第35話 既視感

文字数 2,493文字

 「あっ、また起きてる!寝てなきゃだめじゃない」

 大声で泣いている姿をライダーの仲間たちのほとんどに見られてしまった、恥ずかしさはないが自分に哀れみや同情の気持ちで近づいてくる者が増えるだろう、その中に呪いの災いを受ける者が出てしまうかもしれない。
 今までの距離感を保つためにはどうすれば良いか逡巡しているところに、お見舞いの熨斗がついた大きな袋を胸に抱えてステラが現れた。
 重そうに抱えた袋をベッドに置く。
 「これ、基地のみんなからフェイにお見舞いだって!重いったらないわ」
 「お見舞い?私にですか?」
 「他に誰がいるのよ、フェイが面会謝絶にするから、みんな私のところに届けてって持ってくるんだもん、面会を解禁したらきっと人気のラーメン屋みたいに外まで列が出来るわね」
 この娘は最初から自分の呪いに臆するところが無かった、避けても除けても傍から離れようとはしない。
 「私は季節外れのサンタクロースじゃないっていうのよ」
 「申し訳ありません」
 口では文句を言っているが、その顔は明るい、笑った顔に白い歯が似合う。
 「見てよ、袋の中身、お菓子と食べ物ばっかだよ、みんなどこに隠し持っていたのかしらねぇ」
 食べることくらいしか楽しみのない兵隊暮らしにライダーたちは食事制限が課されている、僅かながらの貯えから貴重な楽しみを拠出してくれたのだろう。
 みんなのフェイに対する気持ちの変化がステラは嬉しかった。
 「貰っておきなよ、みんなフェイには感謝してる、私もね!」
 ポケットからジャック・チョコレートを取り出す、パキッと折るとフェイリーの口元まで持ってくる。
 「はい、食べて!」
 自分で持とうとしたらステラは手を引っ込めた。
 「た・べ・て!」
 困った、唇が触れてしまうかも知れない、でもきっと許してはくれない、慎重に歯で摘まんで口に入れる。
 「よし、おりこうさんだよ、フェイ」
 額に手を当てる、他の人になら絶対許さない、ステラは軽々と防壁を破ってくる。
 「熱は・・・まだ少しあるみたい」
 「私の平熱は常人より少し高いです、平常です」
 「またぁ、自分が怪人みたいな言い方やめなよ」
 「普通で無いことは確かだと思います」
 「フェイ、確かに貴方は誰より辛い目に遭って絶望しているかも知れない、でもね、私は貴方が好きだし、貴方は幸せになってほしい、その権利があなたにはある」
 また鼻の奥がツンッとする。
 ステラはフェイの変化を敏感に嗅ぎ取る、何故なのだろう、見透かされている気がする。 自分の幸せ・・・考えたこともない単語、幸せが何なのか見当がつかない。
 「プレゼントがもう一つ、チヒロさんからの伝言」
 チヒロの名前を聞いて、また不整脈が始まる。
 そして既視感、何処かで出会ったことがあるという確信めいた記憶。
 「・・・聞きたい?」
 小意地悪く焦らすステラが方がモジモジしている。
 「・・・あっ、あの・・・」
 なぜか赤面して俯くフェイリーを満足そうにステラは見ていた。
 「幸運はもうしばらく貸しておいてくれ、だって」
 「・・・」
 「きっと時計の事だよね、さっきジャックのおっちゃんが伝えに来てくれたんだ」
 「ジャックさんがですか」
 「うん、一緒に迷宮に潜ってたみたい、急用が出来たから一度本部へ戻るって」
 「そうですか・・・」
 もうじき会えると思っていた、落胆している自分が不思議だ。
 「ちょっと残念だよね、私も会ってみたかったな」
 「・・・」
 会ったのは一度、醜い私の姿を見て、それでも綺麗だと言ってくれた、躊躇なく当然のように傷の手当をして温かく強い力で包んでくれた、遠い日に忘れた筈の記憶、ぼんやりと抽象画のようにはっきりとしない、でもその色は優しさに満ちていた。
 知っている、私は彼を、チヒロを知っている。
 もし覚醒したなら記憶の海にチヒロの姿を見れねのなら覚醒者となってしまってもいい、そのことで自由な未来が閉ざされても構わない。
 覚醒教練校時代のプログラムでは一度もこんな気持ちにはならなかった。
 「また、こんなに痩せちゃって」
 少し骨が浮き出たフェイリーの掌をステラがそっと握る。
 「チヒロさんに会う時には元のフェイに戻そうね、妖精みたいなフェイで彼に会おうよ」
 「私のことなどお忘れになると思います」
 「ううん、チヒロさんはあなたを決して忘れない、忘れる筈はないの、フェイがそうであるように」
 妙に確信めいた言葉、ステラは何を知っているのだろう。
 「ステラさん・・・?」
 「私、絶対諦めないから、今度こそ!」
 
 握った掌は熱く力強かった。

 基地の裏手に食堂で使う食材用の倉庫がある、敷地は軍用施設とは仕切られ、一般業者のトラックがここまでは出入り出来る。
 この日も精肉業者のトラックが配送のため駐車していた、ドライバーは荷下ろしを済ませて倉庫の日陰でフェンスにもたれて煙草を吸っている。
 一見何気ない風景、しかし、よく見ると煙草を吸う男の周囲を見張る様にもう一人の男がいる、男は基地内の倉庫番の兵士だ。
 
 暫くするとライダーの一人だろう女が周りを気にするように男に近づき、言葉を交わすことなく何かを受け渡した、受け取った男は一度トラックに戻ると荷台に消える。
 直ぐに荷台を降りて女の元へ戻り、小さな包みを返した。
 その間、倉庫番の男が周囲に警戒している。
 しきりに時計を気にしている男は十分おきに現れる顧客をチェックしている、完全予約制のようだ、客もそれを理解しているから受け渡しの現場で顧客通しが顔を合わせることがない。
 この現場を仕切っているのは倉庫番の男だ。
 
 取引されていたのはMDMA(合成麻薬)、ベータロインがニシやリオたちにより工場を壊滅されてから流通が無くなったあとに流行し始めた。
 通称(イブ)と呼ばれるこの麻薬は強烈な多幸感と万能感、恐怖感を消し去る、その作用はベータロインに似ている。
 しかし、リーベン共和国麻薬取締局もニシの内閣情報調査室も成分や販売ルート、その全容を掴んではいない。
 巧みに存在を見せない組織に戦時下の人手不足も重なりその浸食を許していた。
 
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