要求に応じること

文字数 1,541文字

誰かが何かを欲しがっている時にさ

駅近くにあるスーパーの前で、ミータンとハイデガーは油を売っていた。ミータンが質問を続ける。
「その人が欲しがっているものをあげる。これは優しさなのかな?」
ミータンの質問にハイデガーが答える。
「よく聞く話があるよ。飢えに苦しんでいる人が目の前にいます。あなたは魚を釣ってあげますか?それとも魚の釣り方を教えてあげますか?」
「魚の釣り方を教えてあげる人の方がいいってことだよね?」
ハイデガーが頷く。
「そうだね。そういう答えに誘導する問いだね」
「君の考えも同じなの?」
ミータンはハイデガーに尋ねた。ハイデガーは頷いて答える。
「部分的には同じだよ。つまり相手が要求するものをそのまま与えることは必ずしも優しいとは言えない。そういう考えだね」
「相手のことをもっと考えて行動するってことだね。短絡的に相手の望みを叶えてあげるんじゃなくて、本当に相手のためになることが何かを考えるってことだよね?」
「そう。その通り」
「でもさ、ハイデガー」
ミータンはぼんやりと空を見ながら言った。
「それって随分と自己中心的じゃない?だってさ、相手の要求は無視して、自分が正しいと思うことをするんでしょ?自分勝手って言ってもいいんじゃないかな?」
「ははは、その通りだね。」
ハイデガーは笑った。
「本当にそうだと思うよ。お腹が空いてる人からしたら釣り方よりも食べれるものをくれって思うよね。それに対して、いやいやそれでは君のためにならないから僕は釣り方を教えてあげるんだ、というのはかなり自分勝手な人に思えるよね」
「そうだよね。自分勝手だよね」
「でもさ」
ハイデガーは笑うのを止めて言った。
「自分勝手なものなんだと思うよ、優しさってのは」
「え?」
「優しさは突き詰めて言えば、結局のところ自分勝手な考えを人に押し付けることなんだと思うよ」
ハイデガーはスーパーに出入りする人を眺めながらいう。
「だからさ、どっちでもいいんだと思う。魚を釣ってあげても、釣り方を教えてあげても、どっちでもいい。自分が、正しいと思うならそれでいいんだと思う。それが優しさになるかどうかは、後になってからじゃないと分からないもん」
「後になってから?」
「もし、釣り方を教えている内に死んでしまったらどうする?もし、その人も飢えていて、釣り竿もなくて、残された最後の一匹の魚を渡すとしたらどう?結局その人はその後で飢え死にしてしまうとしたらどう?」
ミータンは何も言えなくなった。
「結局、その人にしか決められないんだと思う。そして、それを優しさと呼ぶかどうかはその人には関係ないんだと思う。その人は単に正しいと思うことをやるだけなんだ。優しいとか優しくないとかは周りの人が騒いでるだけに過ぎないのかもしれない。その人にとってはどうでもいいことなのかもしれない」
ハイデガーは何かを思い出すようにゆっくりゆっくり言葉を紡いだ。
「だから、たぶんどっちでもいいんだろうな。何が正しいかを考えて、正しいと思ったことをやればいい。それでいい、のかな?」
独り言のように呟くハイデガーをミータンは不思議そうに眺めていた。
「優しいとか優しくないとか考えずに、自分の正しさに従えばいいってこと?」
ハイデガーはその問を聞いて、すこし微笑んだ。
「分からないや」
「僕のご主人はこう言ってるよ。お前が不幸だと思うんなら助けろ。不幸だと思わないなら放っておけ。それで十分だってね。同情なんかしなくていい。相手のことを思いやる必要もない。ただ、目の前の奴が助けなきゃと思うくらい不幸だと思うんなら助けろ。人でも犬でも猫でも関係ない。見えない世界のことは放っておけ。目の前にいる奴だけでいい。それくらいが現実的な落とし所だってさ」
ミータンはゆっくり頷く。

終わり
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