第16話 ラッキーガール

文字数 2,481文字

ナジリス帝国多目的車両ウニモグ、45度以上の登坂能力を有する、前輪が地面を捉えさえすれば運転席からは空しか見えない斜面でも登り切る。
 迷路のような洞窟の中を自在に動き回る。
 フェイリルたちに銃撃を加えたのは、荷台に20mm砲を搭載したウニモグ-ケーリアンと呼ばれる対空戦闘車、サガル神山の北側に位置するナジリスより洞窟を移動して南側のレゾリュー山岳基地まで到達した。
 戦闘車の搭乗員はドライバー、ナビゲーター、射手、高射砲操舵員の四名で構成されている。
 指揮を取るのはナビゲーターのゲイル少尉、迷宮の探索を始めてから早五年になる。
 ナジリス国内にある神社より発見された古文書、およそ五百年前に作成されたと推察されるものだ。
 それはサガル神山の迷宮の地図、今は死に絶えた魔族と呼ばれる種族が栄えたとされる時代に描かれた遺物。
 軍部に神官より情報提供された時には、まともに相手にするものなどいなかった文書の有用性に気づいたのがゲイル少尉たち一部の若手将校だった。
 断片が描かれた紙はパズルの様であったが、それぞれの縮尺が曖昧で組み合わせ全体像を導き出すために現場にのこされてた記号と暗号のような文書を一枚一枚検証して繋ぎ合わせた。
 最初は徒歩で、次にトライアルバイクを使用して総数数千キロに及ぶ迷路の地図を五年の歳月をかけて描き起こしたのだ。
 最初は予算を渋っていた軍も、敵国リーベン共和国領へ繋がる迷路ルートを発見してからはその桁が変わった、人員は師団規模に増員され一気に全容解明が加速した。
 サガル神山の迷宮を制覇したとき資源豊富な山脈南側の開発に指が掛かったのだ。
 なにもリーベン共和国を征服する必要はない、莫大な国力と国民の命を犠牲にして正面から何年かかるか分からない大規模な作戦を展開する必要はない、サガル神山と周辺にある資源豊富な土地を押さえればよい。
 まずは山脈南の前線基地が目標だ、山岳歩兵部隊と空軍による高高度ロケット攻撃に合わせてゲイル少尉提案によるウニモグ部隊による戦線と補給の分断。
 迷宮のマップが完成した時、この作戦は成功したも同然だった。 
 「少尉、昨日の黒いムササビ、あれは何だったのでしょうか?」
 射手ユーリの顔が暗い、まんまとレゾリュー基地に補給隊を一機も撃墜することなく送ってしまった、電撃的にレゾリュー基地を陥落させる作戦は頓挫した。
 「分からん、的が小さすぎだ、お前の責任じゃない」
 小型VTOLによる物資配達も予想外だった、
 「仕方がない、本来なら四台の高射砲を投入として攻撃を開始するはずが他の車両がことごとくUMA(未確認生物)に襲われて破損するとはついていない」
 「それに原因不明の体調不良、脱落者が多すぎます」
 「高所による低酸素、洞窟内に長時間止まることによるビタミン欠乏症、考えられる原因はいくらもあるが・・・」
 ナジリス迷宮部隊に続く不運は、部隊内に疑心と不安を蔓延させる。
 十年前の麻薬戦争、神獣と呼ばれるケツァルを使った麻薬ベータロインを使った侵略作戦、気高いナジリス帝国に犯罪行為の泥を塗った不名誉な失敗、首謀者は捕らわれ裁判のうえで死刑となった。
 「一部の隊員にはケツァルの呪いだという者までいる始末」
 「化け物じみた巨大ミミズか蛇か、あんな化け物まで出てきては無理もない」
 「早く外に拠点を築かなければならない、人的、物的補給が必要だ」
 攻めるナジリス部隊も余裕はない、ケーリアン対空戦車の実働は一台のみ、これを失えば洞窟の防衛を失う可能性がある。
 「今はいったん引いて体制を整えなければ・・・」
 ゲイリー少佐は暗闇の中継基地までケーリアンをバックさせた。

 洞窟の出口上壁面に派手なピンクの発煙筒を設置していく、航空機によるピンポイント爆撃の攻撃目標。
 フェイリルと別れた洞窟からレゾリュー基地まで約十キロの区間を探索しながら一つずつ発煙筒を設置していく、中には小さすぎて対空戦車が出入り出来ない穴は無視する。
 狙いは対空戦車の封じ込めだ。 
 リーベン国では迷宮は神聖であり禁忌な場所、その奥は地獄であり天界、神と悪魔が住まう山。 
 過去に迷路探索を挑戦した冒険者は数多くいた、その多くが戻ることはなかった、たとへ戻ったとしても半死半生、薬物中毒の症状を発症しその後の人生を棒にふるものもいた。 
 昼間は洞窟内に潜み、夜間暗がりに乗じて発煙筒を設置する。
 二日目の夕方、ガンガラシバナの平場でみた怪物、それに空から降ってきた黒い人形、あれはフェイリルだったに違いない。
 あの後レゾリュー基地の方角から高射砲と銃撃音が暫く続いていた。
 カカポ隊の強襲物資支援が行われたのだろう。
 あの狂気じみた飛行が作戦行動の一つとは考えられない、リリィ少佐もローレル少尉もあんな無茶な命令を発令するはずがない。
 フェイレル独自の行動なのだろう。
 「無事だろうか?」
 直ぐにでも無線を使用して確認したい、しかし傍受されれば航空攻撃を感付かれかねない、航空隊やカカポ隊に更なる損害や死傷者が出かねない。
 そんなことは誰も望まない。
 あの羽根とは呼べない僅かな膜で五百メートル以上の崖から飛び、滑空してまで向かった先は何処なのか。
 落ちていったのではなく、飛び去っていったのだ。 
 「無事でいてくれよ、ラッキーガール」
 時計にキスする。
 作戦開始まであと二十時間、残された行程は半分、地図に発煙筒位置を記していく。 
設置後の段取りは、目標設定の完了報告をリリィ少佐に入れる、少佐の発令で航空爆撃作戦発動、レゾリュー基地から狙撃兵を連れて発煙筒を射撃、発火させる。
 そこをリオ大佐先いる航空隊が爆撃、洞窟の出入り口を爆破する。
 反撃の時間を与えずに出入り口を崩す。
 重機でも無い限り人力では戦闘車の出入り口を整備するのは難しくなる。

 その上でカカポ隊を囮に対空戦闘車を引っ張り出せれば震電の30mmが狙い撃つ。

 「この山は手を出してはいけない場所だ、教えてやるぜ」 
  
 暗い森の斜面を音もなくチヒロは移動していく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み