お祝い

文字数 1,462文字

あの人さ

結婚式場の前でミータンとハイデガーは一組のカップルの結婚式を眺めていた。

「あの右の隅っこにいる女の人ね」
ミータンは右前足である方向を指差す。
「ずっとつまらないって顔してるね」
ハイデガーは笑った。
「そういう人もいるよ」
「あの人はきっと優しくない人だね」
「何でそう思うの?」
ハイデガーは尋ねた。
「有名な言葉があるじゃないか。優しい人ってのは他人の幸福を願い、他人の不幸を悲しむことのできる人だってさ。あの人は他人の幸福を願ってないよね。ずっとつまらないって顔をしてるもん」
ハイデガーは尋ねる。
「その言葉には2つの事柄が入ってるよね?どつちも揃ってないとだめなのかな?」
「え?どっちも?」
ミータンはすこし考えてから答えた。
「やっぱりどっちもかな」
「じゃあ、どっちか片方の条件を削除するならどっちを消す?」
「そういうことか。でも、やっぱり1セットだと思うよ。どっちも同じぐらい大切というか、コインの裏表みたいに切り離せないんじゃないかな?」
「なるほどね」
ハイデガーは少し考え込んでから言った。
「僕はね、幸福である必要はない、不幸でなければいいっていう考えなんだ」
「あ〜、なんとなく分かるよ」
「お腹いっぱい食べられなくてもいい、飢え死にしなければいいっていう感じかな。つまり、幸福を追求する必要はないと思う。それには終わりがないからね。でも、ずっと不幸の中っていうのは辛いし生きていけなくなるかもしれない。だからね、幸福であることよりも、不幸ではないことが大事だと思ってるんだ」
「なるほどね」
でも、ミータンは質問を返す。
「やっぱり、幸福な方がいいでしょ?他人の幸福を願う方が優しいと思う」
「それはそうだと思うよ。でも難しい。自分が欲しくて、でも持っていないものをさ、他人が嬉しそうに自慢してきたらね、それをお祝いしてあげるのは難しいでしょ?」
「それはそうだけど」
「僕たちが完全に欲望を捨てられない以上は、妬みや嫉みの感情は無くならない。だから、他人の幸福を願うことができるのは、その幸福をすでに持っている人に限られると思うんだ」
「そうなのかな?だって自分がそれを持っていないことと、他人がそれを持っていることは関係ないことでしょ?他人がそれを持っていなかったとしても、自分がそれを持てるようにはならないでしょ?関係ないんだから」
「確かにたいていの場合は関係ないよね。でもそれを理解することはとても難しい。欲しい気持ちが強ければ強いほど、嫉妬の気持ちは暴走していく。これはたぶん仕方のないことだよ。僕たちには欲望があるんだから」
「そうかもね、難しいかもね」
「たがらね、無理をして、幸せな人におめでとうなんて言ってやる必要はないと思うんだ。その人はもう幸せなんだから、それで十分だよ」
「そうかもね、でもやっぱりお祝いしてもらったほうが嬉しいでしょ?」
「そうだね。でもそれはもっともっと幸せになろうとしてるだけだよね?そんなの全然必要ないよ。幸せは十分に足りてるはずなんだから。もう十分なはずだよ」
「それもそうかもね」
「だから僕は、無理に笑顔を作ってる隣の女性の方に言いたいよ。無理にお祝いする必要なんかない。あなたが祝わなくても、二人共十分に幸せなんだからってさ」
「びっくりするよ、きっと」
「でもね、不幸は逆だ。誰も慰めてあげないなら、暗い気分のままだ。誰も励ましてあげないなら、ずっと落ち込んだままだ。だからこそ、他人の不幸に敏感に反応できる人が優しい人なんだと思うよ」

結婚式が終わると、出席者はバラバラと解散していった。

終わり
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