第6話  蘇芳

文字数 1,246文字

由瑞と史有と蘇芳は小夜子の病院に着いた。

車から降りると二人はきょろきょろと辺りを見回す。
何を探しているのと聞くと、二人揃って鴉と答えた。
意味が分からないと蘇芳は思った。

病院の入り口で融が待っていた。
融は蘇芳を見る。一瞬で何かを掴む。
由瑞はその表情をじっと伺う。

「初めまして。赤津です。遠い所を有り難う御座います」
そう言って彼は微笑んだ。

蘇芳は雷に打たれた様に感じた。
そのまま彼の顔をじっと見る。

何も読み取ることは出来なかった。感覚が混乱しているのかしら?
珍しい。こんな事は初めだ。
心臓の鼓動が頭にまで響く感じ。
『高まる胸の鼓動』とはこれの事かと思う。

彼が何を考えているか知りたい。・・・ああ。それよりも。
何て優しく笑うのだろう。
蘇芳はそう思った。
とても素敵な人だわ。こんな人がいるなんて・・・。
お願いだからその笑顔をもう一度見せて欲しい。

蘇芳は融に恋をした。正に一目惚れだった。

茶色に煙った瞳が不思議な光を放つ。綺麗な目だと融は思った。
蘇芳は遠慮も忘れて彼を見詰める。
由瑞はもう放って置いた。

たっぷり融を見詰めた後で極上の笑みを浮かべて蘇芳は言った。
「佐伯蘇芳です。初めまして。弟達がお世話になっております」


病室に案内された。今日は薄羽様とやらはいないらしい。
蘇芳は病室に入ると同時に目の前の女性に目が釘付けになった。
「これが小夜子です」
融が言った。

蘇芳は小夜子の傍に寄る。
小夜子の白い顔を覗き込む。
由瑞は入り口近くで壁に寄り掛かって様子を見ている。
「どうぞ」
融が椅子を薦める。蘇芳は「有り難う御座います」と言って座る。
彼は蘇芳の後ろに立って小夜子を眺める。
目を閉じているせいか、この女性の情報は入って来ない。
だが、蘇芳が感じるのはパワーだ。この女性は強い霊力を持っている。
この女性も霊能力者なのだ。

じっと小夜子を見詰める事、数分間。
「小夜子さんに触れても構いませんか?」
「どうぞ」
融が答えた。
蘇芳はそっと小夜子の手を取る。小夜子の手首に革紐が付いていた。
革紐には紫色の小さな勾玉が付いている。
紫瑪瑙だ。
蘇芳はそれを見た。石に触れる事はしなかった。
小夜子の手を取って目を閉じた。


白い指先から腕に。そして・・
精神を集中して何かを探す。白い肌・・毛細血管・・張り巡らされた血管、そして神経。末梢神経から中枢神経に・・・小夜子の中へ中へ・・と思った瞬間、突然足元の床が消えた。
足の下には深く限りない闇が広がっていた。
「えっ?」
蘇芳は慌てる。
「落ちる!?」
まるで真っ暗な宇宙空間を落下するみたいに突然蘇芳の体が揺れた。
「きゃあ」

その時である。誰かが蘇芳の手を掴んだ。
細くて強い指。
蘇芳は目を開けて椅子ごとひっくり返った。
「危ない」
後ろにいた融は蘇芳を受け止める。由瑞は慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
蘇芳は融に支えられて立ち上がる。そして掴まれた手首を擦った。

「手が動いた」
融が小夜子を見詰めてそう言った。
「今、姉さんの手を小夜子さんの手が掴んだ」
小夜子の向こう側にいる史有が茫然としてそう言った。





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