気遣い（親切）

今の人さ、だいぶ待ってたよね

ミータンとハイデガーは駅前でぼんやりと人の流れを見つめていた。ミータンが話しかける。
「30分以上は待ってたよね」
「確かにそうだね」
ハイデガーが相槌を打つ。先程まで一人の女性がずっと駅前で立っていた。何かを待っている様子だったのだが、30ほどしてから女性がもう一人やってきて一緒に歩き去っていった。
「でも、あの人は自分も遅れたことにしてたよね。だからあまり長い時間待ってないって言ってた」
「そうだね。そんなことを言ってたね」
「あれってさ、優しさなのかな？」
ミータンがハイデガーに尋ねる。
ハイデガーはう〜んと唸った。
「優しさと呼べるかどうかは微妙だと思うよ」
「そうなの？どうして？」
ミータンは不思議という表情になった。
「相手の気持ちを気遣ってあんな風に言ったんだよね?優しさって言ってもいいような気がするけど」
「う〜ん、そうだね」
ハイデガーは頷きながら言った。
「優しさと気遣いはよく似てるよね」
「似てるけど違う?」
「そうだと思う。違うと思うんだ」
ハイデガーは話を続ける。
「例えばね、社長と秘書みたいな関係性を考えよう。秘書さんは社長のために色々な業務の手伝いをしないといけないね。スケジュール調整とか、通訳とか、車の手配とか色々な仕事がある。そして、どれもこれも気遣いができないとうまくいかないことばかりだ」
「確かにそんなイメージがあるね」
「だから、秘書さんは社長のために気遣いをする。でも、これは優しさとは呼ばないよね?」
「そうだね。仕事だもんね」
「でしょ？」
ミータンは大きく頷いた。
「端的に言えば気遣いの目的は、相手が楽になること、快適になることだよね。荷物を持ってあげたり、車で家まで送ってあげたり、そうやって相手が快適になるようにすることだ」
「そうだね。でも、仕事みたいにお金をもらったりすることばかりじゃないでしょ?優しさと呼べるものもあるんじゃないかな?」
ハイデガーは少し考え込んだ。そして、首を横に振った。
「やっぱり違うと思う。気遣いと優しさは違うと思う」
それを聞いてミータンも考え込む。
「違うかな〜？」
首を傾げながらミータンはつぶやくように言った。
「極端な話だけどさ」
ハイデガーは言った。
「死にゆく人を看取る時に、最期まで手を握ってあげている人を見て、その行動を気遣いって表現するかな?」
う〜んとミータンが唸る。
「しないと思う」
「そうだよね。僕もそう思う。本当にその人が心の底から求めているものに応えること。本当にその人に必要だと思うことをしてあげること。これらの行いに対して気遣いという言葉はふさわしくないと思うな」
「そうだね。そんな気がするね」
「もっと考えればもっと分かりやすく話せると思うんだけど、今はこれが限界かな」
「十分だよ。気遣いと優しさは違うかもしれないってことがなんとなくわかったよ」
「そうだね。気遣いができる人と優しい人は違うかもってことだね。だから、優しい人になりたいって言って気遣いばかりしているのはちょっと変だと思うよ」
「そうかもしれないね」

その後も、ミータンとハイデガーは日が暮れるまで、駅前で人並みを眺め続けました。




終わり