第5話 テイレシアスの予言

文字数 989文字

 先へ先へ、光の差すほうへ−−。

 とはいうものの、西へ向かうのか、それとも東へ向かうのか、はたまた南北のどちらかに向かうのか判然とはしないけれど、とりあえず家からできるだけ離れることにした。
 
 ぼくの家は板橋区の常盤台(ときわだい)(板橋区の田園調布!)にあるので、とにもかくにも東武東上線に乗ることにした。北に行くか、南へ行くか、それが問題だ。

 とりあえず都心に向かうことにした。つまり、南方面だ。
 池袋に出て東武百貨店でなにか食べて、それからのことはまたあとで考えよう。明日には明日の風が吹くさ。

 東武百貨店で腹ごしらえをして、一階の喫煙スペースがないところで(ここ日本は禁煙ファシズムだから)電子タバコを一本ふかしていると、遠くからぼくのことをジッと眺めているおばさん(おばあさん?)がいることに気がつく。
 彼女はだんだんとぼくの方に近づいてきて、目の前までくるとやにわに「どう? タバコおいしい?」と訊いてきた。ぼくは面食らったけど、とっさに「はい、おいしいです」と答えた。彼女は「ほー」と言いながらぼくの顔を微に入り細に入り眺めていたけれど、眺めながら「あんたは大物になるよ。ただし、努力しなきゃダメよ」と言った。ぼくは気味がわるくなって立ち去ろうとするのだけれど、彼女はぼくのすこしうしろをついてきて、「あたしはね、易者をやってたの。ほら、新宿の伊勢丹のところとかにいるじゃない、易者。昔はまぁ、なんとかの母って言われたもんよね。とりあえず、あんた、努力なさい。そうすれば大物になるわよ。顔がいいもの。高貴な相をしてる」と言う。

 ぼくは嬉しい気持ち半分、気味悪さ半分でその場をあとにした。彼女はどうやらJRに乗るらしい。
 ぼくもJRに乗るつもりだったからゲンナリとして、行きつけの喫茶店・伯爵で葬式が終わったあとの精進落としをするようなつもりで珈琲を一杯飲むことにした。
 
 伯爵はいつものとおりと言うべきか、とても空いていて、タバコが吸えるところがまたいい。
 珈琲を注文し、電子タバコで一服していると、なにやら周りの人が騒がしい。だいたい人間というものは窓際に座ることが多いから、窓際のほうを見やると、伯爵の周りの空模様だけゾッとするような赤色に染まっている。黒に近い赤色で、みんなスマートフォンを取り出して撮影をしたりしている。

 いま思い返すと、あれが予兆だったのかもしれない。
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