第2話  如月 Ⅱ

文字数 3,203文字

「佐伯先生・・ちょっと内緒でお聞ききしたいのですが・・・私、どうして史有君が小夜子さんの所に来る事になったのかよく知らないのです。最初にそれを聞いた時には驚いたのです。赤津さんが史有君と会ったという事は聞いているのですが。その後、史有君をどうして小夜子さんに会わせようと思ったのか・・・」

由瑞は口に運び掛けたジョッキをテーブルの上に置いた。

「・・赤津さんから聞いていないのですか?」
「小夜子さんの事はあまり彼も詳しくは教えてくれないんです。・・・。小夜子の事で君に迷惑を掛けたくないと言って。そんな風に言われてしまうとちょっと聞くに聞けないと言うか・・・・佐伯先生はご存じですよね?」
由瑞は黙って樹を見た。
心の中では融に対して舌打ちをしていた。


「どこまで聞いていますか?」
由瑞はそう言った。
樹が体を張って拒否した史有をすんなり受け入れた事に対してきちんとした説明がされていない。それは樹でなくても違和感が残るだろう。それも樹にあんな無体を働いた史有を彼の大切な「小夜子」に会わせるなど・・・。

「史有君が会ったのは、もしかしたら小夜子さんのお兄さんかも知れないという所までです。私、小夜子さんにお兄さんがいる事も初めて知りました。
異父兄だから交流があまり無くて疎遠だったって事。お兄さんは出雲の方で暮らしていたという事。小さい頃に小夜子さんのお母さんが離婚して小夜子さんのお兄さんは父親が連れて行って、それきりだという事。小夜子さんのお母さんは小夜子さんを産むと程なく亡くなったという事。それで小夜子さんのお母さんの姉である赤津さんのお母さんが小夜子さんを引き取って息子と一緒に育てたという事。小夜子さんのお母さんはもともと体の丈夫な人では無かったとも言っていました」

樹は指を折って数えながら説明した。
「もう、すごい偶然。そんな事が世の中に有るんですね。びっくり。それ、出来過ぎじゃないですか?
と思ったけれど、まあ確率的にはゼロじゃないし・・。そこは納得したとしても、どうして史有君を小夜子さんに会わせたのかなって・・。そこははっきり教えてくれないのです。それで史有君はちょこちょこ来ているみたいで・・・・何か・・もういいかなって思う時も有るのです。小夜子さんの事は触れない様にすればいいって・・・でも、これから付き合っていくのに今からこんなんでいいのかなって、そんな事も思うし・・・」
樹は下を向いた。

それは全くその通りだ。
だが、きっと彼もどう話していいか悩んでいるのだ。

だが、そこからという事は・・・それでは勿論、蘇芳が小夜子を見舞ったという話は聞いていないのだろうなと考える。
それはそれで・・ひどく面倒な事になったと由瑞は思った。
赤津はどう説明するのだろう。


「えっとですね・・・。どうして史有を小夜子さんに会わせたかと言うことですよね。その正確な動機は・・・それは赤津さんに聞いてもらわないと分からないのですが・・・多分という所で良ければ・・・実を言いますとね。史有は、と言うかウチの家系は・・何と言うか『霊感』が強いのです。分かりますか?「第六感」 と言うか・・・。

例えば、先日私のマンションで会いましたよね。姉の蘇芳。彼女は占いを良くします。母も良くします。いろいろな客がやってきます。室生の山の中に。中には企業の経営者や政治家もいるし芸能人もいます。皆、隠れてやってきます。
そういう霊感みたいなモノ、それが強いので多分赤津さんも史有を小夜子さんに会わせるとちょっと彼女に変化があるのではと思ったんじゃないのですか?
だって、もう6年間も眠っているのでしょう?きっと藁にでもすがりたい気分じゃないのかな。それにそんな事をあなたに説明すると、私と宇田さんは同じ職場にいるから。きっと宇田さんの為にも私の為にも良く無いと思ったのではないのかなと・・・・まあ私はこう推測します。自分から言ってしまいましたがね。赤津さんには内緒ですよ」

