第16話  色紙と短冊

文字数 1,040文字

3月の最終週。

樹に荷物が届いた。
差し出し人は佐伯とある。
開けてみるとお願いしていた色紙であった。
『梅花』
淡い梅の花の透かしが入った紙面に端正な楷書で書かれている。
最後に「由瑞」の文字と落款印があった。
それにそっと触れてみる。

色紙の他に短冊が二つ入っていた。
『みかの原』」と『久方の』の2首。
こちらは草書体。
もう一つの細い箱には新しい小筆が入っていた。
小さな手紙が付いていた。
それを読んだ樹はにっこりと笑う。
すぐに由瑞にお礼の電話を入れた。


お礼を言い終えてそれからの話だった。

「・・ところで、樹さんは遠千根宮に行った事があるのですよね?」
由瑞は電話口で言った。
「有りますよ」
「遠千根の池にも行かれましたか」
「ええ行きましたよ。綺麗な所ですよね」
「ええ・・と、何処から行きましたか?あの奥の院と書かれた場所ですか?」
「いえ。普通に南から・・・えっ?あの立ち入り禁止の所に入ったのですか?」
樹が驚いた声を出す。

「いや、私がそんな事をする訳が無いじゃないですか」
由瑞は答えた。

「良かった。赤津さんに、絶対に駄目だと言われました。あの場所に入ったらって。蝮も沢山もいるし、道は急だしいつも湿っていて滑るからって。鴉のねぐらもあるから危険だって言っていました。クマも出るぞって。
それに・・・君には分からないだろうが、特別な場所だから、行くと呪われるって脅かされました」
樹は笑った。
「・・はあ・・」
由瑞はそう答えた。

「・・池でお婆さんに会いませんでした?」
「あっ、会いました。千根のおばあちゃん。あの村に住んでいるお婆さんですよね。腰の曲がった小さなお婆さん。
あの辺りを掃除したり、神社のお世話をしたりしているみたい。可愛いお婆さんですよね。
にこにこしていて。赤津さんは、「おばあ」って呼んでいました」

可愛いお婆さん・・・。

どうも彼女とは事物の認知の点で自分とは大きな隔たりがある。

「お爺さんもいるみたいですよ。会ってはいませんが」

あんなのが二人・・・。


「池に黒い社がありましたね。小さな岩山に」
「えっ?岩山に?白じゃないですか?」
「えっ?白?黒じゃなくて?」
「ええ。白くて綺麗な社がありました。鳥居も白だったと思うのですが・・」
「・・・ああ・・そうだったかも知れません。きっと私の記憶違いです」
由瑞はそう答えた。



「赤津さん、今日は佐伯さんの家にお邪魔するって言っていました」
「ええ。もうすぐ4月ですからね。お互いに忙しくなる前に小夜子さんの移送について粗方決めて置かないと」
由瑞はそう言った。
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