の歴史の一部だといってもよいだろう。>

 “モノは自分の歴史の一部”という言葉が、わかりすぎるほどよくわかる。わたしには、それこそ自分の歴史の一部だからという理由で捨てられないものが二つある。一つは、20年ほど前に乗っていた、ホンダのシビックSiRという車のカギ。

 SiRとの出会いのきっかけは、わたしの一目惚れだった。まちなかをスイスイ走る美しさに魅了され、少し予算オーバーだったのを無理して迎え入れた。SiRは、乗り手に媚びない運転しづらい車だった。ギアチェンジのタイミングが少しでも合わないとガガガガと音をたてるし、クラッチペダルの傾斜がきついので渋滞すると足がつりそうになる。けれど、そういう扱いづらい車が好きなわたしは「じゃじゃ馬シビック」と呼んでかわいがっていた。

じゃじゃ馬シビック


 離婚して引っ越すことになったとき、費用を工面するために、じゃじゃ馬シビックを売らなければならなくなって、泣きながら中古車ディーラーに引き渡した。そのとき、カギは予備のほうを渡し、使っていたものを手元に残した。



 リモコン機能付きのカギでなかったから、このカギを差し込んでドアのロックを外し、このカギを差し込んでエンジンをかけた。エンジンをかけたとき、かすかに聞こえる「チュイン」という独特な金属音がチャーミングで好きだった。今もときどきカギを手にしては、わたしと別れたあと、いい乗り手と出会って大事にしてもらえていたかなァと考えたりする。このカギは、わたしがじゃじゃ馬シビックを愛した証だから、絶対に捨てることはできないのである。

 捨てられないもののもう一つは、携帯電話。一つというよりも一式だ。わたしが初めて携帯電話を持ったのは、軽トラックのドライバーになったときだった。ドライバーを辞めるときに、必要なくなるので解約しようとしたが、ライターになったらドライバーのときよりもっと携帯電話が必要になったから、そのまま使い続けた。

 ライターになってからは、いつも携帯をジャケットの胸ポケットに入れていたのだが、あまりにコンパクトで軽いため、和式トイレを使うときに何度も便器に落とした(注:使用前)。落とすたびに、バイ菌を一つ残らず消し去ろうと薬用せっけんでゴシゴシ洗い、そのあとクレゾールを沁み込ませたティッシュでゴシゴシ拭いた。そんなことをしても、この携帯は一度も壊れたことがなかった。だから、携帯電話というのは水に浸かってもせっけんで洗っても壊れない造りになっているのだな、とずっと思っていた。

便器に落ちても洗っても壊れず、今も電源が入る


 昔は携帯電話がゼロ円で手に入ったから、わたしはしょっちゅう機種を変えていた。仕事で落ち込んだとき、忙しくてストレスが溜まったとき、職場が変わったとき、フリーになったとき。節目節目に機種を変更した。だからわたしにとって携帯電話は、仕事の歴史の一部なのである。普段、この歴史たちはまとめて箱に入れ、クローゼットの奥にしまってあるのだが「モノは自分の歴史の一部」という文言を見たら眺めたくなったので、何年かぶりに引っ張り出してきた。



 充電器も全部取ってあるので充電してみたら、3個以外は電源が入った。携帯で撮った写真のデータも消えずに残っていて、そのなかに、通称「シノゴ」と呼ばれる大判カメラを撮影したデータがあった。シノゴは、カメラマンでも持っている人が少ない珍しいカメラである。飛行機の機内誌を作る仕事をしたときにこのカメラで撮影していて、珍しいから記念に撮らせてほしいと頼んだことを思い出した。わたしの携帯電話には、仕事の歴史がたくさん詰まっているのである。

シノゴ


 『インダストリアルデザインが面白い』は、わたしにとっていろいろな意味でおもしろかった。榮久庵憲司氏についてもう少し知りたいと思うし、榮久庵氏以外のインダストリアルデザイナーにどんな人がいるのかということも気になっている。このぶんだと、まだまだ工業デザインにハマり続けそう……。

(2021.10.12)
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