第7話 ウニモグ

文字数 2,650文字

 「信じられない!これを登ったのか?」
 チヒロの前には洞窟の壁のような急坂、斜度四十五度はある。
 一般の四輪車が登れる斜度ではない、キャタピラ戦車の最大登坂斜度は三十度前後、その前に大きすぎて洞窟の中では直ぐにつっかえる。
 通常の対空戦車なら更に登坂能力は低くなる。
 だが、現実に全副二メートルの二本の轍が坂を登っている。
 
 「キャタピラじゃない、タイヤだ、トラックなのか?」
 ナジリス軍は高射機関銃を車載出来るトラックを用いて、サガル神山の地底に広がる迷宮を通りこちら側に進出してきたのだ。
 多目的動力装置、ウニモグと呼ばれる高機動運搬車、前進24段、後進18段、最大登坂斜度は45°を楽々登る。

 「この迷宮をどうやって正確に進んできたんだ、地図を作ったのか?」
 直線でも数百キロに及ぶ距離がある、迷宮は上下左右複雑に入り組み全てを網羅するには永久に不可能に思えた。
 数百年前までは冒険者と呼ばれる者たちの中にマップメーカー専門の者が調査発掘を担っていたようだが、その記録は既に失われている。
 
 チヒロの額に冷や汗が伝う。
 「何台搬入されているんだ・・・」
 これまでの被害から想定していた高射機関銃は2門一台、分解して運搬し現地で組み立て運用していると考えていた。
 それが高射機関銃を積載したまま自由に移動できるとしたらカカポ隊どころか航空機の損害も考えられる脅威となる、ラライダム主流となるこの沢を敵に押さえられてしまえば我が国は水源の一つを失うことになるばかりか、迷宮を搬出通路として整備されてしまえば資源開発を許したも同然だ。

 「何台あっても出口が無きゃ役にはたたないだろ」
 チヒロは役目は出口を探しだし目印を設置すること、航空爆撃で迷宮の出口を吹き飛ばす。
 山岳で敵と遭遇すれば孤立無援、手持ちの武器は小銃と拳銃のみ、逃げる足には自信がある。
 「やるしかない、リリィ少佐たちの討伐作戦は2日後、間に合うか!?
 暗い洞窟の奥を見つめる、ニヤリと不敵に笑う。
 「兄貴なら間違いなくやる、頼むぜ、ラッキーガール!」
 左手の時計にキスするとの渓谷に向けて走り出した。

 第105補給基地に配置されているカカポ機(乗用垂直離着陸型ドローン)は2機編隊、10小隊、20機、ライダーは全員女性である。
 最大積載量150kgは搭乗者の体重を含む、搭乗者の体重制限を45kgとしている理由。
 一回につき100キロ前後の武装や食料をつんで10か所の前線基地に物資を運ぶ。

 シャトー・レゾリューへの補給が途絶えて4日、狙撃用弾丸の底が見え始めていた、補給基地との分断に成功した敵は囮歩兵による威嚇を繰り返し、消耗戦を有利に運んでいる。
 前線から補給要請がひっきりなしに入電する、レゾリューでの敵攻勢に呼応するように各沢の前線においても敵の活動が活発化して物資の消耗が激しさを増している。
 とりわけレゾリューの要請は逼迫し緊急を要している。
 リリィ少佐不在の今、隊の全権はローレル・エゾ少尉に一任されている。
 非番も含めて出撃可能な全ライダー7名がブリィーフィングルームに集められた。
 正面の作戦ボードには赤石沢渓谷とレゾリュー基地の平面図が張られている。
 
 「各員、傾注!」
 全員が起立してローレルに注目する、全員が何が起こっているかは把握している、高射機関銃の存在、二名戦死、一名重症、発足以来の危険任務に挑まなければならない。
 ローレル少尉の表情が厳しい、いつもの温和な雰囲気がない。
 「みなさんご存知のとおり今月に入り、赤石沢に敵ナジリス軍の高射機銃が確認され二名が殉職し、昨日一名が落とされています、補給を断たれたレゾリュー前線基地は弾薬が尽きかけた状態にあり、一刻も早く弾丸の補充を行う必要に迫られています」
 「そこで・・・今回緊急案件としてカカポ機三機による弾丸の補充を決行します、ライダーは私とあと二名、志願を募ります」
 バッ
 全員が手を上げた、元より全員出撃を覚悟してスーツ、ヘルメットも持参している。
 ステラが声を上げる。
 「副長!自分に行かせてください、レゾリュー基地は自分たちの担当です、外れる訳にはいきません」
 「了承します、ステラ曹長」
 ステラの顔にも緊張の色は隠せない、固い表情のまま挙手を降ろす。
 「あと一名は・・・」
 ローレルが見渡す中で目を伏せるものと、目を合わせるものと分かれる。
 挙手はしているが危険な任務に就きたくないのは当然だ、三番目に堕とされたのはコーンスネークのフェイリー・レーゼ曹長、無表情で気味の悪い隊では浮いた存在だが飛行技術は隊員の中ではエースといっていい。
 エースのフェイでさえ撃墜されたとなれば二の足を踏むのも理解できる。
 そんな中でもローレルの視線を毅然と受け止める者が数名いた。
 殉職したライダーのパートナーたちだ。
 「副長、私も赤石沢渓谷の飛行経験があります、私にやらせてください」
 最後の一人はリンダ・ハミルトン曹長、殉職したエレナ・ハミルトン曹長の妹だ。
 「了承します、最後の一人はリンダ曹長にお願いします」
 「待ってください」
 チェア外から声をかける者がいた、召集メンバーではないライダー、フェイレルだ。
 「フェイレル曹長、あなたは召集されていないわ」
 「分かっています、ですが副長まで指令室を空けるのは他基地の補給に損害を出すことになるのではないでしょうか」
 「何が言いたいのですか、フェイレル曹長」
 ローレルはフェイが姿を現した時点でフェイの目的は分かっていた。
 「私が一番の適役です、機を貸していただければ私が三往復します」
 ブリィーフィング・ルームに抑揚も感情もない声が静かな機械音のように響く。
 ザワッ 
 さすがに召集されたライダーたちが色めき立つ。
 「ちょっと、フェイ曹長、あなた私たちを馬鹿にし過ぎよ!」
 「そうよ、だいたい一人で三往復なんて無理に決まっているわ」
 「撃墜されたのに何を言ってるの」
 非難轟々。
 ステラだけがしかめっ面の顔を片手で覆った。
 (アチャー、またまたやってくれるよ)
 「フェイレル曹長、その案は却下します、貴方は怪我のため静養を命じられています、自室に戻りなさい」
 「・・・」
 能面のように顔に変化はない、フェイレルは動かない。
 「フェイ曹長!」
 さすがにローレル少尉の声が強くなる。

 それでもコーンスネークは眉一つ、白金の髪一筋も揺らさない、その視線の先は何処を見ているのか隊員たちには掴めなかった。


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