第30話 竜子

文字数 2,652文字

「フェイリーの背中の鱗は竜子(りゅうこ)といって、古代魔族の末裔の印、北の国で稀に生まれるらしい、さらに白い肌を持つ子供は希少なのだそうだ」
 病室の前にあるラウンジでDrエイラがステラたちの前で話始めた、その口に咥えた煙草から細い煙が立ち上る。
 「北の国は我が国や先進国と呼ばれる国に比較すれば文明未開の地、今だに魔呪術宗教が信じられている、その最も足るものが魔族の血肉を食べれば永遠の命を得られると信じられ、実際にそれが行なわれている」
 「・・・」
 人の血肉を食べる、カニバリズム、ステラたちは絶句した。
 「全くの迷信だと思っていた、しかし、フェイリーの回復の早さや輸血した効果は確かに通常の人間とは違ったと認めざるを得ない、魔呪術宗教は経験的に知っているのだろう」
 「じゃあ、魔呪術宗教は本当だと・・・」
 「それは違う!どんな物であれ口から入れた食品はアミノ酸に分解されて吸収される、魔力などという物があったにしても人間には吸収できる器官が存在しないし、竜子は普通に寿命がある、魔呪術宗教が本当なら竜子は不死身でなければおかしいでしょう」
 「確かに、その通りね、ただ普通よりは強いっていう程度なのよ」
 
 「フェイリーを人身売買のマフィアからリーベン国が保護したのは彼女が七歳の時、他にも四人いた」

 リリィ隊長がラウンジのソファーに腰を降ろした、全員が起立敬礼する。
 「いい、座ってくれ」
 「保護された時、竜子たちは身体の肉を削られていた、売りに出すときのサンプルにしたらしい、数十回は血液も抜かれた跡があった、囚われていた檻は十か所、生存していたのは五名、これがどういうことか想像に容易いだろう」
 「竜子はマンハンターと呼ばれる犯罪集団が攫う、こいつらは手段を選ばない、竜子を攫うために両親や家族を皆殺しにしたりする事例は多いそうだ」
 「まさか、フェイリーは目の前で家族を殺されているのですか・・・」
 「たぶんそうだ、彼女が自分が呪われていて、周りに災いをもたらすと思い込んでいるのはそのためだろう、自分が竜子だから両親や関係者が不幸になったと」
 「ひどい!」
 「彼女が無表情なのは感情がないからじゃないのよ、自死することでさえ呪いを招く事を怖がっているの、感情を埋めて呪いに見つからないようにしているのだと思う」
 ローレルのエンパスは人の心の痛みを自分の事のように感じてしまう、その顔が苦痛に歪む。
 エイラがそっとローレルの手を握った、経験のある二人にはその痛みが十分すぎるほど理解できる。
 「私が君たちにこの事情を話すのは彼女に対して同情してやれと言うことではない、もっと現実的な話だ」
 「!?
 涙を滲ませ拳を握り締めていたステラたちはこれ以上なにがあるのかと目を見開いた。
 「まさか・・・マンハンター!?
 「ええっ!!
 「その通りだ、フェイリーはまだ狙われている」
 「そんなバカな、ここはリーベン共和国、そして陸軍航空隊の中に所属しているのにですか!?
 ステラの声が怒気をはらんだ。
 「残念ながら人身売買組織はリーベン国内にも存在している、先月フェイレルと同様に鱗を持った女性が拉致される事件が発生した、海外に移送される前に押さえることができたが残念ながら女性は殺されていた」
 リリィの隻眼も怒りに震えているのが伝わる。
 「今回の輸血の効果が外に漏れると組織に狙われる可能性がある、先月の事例からみても死体でもいいということだ」
 「まさか後ろから撃たれる可能性が・・・」
 「そうだ、組織と関わりのある人間が味方の中にいないとは言えない」
 「この件については角秘としてライダーは厳守してほしい」
 「はい!」
 全員が強く頷く。
 「それと、フェイリーにも黙っておいて」
 「それは何故です、フェイリー自信が狙われていること理解していないと意味がないのではないですか?」
 ローレルが目を伏せる。
 「きっと彼女は自分がいることで隊に迷惑が掛かるぐらいなら組織に自分の身を差し出そうとするわ」
 「!!

 見慣れない天井だ、周りを見ると士官用の病室、個室だった。
 少し安堵した、怪我人と一緒はだめだ、個室も早く移動しなければならない。
 点滴がゆっくりと落ちている、管は自分の右腕に伸びていた、思い出した、輸血した。
 ハンナたちに影響はなかっただろうか、最後にDrエレナに聞いた気がするが思い出せない。
 確かめるのは恐ろしいが確かめずにはいられない、点滴を引き抜くとベッドを降りる、足がふらついて膝をついた。
 廊下に出て一般兵士用の病室を窓の影から除く、多くの兵士がベッドを埋めている。
 ハンナと輸血した二人が見当たらない、窓の死角となっている部分も確認しようと乗り出したところで、突然窓の向こうにステラの顔が現れた。
 「ステラ!?
 「フェ、イ、リィー!なにをこそこそ覗いてるの!寝てなきゃダメじゃない」
 「あっ・・・あの」
 「ふーんっ、リンダ!よろしくぅ!」
 「あいよっ」
 ガラッと引き戸を開けるとリンダが車椅子を持って現れ無理やりフェイリーを座らせる。
 「あっ」
 「文句は言わせないよ、フェイリー」
 車椅子を押すとハンナのベッドの前に付ける、ハンナは目覚めていた。
 「フェイリー、ありがとう、貴方のおかげで私は生きてるわ」
 「ああっ!」
 夢ではなかった、呪われた血でも死んでいない、無事でいてくれた。
 「異常はありませんか!?ハンナさん」
「嘘みたいに元気よ、もう午後からリハビリだって、Drエレナは休ませてくれないの」
 「私もよ、貴方の血が助けてくれた、ありがとうフェイリー」
 「こっちもだ、君の血が三人も助けたんだ、すまねぇ、無理させちまった、君は恩人だ」
 何事も無かったように笑う三人を見て鼻の奥がツンッとした。
 「そう!フェイリーは呪われてなんかいないよ、むしろ逆、貴方の周りには幸運が集う」
 「うううっ」
 忘れていた感情が固い泥を突き破ってくる。
 「いいんだよ、嬉しい時も、悲しい時も、泣きたい時は泣こうよ、私たちも一緒に泣いたげるよ」
 ステラの真っすぐな視線はチヒロと似てる、笑いながらもその目から涙が零れていた。
 「ああっ、あっ、あっ、あああー、わあーぁぁぁ」
 フェイリーが泣いた、声を上げて泣いた、失った感情の一つを取り戻した。
 「!!
 前屈みに泣き崩れるフェイリーの頭をハンナが胸に優しく抱きかかえた。
 
 「さすがにメイク台無しだよ、泣き止んだらまた気合いれてメイクしようね」


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