第5話 バイトとして

文字数 1,089文字

 妹さんは自分のことをセラと名乗り、姉のことを姉さんと呼んだり、リオンと呼んだりした。
「リオンはあんまりストレスに強くなくってさ、気を張って気を張って。ゆるんだ週末に熱を出したりするんだ。分かってやってほしい」でも、まあ、しかし。
「あたし、姉さんからバイト代もらって来てるんだよ。すごいね、どうやって年齢差超えたの? 姉さんそんなにおしゃべりってほどじゃないし、仕事の関係?」
「趣味つながりです」「?」
「乙女系なん?」「乙女系って」
「リオンの趣味って、ほとんど恋愛ものでしょ? 映画にしたって、小説にしたって」
 これはいいことを聞いた。
「嫌いな番組がたっくさんあるんだよリオン。アクションはだめ、ホラーはだめ、バラエティーもだめって。休日にドキュメンタリー見て何が楽しんだろうね、勉強じゃんって」
 ニヤニヤが止まらない。詳しく、詳しく。
「ちなみにあたしはバラエティーめっちゃ好き」
 あ、興味ないっす。
「この後カラオケ行かない?」「え?」
「めっちゃ嫌そう」「そんなことないですよ、付き合います」
 手前のスマホにリオンさんから遅いリプライがあった。『仲良くしてあげて』

 縦長の狭い入口のビルに入り、小さなエレベーターで受付のある3Fに降りた。ポスターだの、料金表だのの表示でごちゃついた受付カウンターで、セラはメンバーズカードを出して受付を済ませた。ワンドリンク制ということだったので、僕はウーロン茶を、セラはコーラを頼んだ。部屋番号を確認してから、一度トイレに行くために分かれた。
 白黒のタイル貼りのトイレで手を洗い、自分の顔を鏡で見ながら一息つくと、思いのほか疲労感を抱えていることに気づいた。セラは自分に自信があるのか、他人への警戒心が薄いのか、パーソナルスペースがなかり狭かった。何を言うにも遠慮がなく、真正面から飾り気がない言葉をぶつけてきた。あまり周りに似たようなタイプのいない女性だった。
 部屋に着くと、セラはもうすでに歌い始めていて、カラオケマシンの画面に一番近いソファーを陣取ってマイクを両手に声を張り上げていた。その曲を僕は聴いたことがなかったが、ブラックミュージックの影響を多分に受けている邦楽で、複雑な音階をしていた、それをセラは丁寧に拾い上げる。彼女は若干ハスキーな声で、変態的なシャウトをなんの労力も感じさせずに繰り出した。
 僕はセラの向かいに座ってデンモクで目当ての曲を検索した。セラの歌声にリアクションを送る必要はなさそうだった。彼女は完全に自分の世界に浸っていた。
「ごめん、あたし間違えて君のウーロン茶飲んじゃった、コーラと交換して」
 僕は頷いた。
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