「霊能力者って事ですかね?・・赤津さん自身も霊感が強いって言っていました。・・じゃあ史有君と話をしている内にそんな話になったのね・・・」
由瑞は肯定も否定もしない。

由瑞はビールをぐいと飲むとそれをテーブルの上に置いて言った。

「宇田さん。宇田さんらしくない。そんなの遠慮していないでどんどん聞けばいいじゃないですか。彼氏に。いずれにしろ一緒に居れば必ず小夜子さんの事は付いて回るのだから。こんなアドバイス、余計なお世話だと思いますが、・・・何度でも聞けばいいでしょう。それは彼と一緒に居るのだから、彼だけの問題では無いと言って。心配させたくないとか、そう言う問題じゃないって言って」

樹は目を丸くした。
「ふざけんなよって話です」
由瑞はそう言った。

樹は、成程と頷いた。

「すごい。そんなアドバイスを頂けるとは思わなかった。正にその通りです。
よし、帰ったら私そう言って赤津さんに聞きます。そして正直にきちんと話をしてくれないなら、私にも考えがあると言います。遠慮なんかしないからって」
樹は元気に言った。
「『ざけんなよ』って事ですよね。」

由瑞はくすくす笑った。
「そうそう。その調子です。やっと宇田さんらしくなった。赤津さんには内緒ですよ」
そう言いながら、これから赤津も苦労するなと思った。


「ねえ。佐伯先生。けれど、どうして史有君はそんなに何度もやってくるの?」
樹が言った。
「・・・たまたま小夜子さんを見た史有が一目惚れをしてしまったという所でしょうね。それで小夜子さんの手を握りにわざわざ奈良から出て来るのです」
由瑞はくすりと笑った。
樹は驚いた。
「えっ?そうなんですか?それは初耳だわ。・・・・だって10歳も離れているじゃないですか」
「まあ・・そうですが・・。綺麗な方ですよね。小夜子さん。私も、先日面会させてもらいましたが、肌が白くて睫が長くてまるで日本人形みたいだった。史有はすっかり参ってしまったみたいですよ」
由瑞がそう言った。
「あらー。手を握っている史有君を是非見てみたい。じっとそこで見詰めてやりたいわ。この人には咬み付かないのかって言ったらどうかしら?」
と樹は笑った。
「是非、言ってみてください。どんな反応をするか私も見てみたい。・・私も昔、史有に思いっきり咬み付かれた事がありますよ。喧嘩して。お前は犬か!って思いましたよ。・・まあそれと宇田さんに咬み付いたのは別ですが。あれは絶対に許せない」
由瑞はそう言った。



由瑞は話題を変えた。
「ところで、赤津さんはすごい犬を飼っていますね。宇田先生。御存じですよね?」
「あら?じゃあ連れて来たのかしら。
何時の間に・・・いや、本当は実家の方に居るのですが。
利口な犬で神社の留守番をしていると言っていました。エサは村の他の家で貰っているって。
伊刀君でしょう?大きな犬。怖い顔をしているけれど、大人しいんですよ。大体、家か神社にいるそうです。前回は神社に居ました。撫でると嬉しそうに尻尾を振りますよ。」

「・・・あの犬を撫でたのですか?」
由瑞は驚いた。
「はい。すり寄って来ますよ。私、大好きです。あのワンちゃん」
・・・・ワンちゃん・・・

「もしかしたら・・その神社の近くには大きな鴉もいたりしますか?病院に大きな鴉が・・」
「鴉ですか?鴉は知りません。って言うか神社の森には沢山鴉がいますよ」

「ひょっとして宇田先生。宇田先生には霊感とか第六感とかそんなものは・・」
「あっ。全く有りません。ゼロです。寧ろマイナスかも。
私、自慢じゃないけれど、すごく鈍いんです」
樹は笑って答えた。


由瑞は目の前でビールをぐびっと飲み、焼き鳥をむしゃむしゃ食べる娘をまじまじと眺めていたが、ふっと笑った。
この()の傍は居心地がいい。
温かくて面白くて、何と言うか・・シンプルで。
多くの秘密を抱え、人一倍感覚の鋭い赤津にしてみたら、唯一心安らぐ場所なのかも知れないなと思った。


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