第39話 欺瞞

文字数 2,353文字

 「ブレスガンの秘密をダーラニーが知っていることはやがて敵側にも知られるだろう、敵がダーラニーに危害を加えようとする前に我々がブレスガン入手の欺瞞情報を流して敵を罠に嵌める」
 ニシ長官から勅命が下った。
 内閣情報調査室、軍警察、そして陸軍航空隊が作戦に参加する。

 「同時にマフィア・デッド・カドゥーナを壊滅する、奴らは敵国、ナジリス、タルシュ帝国に通じている、我が国の国民を奴隷のごとく売買し、ベータロイン事件の再来ともいえるMDMA、イブによる麻薬焦土作戦を再び仕掛けてきている」
 
 空気が震えている、ニシの怒りは普段の鷹揚さからは想像できない圧力を感じさせる。

 「戦争は所詮殺し合い、善も悪もない究極の犯罪だ、だが国は人であり、国は法だ、法を失えば国を失う、戦時下であればこそ国内の犯罪を絶対に許してはならない」
 「内腐化を許せば戦争するまでもなく国が滅ぶ、生きる努力を止む事は命を燃やし散っていった者たちに対する裏切りだ」
 
 夢幻抱影 life is short 短くとも悔いなく生きる 正しい生を信じて

 「愛する者、記憶と未来、覚醒を見た我々には守る責任がある」

 
 ラライダムに注ぐ本流ラライ川、その川幅百メートルを超える巨大な河川の上流には油田があり豊富な産出量はリーベン共和国のエネルギーを支えている。
 サガル神山南側の土地は多くの恩恵を受けて豊だ。

 あまりに巨大なサガル神山、それに連なる山脈群はリーベン側から見れば神の山であり、ナジリス側から見ると魔の山だった。

 そこから西へ伸びる林道の奥にノルマン自治区はあった、過去のベータロイン事件において住民は虐殺され今は誰も住んでいない。
 マフィア・ラドウの麻薬精製設備は全て撤去され、禁忌となった土地には慰霊碑が建立されてその魂を慰めている。
 その場所からさらに上流、かつて自治区専用に稼働していた小型水力発電所がある、今はバナマ運河に電力を供給していた。
 内閣情報調査室のセーフハウスはダム設備に溶け込むようにしてあった。
 周囲を深い針葉樹の巨木に囲まれ空からハウスを確認することは出来ない。

 翌日考古学者ジャックによりガンガラシバナの神殿跡より発見されたという遺物が105補給基地に持ち込まれた。
 警備にローレル大尉が同行している。
 油紙に包まれた銃状の物だ、あからさまに警備がジャックを囲み、リリィ少佐はどこだと基地内を練り歩いた。
 暫くしてブリィーフィングルームにリリィとローレルが集まると、一部のライダーが召集された。

 オウルゼロワン、フェイレル・レーゼ曹長と同班のカカポライダー、ステラ曹長、リンダ曹長だ。
 
 フェイレルは既に車椅子を降りて通常業務に戻っている、体重は戻らないが体調は悪くないようだ。
 「特別任務だ、この遺物をラライのセーフハウスまで君たちで運んでもらいたい」
 「それは何ですか?」
 ステラが手を上げた。
 「古代文明が残した武器だそうだ、当然今は動かない、単なる遺物でしかないが未知なる機構が隠されているかもしれない、軍研究部で預かることとなったがナジリス側も狙っているらしい、国内に諜報員が入っている情報を内調が掴んでいる」
 「それほどの価値がある物なのですか?」
 「ジャックさんの話では大量破壊兵器になり得る可能性があるということだ」
 「そんな小さな物に!」
 「この遺物そのものというより、その機構が問題なのだと思う、途中で爆発したりはしないから安心しろ」
 ステラとリンダは少し安心した様子だ、フェイレルは相変わらずの無表情。
 「ステラ、リンダ曹長が遺物を積んでもらう、片方はダミーだがそれは君たちにも教えられない、フェイリーはオウルで二人の護衛だ」
 「配達の途中で襲われる可能性があるのですか」
 フェイリルが手を上げた。
 「あくまで可能性だがゼロとは言えない、内調で疑いのある組織を追尾しているようだ」
 「配達ルートについて説明しよう」
 配られた一枚目の資料を捲ると、こう書いてあった。
 (盗聴の可能性あり、今から説明するルートは欺瞞である)
三人はリリィ少佐の目を見て頷く、基地内に内通者がいるのだ。

 リリィ少佐はセーフハウス自体とルート、クーリエ(配達)時間全てを欺瞞情報で話す。
 その間、配られた資料にのみ正式ルートが記されていた。
 最後に配られた資料は回収され、その場においてシュレッダーで刻まれた。

 フェイレルは知らない、この作戦はフェイレル自身の保護を第一目的にしている。
 ブレスガンの情報も、マフィア壊滅、敵性国家情報部の排除も本当のことだがブレスガンが国内に存在しない事はダーラニーにより明らかにされている、その事を知るのはニシ長官を始めとする生物学大学に集められた覚醒者のみだ。

 自身の保護のために多くの人が動き、危険を孕むとなればフェイリーが自暴自棄的な行動をとることは既にローレルが予想していた。
 命に無頓着であること以上に、理由があればフェイレルは銃弾の前に立つことを厭わない、泣くことを覚え、信じられる仲間を得てもそのことは変わっていないことを皆が理解している。
 魔呪術宗教による竜子のカニバリズム、人肉食儀式。
 信じられなかったが実際に販売組織があり金を出す者が存在して商売がなりたっている。

 リリィもステラ、リンダもフェイレルを前に怒りをかみ殺す、幼少に体験したのだろう残酷な惨劇、植え付けられた呪いの蔦は感情を縛りつけている。
 
 ブリィフィングルーム向かいのトイレ、個室の扉が会議前から閉まっていた。
 個室で震えながらイヤフォンから聞こえる声をメモに書き写している女はエダだ。
 その顔色は益々悪く、体重制限するまでもなく痩せている。

 「フェイリー・・・ごめんよ・・・ごめん」
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