第11話 ファッション

文字数 1,102文字

 リオンさんは待ち合わせに来なかった。そりゃそうだ、なんせ返信すらなかった。僕の精一杯のファッション、テーラードジャケットに黒いテーパードパンツは冷たい風に対しては防御力が足りな過ぎて、歯の根がガチガチと鳴った。せめて日向で待っていたかったが、絶対にすれ違いたくなかった。いますれ違ったら1%の幸せな未来が崩れてしまいそうだった。1%もあるのかどうかは分からなかったが……
 木も草も見えないビル街の裏手にツワブキの花が小さく黄色に咲いていて、それだけが視界に入る温もりだった。地下鉄の入り口からは人並みとともに不気味な風が吹いてくる。ピコピコと鳴る横断歩道の誘導音すら、異郷の響きを伴い、すれ違う車のエンジン音は暴力以外のなにものでもなかった。
 自由恋愛の陥穽は恋愛をしない自由を内包することだ。恋愛をしないことで少子化が進み、社会が崩壊するならば、それは社会の在り方が自由恋愛を許容できていないことを意味する。恋愛をしない生き方もあるし、できない人間もいる。したくても不適合な人間もいる。恋愛をしたくても不適合な人間…… 僕の事だ!
「僕はゾンビだ、ゾンビなんだ」
 そんな独り言を、リオンさんが拾い上げた。
「ホラー映画を見る気なら、私帰っていい?」
 ほんの10分の遅刻だった。

 僕の頭はリオンさんの存在を肥大化し続けたから、いざ直線だらけの街の光景の中に立つ彼女と対面したら、拍子抜けするくらい小さかった。小さくとも、彼女を構成するすべての要素が輝いて見えた。待ち人が現れた、それだけで感謝と感激でなにも言葉が出なかった。しかし、見た感じ彼女は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。その上、これから映画館デートをする女性のスタイルに見えなかった。薄いピンク色のマスクの上の目、それは最小限の化粧に抑えられていて、耳たぶにいつもしているピアスがなかった。なにより厚手でボアボアの白いベンチコート着ていた。暖かそうではあった。でも絶対に邪魔になるやつだ。
「映画館やめて、ボルダリングジムに行きたいんだけど、良い?」
 え? なんで? ちょっと待って、準備もあるし。連絡もなかったじゃん、僕は運動神経悪いって言ってあるはずだし、行動が突発的すぎやしないか、でももう行く気なんでしょ? 曲げないでしょ、それ、絶対に曲げる気ないでしょ。でも、ああ、ダメだ。そばにいれるだけでうれしすぎる。僕はワンちゃんすぎる。レディー! 助けてくれ、レディー・ギャラガー!
「平気だよ。リアンさんの新しい一面が知れると思うと楽しみだ」
 寒すぎて歯がガチガチなった。
 これじゃあワンちゃんのままじゃないのか、レディー! 寒くて頭が働かない!
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