必要性

文字数 2,073文字

ねえ、ハイデガー
優しさって必要なの?

コンビニの駐車場の隅で白猫のハイデガーと三毛猫のミータンは並んで座っていた。2匹はぼんやりと店に出入りする人間達をぼんやりと眺めていた。

「少なくとも人間たちにとってはとても大事なものだよ。彼らはその概念をとても大事にしている」
「でもさ、社会にはルールがあるよね?ルールってさ、みんなでそれを守っていればちゃんと社会が成立するものだよね?」
うん、とハイデガーはうなずく。
「じゃあ優しさはあまり社会の役に立たないんじゃないかな?あったほうがいいものなのかもしれないけど、無くてもいいものじゃないかな?」
う〜ん、と白猫のハイデガーは唸った。
「たぶんなんだけどさ」
ハイデガーは悩みながら答える。
「たぶん社会とか大きな視点で考えると優しさはあまり影響を与えないと思う。社会をより良くしたいときに、必要なのはシステム(仕組み)であって、優しさと答えるのは違うと思うんだ。つまり、優しさが現れるのはもっと小さい関係性の中だと思う」
「小さい関係性?」
「一対一の関係、人間1人と人間1人どうしの関係」
「一対一の関係だと優しさが必要なの?何のために必要なの?」
ハイデガーは少しの間、考え込んだ。そして答えた。
「お互いを人間と認めるためかな」
ハイデガーはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「例えば、あのコンビニ店員」
ハイデガーは店内にいる店員を指差した。
「あの人は実はロボットなんだよ。体を動かしているのは人工知能さ」
「え!そうだったの!」
ミータンは驚いて店員をよく見た。でもどこからどう見ても人間そのものだ。
「嘘だよ」
ハイデガーは言った。
「は?なんだよそれ?何でそんな嘘をつくのさ?」
「でも少し考えてみて。ほとんどの人間にとって、あの店員がロボットかどうかなんてどうでもいいでしょ?だって店員と話すことなんて事務的な会話だけじゃないか。会計とか、レンジで温めてとか、タバコの番号とか、電気代の支払いとかさ。全部ロボットに置き換えてもできそうなことじゃないかな?もちろん言語を理解しないといけないけど、最近の人工知能ならもう十分にできるよね?」
「それは確かにそうだね。でもそれが優しさの話と何の関係があるの?」
「大事なことはさ、あの店員さんが誰にとって人間か?ということなんだよ。ほとんどの人にとっては人間でもロボットでもどちらでも構わないわけでしょう?でもあの店員さんは間違いなく人間なんだよね?じゃあ誰にとって人間か?という問いが出てくると思うんだ」
「誰にとって人間か?あの店員さんは生物学的に人間でしょう?誰にとってなんておかしい気がするよ?あの店員さんが世界に一人になっても人間は人間でしょう?」
「その通りだよ。でも、今、僕が言いたいのはあの店員さんを人間だと思う人は誰?ってことさ。もし人工知能がもっと発達してロボットと人間が自然な形で入り交じる世界になったとして、誰があの店員さんを人間だと知るのか?という問いなんだ」
「親と友達は知っているでしょ?」
「そうだね。他には?」
「他には?え〜っと。。。」
「このコンビ二に関わる人で知ってるかもしれない人はいる?」
「一緒に働いている人とか?」
「同僚だね?同僚はどうやって知るの?」
「おしゃべりしたりとかさ。趣味の話とか、仕事の愚痴とかを話したりしたら分かるんじゃない?」
「僕は優しさだと思うんだ。優しさを示したかどうかでその人が人間かどうかを判断すると思うんだ」
「何で優しさだと思うの?他のことでもいい気がするよ。人間らしいことなら何でもいい気がする」
「僕もあまり明確には言えないんだけどさ」
ハイデガーは悩みながら自信なく答える。
「人間らしさってのが何かってことなんだ。人間らしさを最も強く表すのが優しさなんじゃないかって思うんだ。例えば僕たちを捕まえて食べようとする人間がいたとして、それが実はロボットだったら、誰かの命令を聞いて動いたのかもって思って、あまり驚かないよね?」
「そうかな?そうかもね」
「例えば僕たちにいつもおやつをくれる由紀さんがロボットだったらすごく驚くよね?」
「めちゃくちゃ驚くね。というか信じないね」
「そうでしょ?つまりどういう性質が一番人間らしさを表すかという問いに対して、優しさと答えるのは大きく外れていないんじゃないかなと思うんだ」
「なるほどね~」
「じゃあ、話をまとめるよ」
ハイデガーは首輪から白チョークを取り出して駐車場の地面にまとめを書いた。
「人間らしさを最もよく表す性質は優しさかもしれない。人間がお互いを人間と認識するには優しさが必要なのかもしれない」
「かもしれない、なんだね?」
「断定するにはまだまだ考えてないことが多すぎるからね。これが精一杯だよ」
「でも必要性がハッキリわからないのに、どうして人間は優しさを大事にするのかな?」
「分からないよ。僕は猫だからね。人間たちはみんなはっきり分かってるのかもしれないよ」

ハイデガーとミータンはまたコンビニを行き交う人間たちを眺めた。しばらく眺めたあと、飽きてしまった2匹はそれぞれの家に帰っていった。

終わり





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