第9話 ギャル

文字数 1,520文字

 昼休みには昼休みで、柏木さんが急に話しかけてきた。柏木さんは普段僕のような陰キャのことは完全に無視するタイプのオタクに厳しいギャルだった。
「木之崎と何話してたの?」当然、僕のことなんてこれっぽっちも興味がない。
「木之崎君はこの先、彼女待ちの列が100年分並んでるって!」
 探り入れに来てんじゃねぇぞ。ミニスカートで足組みするくせに意気地のねえ女だな!
「は? ふざけんな! このキモオタ野郎! せっかくあーしが話しかけてやってるってのに」
 カースト上位のこのあーしが、ってわけさ。ぎりぎり大人になり切れてない女ってのはおぞましいな。
「なんか、柴の恋愛相談に乗ってあげてたっぽいよ」と、これはサバサバ系上位ランカーの谷中さんだった。
「は? 男同士で恋愛相談とかキモいんだけど」
 100回生まれ変わってもこいつとは人生関わりたくない。
「柴に彼女とか一生むりでしょ、女から見たらリスクしかないじゃん。女性慣れしてないのは明らかだし、ワンチャンスで人生逆転とか考えてる奴って、ほとんどストーカー予備軍みたいなもんだろ」
「谷中さんは、彼氏と週末都合が合わないときって何してますか?」
「おい、無視すんな!」
「うち? うちは推し活だね、ラブゾンビィって知ってる?」
「すみません、知りません」「おーい」
「いいよいいよ。めっちゃアングラなインディーズバンドだし」「おーい」
「僕、推しキャラがこないだ絶命してしまいまして……」
「は? なにそれ最低。推す前にちゃんと運営選んだ方がいいよ、いろいろと有限でしょ、うちら」
「いやいや、推せるときに推せとも言うし。推し切ったら好きな人できたから」
「あーしにも聞けって! あーしね、彼と会えなかったら女子会!」
「あんた、女子会ってほど人望ないでしょ、何言ってんの。毎回犠牲になってるのうちだけっしょ?」
「犠牲ってゆうな! 友情だろ!」
「はいはい、友達ともだち」「助けてハルト、ネネちが苛める!」
 急にハルト呼びである。
「ネネち、許してあげて」「おまえはいきなり友達面すんな」
 しかしネネちは僕の本当に欲しい言葉を見抜いたのか知らないけれど、最後に。
「頑張れよハルト」と言って去っていった。
 オタクに優しいギャルはいなくても、同士に優しいギャルは存在するらしい。

 僕はついうっかり『リオンさんは恋人がいますか?』とスマホに送信してしまった。すぐに後悔した、なんてことしたんだ僕は。調子に乗ったんだ。クラスのイケメンとふざけ合って、自分が彼らと同じ目線に立てると勘違いした。カースト上位のギャルに応援されて舞い上がったんだ。
 いつまで経っても返信はない。追伸でごめんなさいも言えなかった。
 学生のタイムラインに合わせなくてよい、そういう気取った態度を取っておいて、学生のノリを強要してしまった。
 スマホは沈黙したまま。おちゃらけて水に流してもくれない、彼女はそういうキャラじゃないだろ、そもそもこちらの真意はなんだったんだ、自分でも分からないんだから相手はもっと混乱するに違いない、混乱して、さみしい気持ちにさせるかもしれない。わざわざ時間をかけて会いに来てくれる素敵な女性と、お気に入りの店で、お気に入り音楽で、楽しい会話と、美味しい食事、不満? 確約がないと、不安? 俺のモンだって、言えなきゃダメなのか? こんなことするくらいなら、いきなり告白したほうがましだった!
『私、これまでの半生を、一瞬たりとも気を抜かずに真剣に生きて来たなんて言えない』
 自分の血の気が引く音を初めて聞いた。
『あなたは私と向き合わなくちゃいけないから、遊んじゃだめなんて言えない』
 7才年上ってことは、そういうことだろ! 柴ハルトの馬鹿野郎!
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