第1話 人生初の沼落ち

文字数 2,037文字

 「あぁ……誰かと語りたい、同じ想いを抱えている人はいないかなぁ?」

 今日も私はまるで熱に浮かされたような状態で、携帯を片手にとあるキーワードを検索していた。

**************

 幼い時から本が好きだった。物語の中に没頭して空想を繰り広げ、その中の登場人物の一人になってみたり。物語の展開や結末が自分の好みではなかったりした場合、妄想の中で好みのものに作り変えたりして遊んでいた。男女を問わず、美形が出て来る作品を特に好んだ。 
 思い起こしてみれば、それは今で言うところの『二次創作』を脳内行っていた、という事になるのだろう。けれども、それを口に出すのは何だか良くない事のような気がしてた。何故かはその当時は言語化出来なかったが、それは『原作への敬意』というものを無意識に感じ取っていたからではないかと思う。自分のようなど素人が作者の創り給うた世界を荒らしてはならない、と。
 そしてもう一つは、現実に口に出したら「何ソレ、きもっ」と一蹴された事が容易に予測出来る。そういう意味でも口に出さなくて正解だったと思う。当時は、今ほどオタクや腐女子、二次創作を含む同人活動などは盛んではなかったからだ。
 だから学校では、只管友達との雑談やら部活動のバスケットボールに熱中する事で気を反らしていた。尤も、バスケ部に関しては先輩後輩の差が激しかったし、上級生という立ち場になってもレギュラー入りするのには非常に苦労したものだけれど。

 元々が本好きだったせいか、作文や読書感想文を書く事も好きだった。好きだからと言って、それが必ずしも巧みであるとは限らないのが面白い。

 だが、脳内の空想の世界では……読んでいる、或いは読み終わった本、またはアニメや漫画を元に自由に生き生きと登場人物たちが動き回っていた。時には別の作品のキャラとトレードしたり、クロスオーバーしあったりもした。
 これらを、中学の美術で習ったコラージュという手法を取って、勝手に『コラージュ小説』と命名した。何の事はない、小説やアニメ、漫画などの既成のものを気に入ったところだけお借りして好きなように切り貼りし、時折オリジナルを加えるというだけのものだ。脳内に留めているから良いが、公にしてしまったら著作権、即ち剽窃・盗作に関わる

となってしまうものだ。

 その脳内での『コラージュ小説』は、高校、大学、そして社会人と年齢を重ねる毎になりを潜め、何か落ち込む事があると主に入眠時に活用するようになっていった。

**************

 それから更に時が過ぎ……結婚して住む場所も変わって、もう殆ど脳内で『コラージュ小説』の創作をしなくなった。そもそも、日々の忙しさに追われてあれほど好きだった筈の読書に時間を費やせなくなっていったのだ。
 
 何年か過ぎて余裕が出てきた頃、ふと、趣味で小説を書いてみようと思い立ち、いくつかの小説投稿サイトに登録。空き時間を見つけては、脳内の空想を気ままに書き綴るようになる。それは非常に楽しい時間となった。
 それらの生活も完全に慣れて来てそろそろアニメでも堪能しようかしら、と思っていた頃に対照的な美しさを持つ複数の青年が出て来るアニメが目に飛び込んできた。「わぁ、眼福……」思わず口から言葉がまろび出ていた。正直言って内容は「今流行りのライトなBL的な作品かな」という程度で私好みではなかったが、その場ですぐ検索をしてみると原作が小説であると言う事を知った。現行十巻近く出ていると知り、取りあえず二巻程電子書籍で買ってみた。どの表紙が美麗で、眺めているだけで空想が捗る。それからブラックホールに吸い込まれるようにして夢中で読み耽った。すぐに電子書籍で現行全巻を買い、ついでに紙書籍でも注文した。少しでも作者に貢献したいからだ。
 それ以降、最低限の家事と飲食と入浴は行い、睡眠時間を削って。内容は、ファンタジー要素を含みつつ、かなりセンシティブな問題に斬り込んで行く。登場人物が織り成す対人模様や起こる出来事を通して、生きると言う事、人を愛する事について深く問いかけるような作品であった。テレビアニメは、決められ回数と期間で放送しなければならない為アニメ用に創られたオリジナルだったようだ。

 現行最新巻まで読み終わると、しばらく放心した後、

「この感想を誰かと語り合いたい! この作品、このキャラについてどっぷりと語りたい!!」

 そんな感情が腹の底から湧いてマグマのように吹き上がった。誰かこの作品のファンはいないか、パソコンや携帯で検索をはじめた。そしてどうやらこの自分の状態を

というのだと知った。その作品への愛と高ぶった感情を表現する手段に、『二次創作』や『コスプレ』がある事を知った。けれども、なかなかSNSの世界で同じような状態のファンを発見しても、実際に声をかけるのは憚られる。そこで、二次創作を探しては読み耽るようになっていった。

 つまり、人生初の

である。

 
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