後悔

文字数 1,122文字

優しさの根源って何かな?

黒猫のハイデガーと三毛猫のミータンは歩道橋の上で流れる大勢の車を見下ろしていた。ミータンは隣に座っているハイデガーに言った。

「人は優しさを持って生まれるのかな?それともどこかに優しさが生まれる源があって、そこから優しさを得ているのかな?」
黒猫のハイデガーはミータンの質問を聞いて少し微笑んだ。そして言った。
「とても大切な疑問だね。本当に本当に大切なことだよね」
言葉を噛み締めるようにハイデガーは続ける。
「金の鉱脈と同じようなものだ。それを見つけられたなら、僕たちは自由にいくらでも優しさを取り出せるようになるのかもしれない。それって素晴らしいことだよね」
「そうだね」
ミータンはハイデガーの様子を伺いながら聞いた。
「ハイデガーはあると思う?無いと思う?」
ハイデガーは首を横に振って答える。
「分からない。あったらいいなと思う。探したいと思う。でも分からないよ」
「そうなんだ」
ミータンは少しがっかりしたように言った。
「鉱脈なんかじゃないけどね」
ハイデガーは言った。
「ほんの少しだけ優しさが湧き出す源があるよ」
ミータンは慌てて聞き返した。
「なに?それはなんなの?」
ハイデガーは少しだけ間を置いてから静かに言った。

「後悔さ」

「後悔?」
「あんなことしなければよかったとか、あんなこと言わなければよかったっていう後悔」
ハイデガーは何かを思い出すようにゆっくり言葉を続けた。
「刃物で遊んでて友達の手に傷をつけてしまった子供がいた。その子はずっとずっと後悔し続けた。その子は友達の手の傷を見る度に後悔し続けた。そのせいで、その子供は刃物を使うときには必ず周りに注意するようになった」
ミータンは黙って聞いていた。
「虐められている友達がいて傍で見ていることしかできなかった子供がいた。結局、虐められていた子は学校に来なくなった。その子はずっとずっと後悔し続けた。何度も夢を見た。友達が虐められている。後悔を繰り返すまいと一歩踏み出そうとする。けど足は固まって動かない。声を出そうとする。でも誰にも届かない。その子は後悔し続けた。やがてその子は大人になった。上司から嫌がらせを受けている同僚がいた。同じ会議室。同僚に罵声を浴びせる上司。同僚があの子と重なった。今までの後悔がその子の体を震わせた。その子は声を出した」
ミータンはじっと黙っていた。
「慈愛っていうほど高尚なものじゃないよね。後悔したくないだけなんだ。後悔し続ける日々を脱したいだけなんだ。それだけの理由」
ハイデガーは言った。
「でも、それも優しさだと思う」
ミータンはゆっくり頷く。
「うん、そうかもしれないね」

ミータンとハイデガーはまたしばらく、ぼんやりと車の流れを見送っていた。

終わり
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