第8話  3月10日 土

文字数 1,860文字

融はアパートの駐車場で樹を待つ。
小春日和である。
樹が向こうからやって来た。
融は樹を見て声を上げた。
「髪、切ったの?」
「うん。春だから軽くしようと思って」
樹はショートボブの髪を耳に掛ける。
耳元で銀のピアスが揺れた。

ライトグレーのニットワンピース。スリムな体にすとんと落ちるシルエットが美しい。ローヒールのパンプス。V字のネックにはエメラルドのペンダント。手には淡いベージュのスプリングコート。
「あれ、化粧もしているね?」
「薄化粧。薄化粧」

「そのペンダント、クリスマスに俺があげたやつだよね。よく似合っている」
「うん。有り難う」

細い首と鎖骨に目が行く。
耳から首にそして肩から胸へのラインが綺麗だと思う。
融は樹の横顔を眺める。
「何?」
融の視線に気が付いた樹が聞く。
「いや。・・ねえ・・スカーフは無いの?」
「スカーフ?有るけれど。」
樹はバックからスカーフを取り出す。
柔らかな花柄のスカーフ。
「すごく春っぽい。それいいね。そのニットに良く似合う。ちょっと付けてみて」
樹は素直にそれを付ける。
首筋が隠れる。
「どう?」
「絶対そっちの方が良い」
「有り難う」
樹が笑って答える。
「さて、出発」
車は出発した。



蘇芳と由瑞、史有は前回に引き続き、小夜子の病院に向かっていた。
由瑞はもう勘弁してくれと言いたかった。
どうして俺まで付き合わされるのだ。赤津がらみで休みが潰れまくりだ。
だからと言って史有と蘇芳だけをここに寄越す事は出来ない。危険極まりない。

病室のドアをノックすると「はい」という女性の声がした。
「おや」と思った。
ドアを開けたのは樹だった。
由瑞はちょっと驚いた顔をして樹を眺める。
樹がにやりと笑う。由瑞もふふっと笑う。
「何?その意味深な笑み」
蘇芳が隣で言う。


樹が慌てて言った。
「こんにちは。蘇芳さん。今日は有り難う御座います。宜しくお願いします」
蘇芳がじっと彼女を見る。
「こんにちは。宇田さん。先頃はウチの馬鹿弟がとんでもない事を仕出かして、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って深く頭を下げた。

「どうぞ。煮るなり焼くなりご自由にしてください。誰も止めません。良ろしかったら縄で縛ってお届け致しますが」
樹は笑った。
「いえ。お気持ちだけで結構です」
蘇芳さんは結構面白い人かも知れない。

蘇芳はコートを脱ぐ。樹はそれを受け取る。白いモヘアのセーターと紺のフレアスカート姿だ。スカートは裾に刺繍が入っている。

史有が一番最後からのそのそと入って来る。
樹と目を合わせない。
樹に深々と頭を下げる。
「先頃は大変申し訳ありませんでした」
史有が言う。
樹はそれには答えず
「さあ、どうぞ」と中に誘う。
史有は下を向いたまま部屋に入る。

蘇芳は融の姿を見て微笑む。
「こんにちは。赤津さん。小夜子さんのお加減は如何ですか?」
融は答える。
「あれから変化無しですね。何か変化があるかなとは思ったのですが」

早速蘇芳はベッドの隣に座って小夜子の手を取った。
向う側には融がいる。蘇芳の後ろには史有が。ドア付近に由瑞と樹。

樹は蘇芳を眺める。
ボリュームのある体でモヘアのセーターだから、まるで綿飴みたい。
柔らかくて温かそうで、彼女を抱き締めたら気持ちが良いだろうなあ・・。
男の人的にはどうなんだろうと考える。
茶色の巻髪も女らしい。
豊かなバストでいいなあ・・。と思う。
そしてちらりと自分の胸を見下ろす。
危うくため息が出そうだった。

蘇芳は暫く目を閉じていたが、ほうと息を吐いて目を開けた。
そして樹を見ると言った。
「御免なさい。宇田さん。申し訳ないのですが・・・どうも部外者がいると波長が合わせにくくて・・・少し部屋から出て頂いても構いませんか?」
樹は驚いた。
部外者!
融が慌てて言った。
「部外者じゃない。樹は俺の彼女・・」
「いいよ。融君。御免なさいね。蘇芳さん。じゃあ、ちょっと出ていますね」

樹は立ち上がって上着を手に取ると外に出た。
由瑞が立ち上がった。
「じゃあ、私が宇田さんと外でお茶でもして来きます。いいでしょう?赤津さん」
融は由瑞の顔を見た。
「・・・ああ・・じゃあ済みません。お願いします」
「じゃあ30分位お茶してきます」
「45分」
蘇芳が言う。
「分かった」
そう言って由瑞も部屋を出て行った。

蘇芳はちらりと史有を見る。史有も蘇芳を見る。

融は窓から外を見た。
由瑞と樹が駐車場に向かって並んで歩いているのが見えた。
肩なんか抱いたら殺すぞ。と思う。

「いいですか?赤津さん。始めますよ。集中してくださいね」
蘇芳はそう言うと、首と肩をこきこきと動かした。
そして真剣な眼差しで小夜子に向き直った。

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