第2話 邂逅

文字数 1,095文字

『れんげ』さんの住む街まで、秋葉原で一度乗り換えるだけだったけれど、きっちり一時間かかった。電車内から車窓を見ていると、見知らぬ女性に会いに行くことが自分の中でどういう意味合いを持つ行為なのか、はっきりと落とし込めなくて、ふわふわとした気分になった。少ないお小遣いでそろえた服は上下とも量販店のものだった。精一杯の清潔感を印象付けてくれるだろうか? 心配する要素は色々とあったが、僕たちはキャラクターによって繋がっている。その実感と、レディーのキャラクター性こそが勇気だった。
 駅を降りて人の波に逆らわずに信号を二つ渡り、ハンバーガーショップの角を曲がった。昼からホコ天になるはずの通りにトラックが止まっていた。小さなビルの二階の、小さなカフェに着いた。入り口が中の見えないパネルドアで、アンティーク調の雰囲気づくりがすでにそこから始まっていた。
 店内はテーブルもチェアーも細いシルエットで統一されていた。テーブルごとのペンダントライト、世界観を把握できないけど調和のとれたリトグラフ、隅にすっぽりと収まる三角柱の形の書棚、調味料や紙ナプキンの置かれたキャビネット、空気には香ばしく淹れたてのコーヒーの臭い。
 外を見下ろせる、店の端に据えられた二人掛けの席に『れんげ』さんは座っていた。テーブルには目印の月間『ヤングホーネット』が置かれていた。しかし、メールで知らせされたその目印よりも、彼女にはもっと極端な特徴があった。彼女はツーピースのフォーマルな喪服を着ていた。
 『れんげ』さんは入り口の方向を気にしていて、少し離れた位置から僕たちの目線はぴったり合った。
 『れんげ』さんは立ち上がって僕を迎えてくれた。
「あの、僕は……」
「あっ」と、声を上げて『れんげ』さんは手のひらで示して、向かいの席に僕を招いた。
「あの……」
「はい」
「始めまして、僕は……」
 『れんげ』さんは『ヤングホーネット』を両手で持った。
「あなたに会えてうれしいです」と。
「僕も!」声が裏返った。
「僕もうれしいです」
「はい」
 もう感動で、のどがつぶれそうだった。
 彼女は顎のラインがシャープで首が長く、ショートボブがとてもよく似合う女性だった。襟足からチラリと見える耳たぶに一粒のイヤリングが光った。僕は失礼にならないよう、嫌われないよう、視線をあまり動かさないように努めた。それでもうっかり胸元のブローチを見てしまった。
「学生さん?」
「高2です」
「若い」
 でも、
「良い作品に、年齢なんて、ね」
 『れんげ』さんは少し鼻をすすった。
 僕は彼女の右手の人差し指に触れた。
 彼女は僕の手の平の上にそっと右手を乗せてきてくれた。

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