第8話 イケメン

文字数 1,295文字

 だが、僕はすぐに不安になった。再来週、再来週。じゃあ今週末をどう過ごせばよいのだろう、もう僕はダメだ、おかしくなっちまった。目をつむれば、リオンさん、リオンさん。ベンゼン環なんて知るもんか、ナフタレン、トルエン、フェノール、キシレン、リオン、リオン、いかれてる、僕のポンコツの頭は。ポンコツ脳のせいで自律神経はしっちゃかめっちゃかで、胃も腸も悲鳴を上げちまう。びりびり下腹部が拒否反応を示していようが、お構いなくポンコツ脳はあの耳たぶを、あの首筋を、あの笑い声を! お腹が痛い、勘弁してくれ。

 僕は移動教室の化学の授業で隣り合った木之崎君に相談してみた。木之崎君はバスケ部のイケメンで、勝手に僕の中で女性経験が豊富なイメージがあった。一度だけ、上級生から告白されているシーンに出くわしたことがあった。ねえねえ、木之崎君、僕は今ちょっと恋をしているんだけれども、相手が7才年上の社会人で、スケジュールを合わせるのに苦労しています、今度映画を見に行くことになった、でも再来週まで会えなくなって、僕は飼い犬みたいにマテを命じられているような気分で、今週末どんな気分でわんわん、わんわん。さみしいワン。なんて言えるはずもなく。
「木之崎君さ、彼女と予定が合わなかった週末って何してる?」ええかっこしい僕がいた。
 木之崎君は普段あまり積極的にコミュニケーションを取ったりしない、オタクっぽい陰キャ(僕のことだ)から、急に懐に潜り込まれて至近距離から繰り出されたパンチに戸惑っている様子だった。真意とか探らなくていいぞ木之崎。
「おれ、週末はバスケの練習が入ってることが多くって、彼女の方が合わせてくれるんだ。っていうか、合わせてくれる彼女じゃないと続かないから、基本的にガチでアオハルやってる子は断ってる」
 は? え、まって、ナニこの回答……。
 僕が戸惑っていると、脇から香月君が割り込んで来た。
「ちっげーよ木之崎ちゃん。ハルトが言いてえのは、ムラムラしてんのに女の都合がつかなった時は、どう処理してんのかってこったろ? ハルト、そういう時は格好つけんじゃねえぞ、別の女に手を出しちまえ。やきもきして縮こまってたって逆にモテねえんだよ。追いかけられる男になれ!」
「おれ、そういうの誠実じゃないと思う」
「出たよイケメン発言。ハルトや俺なんかはゲスに立ち回んなきゃダメなんだって。男が誠実になったって、女は絶対誠実に対応してくれないじゃん」
 いや、ちょっと待てって。こいつら、モテなきゃ死んじゃうゲームでもしてるのか?
「ふーん、ま、まあ、マネできないかもだけど、参考になるよ」
「彼女できたんだ」
「まだ、だけど……」
 急にめちゃくちゃ白けた空気になった。
「ま、始めはうまくいかねぇもんだぜ」
「うん、あまり期待しない方がいいよ」
 そこは応援してくれよ! 本気で同情してんじゃねぇよ! 使えねえ! イケメン使えねえわ!
 でも初手で結論が出てしまった。時間に余裕がある方が合わせてあげるのが正解、つまり僕が本当の愛犬になれるかどうかの試練。そしてそんな正論なんてどうでもよく……
 僕は誰かに応援してほしかったんだ。
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