第18話  由瑞と融Ⅱ

文字数 2,444文字

融は目を細めて由瑞を見た。

「・・・駄目ですよ。佐伯さん。書いてあることを守らないと。立ち入り禁止になっていたでしょう?」
融はそう言った。
「千根のお婆です。お婆が言っていました。いけめんの殿御が二人も来て、久々に体が疼いたって(笑)・・・人ですよ。妖怪じゃない。勿論。生きてます。あの村に住んでいます」

そうですか。由瑞は呟く。
由瑞はもう笑っていなかった。


赤津さん。あの大きな鴉は何ですか?
あの巨大な怪鳥は。
以前、小夜子さんの病院で見掛けました。
あれの方がちょっと小さい。
もっと大きいのをあの奥の院で見ました。あれ、同じやつですか?
大量の鴉を従えていましたよ。
あれ?本当に鴉ですか?


鴉ね。あの辺りに棲んでいます。・・・・まあ、そうですねえ・・・小夜子のペットだと思ってください。

ペット?
そうです。

もしかして、あの大きな犬も?
ああ。そうです。あれもペット。
・・・

あの場所は?あの池、水が赤く変わったのですが・・・まるで血を流した様に。

・・光線の具合でしょうね。
大昔、あの池は「血根の池」と言われていたらしい。その・・時々そうやって水が赤く見えるから。まるで水に血が混じった様に見える。
「血根」が「千根」に変化したのでしょうね。
そこに「遠」の文字を付け加えたのは、何処からか来た僧侶だという事です。
僧侶はその場所に寺を建てたそうです。
本地垂迹。
神様は仏や菩薩の仮の姿だと。
だが、遠い昔に寺の方は廃寺になったみたいで・・・・神社だけが残ったみたいです。

「赤津さん・・・あの池には何か棲んでいるのですか?」

あの場所は湧き水と山の伏流水なので魚は居ないと思いますよ。・・・魚、上がって来ませんよ。

いや、魚ではなく。

さあ。分かりません。何もいないと思いますよ。


もうひとつ聞いていいですか?あの池の中央にある社。あの社は本当は何色をしているのですか?白ですか?俺が見た時は黒だった。黒い鳥居と黒い社だった。日によって色が変わるのですか?・・・そんな馬鹿な話は無いですよね。


融は由瑞を見た。
由瑞はその視線を見返す。

何かを見通す様な視線。蘇芳と似ている。
だが、彼が見ているモノは蘇芳とは違う。
それはものの『念」とでも言ったら良いだろうか。形を持たない、何らかの意識。
魂とか霊魂とかそんなモノ。
それは一体どんな風に見えるのだろうか。

彼には独特の雰囲気がある。
理知的で整った顔立ち。
甘くて優しい笑顔。
蘇芳はそれに一目惚れをした。
誠実さと温かさと落ち着き。
だが、それだけではない。

一筋縄では行かない。
奥に秘めた強さと逞しさ。
そして影。その影はきっと深いのだろう。
それを彼は誰とも共有していない。
共有できる唯一の女性(ひと)は6年間も眠ったままだ。
それは孤独で厳しい事だろう。
だから強いと感じるのだろうか。
一筋縄ではいかないと。

融は視線を転じた。窓の外をじっと見る。
そして諦めた様にため息を付いた。

「佐伯さん。まあ、小夜子がお世話になるので、色々とあなた方に知られてしまう事も有るし、話をして置かなければならない事もある。・・・・口外は無しにお願いします。勿論御家族にも。」
由瑞は頷く。


あれは奥の院です。特別な場所です。
あれは表にある『遠千根宮』の社と違います。

誰もあの場所には行きません。
お婆とお爺と赤津の人間だけです。赤津は今は俺だけです。
村の人達も絶対に入らない。
あそこは神聖でまた・・・何と言うか恐ろしい場所です。
神域そのものです。

あなた達だから、あの場もあなた達に感応したのかも知れない。・・・あなた達は・・いいですか?裏側からあの池に行ったのです。あれはあの池の裏側です。あそこは強力な霊場です。
だから立ち入り禁止とあるのに・・・。
南側のあの道、あの場所から行けば何でもない。普通の池です。日の当たるこちら側では社は白です。だが、影の部分である裏側から見れば、それは黒に見える。

今回は小夜子の名前が出たので大目に見たと御婆が言っていました。2度目は無いと。
2度とあの場所に入り込む事はしないでください。

あなた達は神域に土足で踏み込んだ。あの場所からあなた達に何かが憑いて来たとしても、それ位で済むなら有難いと思ってください。


由瑞はふと自分の両肩を見た。

「何か憑いていますか?あなたなら見えるでしょう?」
融はじっと由瑞の肩の辺りを見る。視線を逸らせて由瑞の後ろを見る。
そして部屋の中を見回す。
蘇芳に似た視線。
「いや、ここにはもういない。人混みに紛れた様だ」
彼はそう言った。
由瑞はホッとした。


「・・・本当に申し訳有りませんでした。そんな重要な場所だとは考えもせずに・・・。考えが足りませんでした。2度と行きません。頼まれても行きません。・・・ところで、あの社は何を祀っているのですか?表の神社の祭神は千根龍神と瀬織津比売でしたね。瀬織津比売は川の神様だ。祓戸四神の一柱。・・・あそこはそれと同じなんですか?」

「・・・それは俺の口からは言えない。小夜子が目覚めたら小夜子に聞いてくれ」

「小夜子さんはあの場所も管理しているのですね。・・・裏も表も」

「管理?・・・管理ねえ・・・まあそれも小夜子に聞いてください。」
「繰り返します。あの場所に関してはくれぐれも口外無用ですから」

由瑞は言った。
「分かりました。・・しかし凄まじい物が有りますね。彼女には。・・・怖くてそんな事言えやしない。どんな災厄が降って来るか・・・」
・・だから、赤津は樹を小夜子に関わらせない様にしているのだ。
由瑞はそう思った。


融は言った。
「ご心配だったら、小夜子の件はキャンセルして頂いて構いません。それは全く構わないのです。無理して引き受けてもらう必要は全く無いのです」

「いや・・もう。動き出してしまったので。それに佐伯はあなたに史有の件でひとつ借りがある。樹さんにしても。お二人にその借りを返すと思えば。・・・・小夜子さんを預かるのは構いません。・・・実は私達もそんなに(やわ)では無いのですよ。御存じかも知れませんけれど」
由瑞はそう言ってにっこりと笑った。

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