第10話 シナリオの勉強

文字数 2,511文字

 10年ほど前、シナリオの書き方を勉強したことがある。勉強したと言っても、文化センターのシナリオ講座を数回受講したり、脚本の書き方の本を読んだりした程度なのだが、けっこう今でも役に立っている。

 勉強するきっかけになったのは、映画の取材だった。あるとき、ある映画に出演する俳優と監督と脚本家に取材して、夕刊に掲載する記事を書いてほしいという依頼があった。が、芸能情報に疎いわたしは、この手の依頼は一切請けないことにしているので、このときも断った。

 ところが、このときは、どうしてもわたしでなければならない事情があった。映画の内容が警察モノだったため、編プロが「警察に詳しいライターに取材させます」とクライアントに言ってしまっていたのだ。現実の警察事情と映画の警察事情はまったく違うから、ほかのライターに依頼してほしいと何度も断ったのだが、断っても断っても依頼が舞い戻ってくるので、とうとう根負けして引き受けた。

 取材当日、無知なのがバレて先方を怒らせてしまったらどうしよう……とヒヤヒヤしたが、なんとか無事に取材を終わらせることができた。ただ、一つ気になったのが、俳優と監督が過剰なまでに脚本家に気を遣っていたこと。わたしの勝手なイメージでは、脚本家というのは俳優や監督を立てて控え目にしているものと思っていたのだが、当たり前のように周りに気を遣わせていたのが意外だった。で、こう思った。

 脚本家がこんなにチヤホヤされるということは、脚本って実はすごいものなんだろうか?

 それまで脚本を見たことがなかったわたしは、どういうものか知りたくて『ドラマ脚本の書き方  映像ドラマとオーディオドラマ』(森治美 新水社)という本を買ったのだが、これが失敗だった。

 もっと勉強したくなるような、ためになる本だったのだ。シナリオ(脚本※)の具体的な書き方が初心者にもわかるようやさしく解説されているのはもちろんのこと“ドラマとは何か”とか“脚本とは何か”といった、そもそもの部分も丁寧に説いてくれていて、読み終えたときには、もうちょっと勉強してみようかな、と思ってしまっていた。気づけば、文化センターのシナリオ講座を申し込んでいて、本を何冊も買い込んでいたのである。 ※シナリオと脚本は同意

 買った本のなかには、シナリオは文章力がなくても書ける、と言っているものがけっこうあった。書き方だけを見れば、たしかにそうかもしれない。シナリオ(脚本)は「(はしら)」「ト()き」「セリフ」の3つの要素だけで構成されているからだ。柱というのは場所と時間を示す文で、ト書きは情景や人の動作などについて書く文、セリフは人がしゃべる言葉。具体的な書き方は『ドラマ脚本の書き方』から引用すると、こんな感じ。

<○幸恵のビル・表
   脇道に建つ五、六階建ての小さなビル。
   玄関を出てくる、吉野美穂(34)と小早川幸恵(34)。
幸恵「あっ、待ってて。忘れ物」
   と、玄関内に去る。
美穂「……」
   ライトバン、走ってくる。>

 ご覧いただいてわかるとおり、短文の羅列だから書くだけなら簡単。でも、3つの要素しか使わずに、人の動きから感情から周辺の情景からなにからなにまで表現するというのは、言葉を駆使して表現するよりも遥かに頭を使う難しいことだとわたしは思うのだ。

 また、シナリオ(脚本)はカメラで撮ることを前提に書く文章だから、形容詞や副詞を使うことができないというのも難しい点。わたしなんかは、いつも投稿のなかで「ものすごい」とか「ビックリ」とかを平気で書きまくっているが、シナリオではこの書き方はダメ。たとえばビックリした様子を表現するなら、ト書きに“息を飲んで立ち尽くす女”と表現したり、セリフのなかでビックリしたことがわかる表現をしないといけない。とにかく、カメラにどう写るか、カメラにどう写すかを考えながら書かないといけないのがシナリオ(脚本)なのだ。

 シナリオ(脚本)を実際に書いてみるとけっこう難しくて、ドラマも映画もほとんど見ないわたしには肌感覚がつかめず、とても極めることはできなかった。だから早々にシナリオ(脚本)の勉強を切り上げたのだが、シナリオ(脚本)の基本技術をライターの仕事に活かすことはできていると思う。

 たとえば取材のとき。取材相手が話していることを、カメラで撮っているとイメージしながら聞いていると、たまに映像が思い浮かばないことがある。そんなときに「今のお話を映像で思い浮かべたいので、もう少し詳しく具体的に教えていただけますか」と言うと、相手は言葉だけでなくジェスチャーや図や絵を書いて伝えてくれるので、話の内容がグッとわかりやすくなる。相手が話した内容をわたしが腹落ちできていないと、書く文章が臨場感のないシラケたものになってしまうので、それを避けることができて助かっている。

 あと、ごく稀な例だが、ドラマチックな原稿を求められたときに役に立つ。ある部品メーカーの周年記念誌を作る仕事を請けたときに「ありきたりな記念誌でなくドラマみたいな面白みのある記念誌にしたい」というオーダーがあったので、シナリオ(脚本)の要素を盛り込んで仕上げてみたら、メーカーの方から「ほかの部署の記念誌より面白い! 絶対に新入社員研修で使うから」と喜んでいただけた。20年以上ライターをやっていて、こんなオーダーをされたのは初めてだったので、シナリオ(脚本)の勉強をしといてよかったァ、と思った。

 わたしのように、もともと味も素っ気もない文章を書く者でさえ、シナリオ(脚本)の技術を取り入れることで表現の幅が多少は広がったので、もともと表現力の高い方であれば、もっと相乗効果があるかもしれない。本を買わなくても、ネットで検索すればシナリオ(脚本)の書き方に関する記事がたくさん出てくるので、チラッと覗いてみると耳より情報を得られるかも。

 ちなみにわたしは、ピクサーの脚本の書き方に関する記事がけっこう面白くて、いろいろ読んじゃいました。参考までに。

シナリオの勉強をしたときに買い込んだ本たち。
古本しか買わないので、べらぼうな金額にはなっていません。

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