第7話 あらゆる場所に陰謀が

文字数 568文字

 ビジネスホテルは−−と言ってもホテル一般あまねくそうだろうけれど−−チェック・インの際に、氏名や住所等を書かなければならない。黒田相手だと書きたくはないけれど、正直に書くしかない。なにしろぼくのことを「すっかりくっきりまるっとお見通し」だからだ。

 ボールペンを走らせる手がすこし震える。その老人性の震えのようなものまで黒田にとっては「すっかりくっきりまるっとお見通し」だろう。織り込み済み、というやつだ。

 黒田はぼくが書き上げた用紙を取り上げるとしげしげと眺めてから「どうやらウソは書かれていないようですね」と言う。ウソを書きようがないではないか、ということばを飲み込んで、黒田から部屋の鍵を受け取る。清涼飲料水のおまけつきだ。どうやらサービスらしい。いや、ぼくに対するささやかな好意のあらわれかもしれない。まぁ、どちらでもいいけれど。

 ぼくは背後に黒田の視線を感じつつ、エレベーターへと向かう。
 エレベーターに乗り込むと緊張の糸が切れたのか、身体中が弛緩して危うくボストンバッグを落とすところだった。

 部屋に着くとまず部屋着に着替えた。ぼくは汗かきだからどんな季節であろうとどうしたって汗をかいてしまうのだ。
 着替え終わった直後に電話が鳴った。フロントの黒田からだろうか。
 半ば警戒しながら電話を取ると、果たして声の主は叶環(かのうたまき)だった。
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