第2話 そして物語は動きだす
文字数 934文字
黒田は名刺を取り出すと、ぼくに手渡した。
名刺には「日本探偵倶楽部 東京支社 黒田正三」と書かれている。裏がえして見てみると、裏は白紙だ。味もそっけもない名刺。その名刺と対照をなすかのような黒田の身なり。
うーむ、とぼくは思わず唸ってしまった。
すると黒田も「うーむ」とおうむ返しをしてくる。
ぼくは多少立腹して、「そういうのやめてくださいよ」と言うのだが、黒田はどこ吹く風で飄々としている。
「とりあえず」と黒田はぼくのことを放っておいて、口火を切る。「とりあえず、あなたのことをぜんぶ調べさせていただきましたよ。もちろん職業から恋人の有無から預金残高まで。いまのところ、一応『白』です。まぁ、私の勘からすれば、『限りなくグレーに近い白』といったところですかね。ちなみに、そんなタイトルの小説があったような。まぁ、枝葉末節のことです。問題はあなたが、いわゆる「触れてはいけない禁忌」に触れてしまったことにあるんです。そして、どうやらあなたの反応を見ると、そのこと自体に気づいてもいない。未必の故意といったところでしょうか。今日のところは退散しますが、ひとつだけ忠告を。『この世の中には知らなくてもいいことがたくさんある』ってことです。この標語を紙にでも書いて壁に貼っておくことをオススメしますね。それでは、また」
長台詞を一息に喋り終えると、黒田はシルクハットを脱ぎ、前とおなじように深々とお辞儀をした。そしていかにも磨いたばかりでパリっと音がしそうな革靴を履いている割にはなんの足音も立てずに、帰っていった(後ろ姿を見やると、足の長さが両足ですこし違うのか、ひょこひょことした歩き方にはなっていたけれど)。
黒田が帰るとぼくは彼の言った、「触れてはいけない禁忌」について思いを巡らせてみた。ぼくは平々凡々な塾講師だし、ネットだって好きではないから何かについて検索することもない。ネットでは買い物と調べ物しかしないのだから。
? 調べ物? それがいけなかったのかもしれない。
それにしたって、ぼくの「調べ物」というのは論文や小説や批評を書く際に必要な文献を渉猟 することしかしないのだけれど。
ぼくが物思いに沈んでいると、固定電話が鳴り出した、何かの予兆のように。
名刺には「日本探偵倶楽部 東京支社 黒田正三」と書かれている。裏がえして見てみると、裏は白紙だ。味もそっけもない名刺。その名刺と対照をなすかのような黒田の身なり。
うーむ、とぼくは思わず唸ってしまった。
すると黒田も「うーむ」とおうむ返しをしてくる。
ぼくは多少立腹して、「そういうのやめてくださいよ」と言うのだが、黒田はどこ吹く風で飄々としている。
「とりあえず」と黒田はぼくのことを放っておいて、口火を切る。「とりあえず、あなたのことをぜんぶ調べさせていただきましたよ。もちろん職業から恋人の有無から預金残高まで。いまのところ、一応『白』です。まぁ、私の勘からすれば、『限りなくグレーに近い白』といったところですかね。ちなみに、そんなタイトルの小説があったような。まぁ、枝葉末節のことです。問題はあなたが、いわゆる「触れてはいけない禁忌」に触れてしまったことにあるんです。そして、どうやらあなたの反応を見ると、そのこと自体に気づいてもいない。未必の故意といったところでしょうか。今日のところは退散しますが、ひとつだけ忠告を。『この世の中には知らなくてもいいことがたくさんある』ってことです。この標語を紙にでも書いて壁に貼っておくことをオススメしますね。それでは、また」
長台詞を一息に喋り終えると、黒田はシルクハットを脱ぎ、前とおなじように深々とお辞儀をした。そしていかにも磨いたばかりでパリっと音がしそうな革靴を履いている割にはなんの足音も立てずに、帰っていった(後ろ姿を見やると、足の長さが両足ですこし違うのか、ひょこひょことした歩き方にはなっていたけれど)。
黒田が帰るとぼくは彼の言った、「触れてはいけない禁忌」について思いを巡らせてみた。ぼくは平々凡々な塾講師だし、ネットだって好きではないから何かについて検索することもない。ネットでは買い物と調べ物しかしないのだから。
? 調べ物? それがいけなかったのかもしれない。
それにしたって、ぼくの「調べ物」というのは論文や小説や批評を書く際に必要な文献を
ぼくが物思いに沈んでいると、固定電話が鳴り出した、何かの予兆のように。