第25話 尊敬

文字数 2,346文字

すっかり暗くなった105補給基地に三機のカカポ機は降り立った、まだ騒然としている中カカポ機ポートの一角に炎が上がっている。
駆除した羽根蟻を焼却処分していた。
 その炎は異常な程高く立ち上がり、時折小爆発を繰り返し、蟻自体が燃焼材になったように激しく炎を巻き上げている。

 「なんだ、なにがあったのだ、これは?」
 リリィが周囲を見る限り物的損害はなさそうだが、パドック内に脱ぎ捨てられた服が多数ある。
 「少佐!」
 カカポ隊の少女たちが走り寄る、それぞれが恐怖に怯え泣いていた。
 「どうしたんだ、化け物はまだいるのか?こちらの被害は?」
 「少佐ぁ、み、みんなが食べられて・・・皮だけに・・・」
 泣いていて聞き取れないか゛死者が出ているのは間違いない。

 パァッン

 突然、拳銃の発射音、フェイリーが夜空に向けて9mmを撃ったのだ。
 「!!」
 バサッバサッ 空中からなにか子犬程の虫が落ちてきた、第五の色覚を持つフェイリーには見えていた。
 連続で空に向けて引金を引く。
 パンッ パン パパンッ
 リリィが拳銃の発射音をエコーロケーションにして飛び回る蟻を捉える。
 「虫か!?」
 「背を低く、屈んでいろ!」
 ローレルもエンパスを展開して迎撃を開始するが、悍ましい欲だけの感情に吐き気が込み上げてくる。
 たちまち三人の周りには薬莢と虫の死骸が散乱する。

 「宿舎の中にも侵入されました!今Drエレナが対処中です!」
 「エレナ!?」
 
 パンッ パンッ
 宿舎の中から9mmパラベラム弾の発射音が聞こえる、エレナのもう一つの銃、グロッグの発射音。
 「エレナのグロッグ17だわ!」
 ローレルは宿舎に向けて走り出した。
 「少佐!私はエレナの援護に向かいます!」
 「気負付けろ!こっちは直に片付く!」

 宿舎内の電源は喪失していない、打ち抜かれバラバラになった羽根蟻が散乱している。
 「エレナ!Drエレナ!どこにいるの!」
 「エレナ姉さん!」
 パンッ キィィッ バサバサッ 
 真上の天井から打ち抜かれた羽根蟻が落ちてくる。
 「はっ?」
 「お帰りなさい、ローレル」
 背後から声がした、振り返った先に白衣を纏い、拳銃をデザートイーグルからグロッグに持ち替えたエレナが立っていた。
 「姉さん!」
 パンッパパンッ
 再び天井を撃つと空になったマガジンを抜き、新たなマガジンと入れ替える高速リロード。
 スライドを引いて薬室に弾丸を送る。
 「この部屋で最後よ」
 無造作に部屋に入るとパンッパンッパパンッ 流れる三連射、天井の蟻を全て排除した。
 「はい、終わり!」
 医師ではあるが熊殺しのドクターは拳銃の射撃において国内に敵なしと言われているほどだ、拳銃で百メートル先を射抜く。
 「9mmでもホローポイント弾はさすがに威力が高いわ」
 「エレナ姉さん!なんで医師が先頭きって銃を撃っているの、姉さんは非戦闘員なのよ」
 「まあまあ、固い事言わないで、私だって伊達にイーグル持たされているわけじゃないんだから」
 白衣をめくると巨大な拳銃がホルスターに収まっている、室内では威力が大きすぎて建物を破壊してしまう。
 ローレルよりも頭一つエレナの方が大きい。

 「武装のないカカポライダーを守るのも医師の務めよ」  
 ウィンクして見せた白衣のガンナーは不安も恐れも感じさせない、ローレルにはまだ見えていない記憶の海が見えていた。

 夜半近くまでかかって室内に侵入された羽根蟻の駆除が終わった。
 警備と共に駆除にあたっていたエレナは銃をメスに持ち替えて命を救う。
 搬送されてくる多くの負傷者には下肢に鉛筆ほどの穿孔があった、蟻の吸血針の跡だ、運悪く太い血管を寸断されて大量に血を失っている者もいる。
 基地にある備蓄の血液だけでは足りなくなっていた。

 「リリィ姉、いえ少佐、お願いがあります」
 エレナが医務室から手術着のまま士官室に入ってくる。
 「エレナ、お前が居てくれて助かった、お願いとはなんだ?」
 「多数の死者が出ました、ライダーの子たちにも・・・残念です、ですが助かる見込みのある子たちがいます、O型の血液が足りません、献血をお願いしたいのです」
 「どれくらい必要だ」
 「もちろん男共からも抜いていますが、この基地にはO型が少なくて・・・出来るだけ多くです」
 「分かった、ライダーの中でO型を募れ、明日の配達業務は中止する、疲れているところをすまん、ローレルは各基地との連絡調整を頼む」
 「フェイリー、君はO型だな!協力してくれないか、ハンナが危ないんだ」
 「!!」
 ハンナは出撃前にフェイリーにメイクをしてくれた娘だ。
 「・・・」
 「いやなの!?」
 「いえ、そうではありません、私の血では嫌がると思います」
 「は?・・・なぜ?」
 「それは・・・私が・・・」
 リリィ少佐の前で呪われワードは言うことが出来ない、輸血は触れたりメイクしたりとは次元が違う、どんな怨嗟が起きるか分からない。
 「んーーごちゃごちゃ言うな!リリィ姉、借りていくよ!」
 「いいぞ、連れていけ!フェイリー、ハンナを助けてやってくれ」
 「頼んだわよ!フェイリー」
 エレナは力強く手を握ったまま医務室へ連行していく、よく見ると左足を引き摺っている、筋力が低く走ることは出来ない。
 ローレルが心配するのも無理はない、敵に追われれば逃げることは出来ない。
 今回の羽根蟻でも同じだ、撃ち損じたら、リロードを失敗したら、弾切れになったら、転んだだけでも敵との距離を失う。
 幼い時からそうだ、悪魔のような男たちの前で殴られても蹴られても、塞がった目で自分を庇った姿が忘れられない。
 どんなに傷ついていても人を守ろうとするのがエレナだ。

 今も誰かのために奔走しているエレナをローレルは尊敬していた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み