第12話  遠千根宮

文字数 1,344文字

「やけに静かだな。まるで誰も住んでいないみたいだ」
由瑞は呟いた。

融の実家がある村を訪れて、それが最初の感想だった。
道の向こう側に家がぽつりぽつりと立ち並ぶ。
こちら側は段々畑になっている。山の斜面を見渡すと、所々に果実畑が見える。
家がすぐそこにあるのに生活音が聞こえない。
史有が時計を確認する。
もうすぐ昼。道を聞こうにも村人の姿が見当たらない。


 卒業式も無事に終わって、その週末。
由瑞は史有を連れて融と小夜子の故郷に向かった。
羽田から最寄りの空港に行ってそこでレンタカーを借りた。

 山道に入ると所々に雪が積もっている。日陰は凍っていることがあるので慎重に運転をする。こっちは流石に寒いなと思った。

ナビを見ても「遠千根宮」に向かう道がない。
「だって、これ道が無いから」
史有が画面を指差しながら言う。スマホのマップも起動して確認する。
「山の中のケモノ道を行くのかも知れないぞ。・・・一応、家の住所は聞いて来たからそれを入力してそこに向かおう」
由瑞はそう言った。

 

細い道の突き当りに白い鳥居が見えた。その横に石門があった。
「赤津・・。ああ。これだ」
鳥居の横の空き地に車を停めた。
「ちょっと赤津の家を見て来よう」
由瑞と史有は融の家の前で佇む。どっしりとした平屋の家だ。
庭のこちら側に小さな家屋があり、社務所と表示されている。
木戸は閉じられている。当然ながら人の気配は無い。

何もかもが静止している。
まるで昭和の古い写真の中に入り込んでしまったような錯覚を覚える。
気になるのはこの静けさだ。
鳥の声もしない。風も無い。木々は微動だにしない。

「酷く寒いな。」
史有が言った。
「日差しはあるが・・空気が冷たいからだろう。さて、神社に行ってみよう」
由瑞は踵を返した。


二人は鳥居を潜って古びた参道を歩く。
不規則な石段が見上げればずっと上まで続いている。所々に小さな祠や石仏が置かれている。長い間の風雪に晒されたそれらは表情も姿も不明瞭だ。
山の中をずっと行く。杉の大木があちらこちらに見える。
「マムシ注意」の立て札が見える。下草の羊歯がわさわさと茂っている。あちこちで雪が凍っているのが見えた。
空気が重い。冷たい湿気を孕んだ空気。凍った残雪がそのまま昇華した様な。

途中で小さな川を渡った。
赤い橋が架かっている。下をのぞき込む。ゴロゴロとした岩。木々や笹の上に雪が残っている。その下を水は勢いよく流れている。
橋を渡ると道は二方向に分かれていた。
矢印がある。まっすぐ行くと神社。西に行くと遠千根の池。
「先に神社に行くか」
二人は神社に向かう。

 石仏は道に沿ってずっと続いていた。
史有は一つの石仏の前に佇む。

如意輪観音像。
片膝を立て、優雅に片肘を付いている。表情はもう消えている。
「ねえ。ここは神社だよな。なんで観音様がいるの?これ仏教の仏様だよな」
史有が言った。
「昔の神仏習合の名残だろう」
由瑞は答えた。
「山奥の小さな神社だから廃仏毀釈の波から漏れたのだろう」
「ふうん」

史有はまだ石仏を眺めている。
「これいいな。俺、これ、気に入った。家の庭に置いたらいいんじゃない?」
「止めとけ。もう行くぞ」
由瑞はさっさと先に進む。
暗い森を抜けて明るい陽が差しているのが見える。白い鳥居も。
「やっとだ。あれが神社らしい」
由瑞はそう言った。
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