メリットとデメリット

文字数 1,238文字

ねえ、ハイデガー

一匹の三毛猫が路地裏から、人通りの多い道路を指しながら、傍にいるもう一匹の猫に問いかける。
「あれって優しさでしょ?」
三毛猫のミータンが前足で指す。しかしハイデガーには何を指しているのか分からない。
「どれのことだよ?」
「ほら、あの手を繋いで歩いている若い男女のことさ。男性が車道側を歩いている。あれは女の子が危なくないようにしてるんでしょ?優しさの典型例だよね?」
「あ〜あれか」
黒猫のハイデガーは答える。
「あれは優しさと言えるか微妙だと思うな。どちらかというと優しさに含めるのは難しいかな」
「どうして?」
「まずはこの場合、優しさの主体だと思われるのは男性の方だよね?」
うん、とミータンはうなずく。
「この場合、男性側は車道側を歩くというリスク(コスト)を犯しているわけだ。そのリスクは女性のためだね?」
「そうだね」
「ここで考えるのをやめれば、優しさに見えないこともないけど、実は男性側にはリスクだけでなくメリットも見込めるんだ」
「メリット?」
「そう。男性側は車道側を歩くというコストを払うことで、女性に対して自分が相手を大切に思っているということを伝えられる。そうすれば、女性からの好感度が上がるかもしれないし、機嫌を良くしてくれるかもしれない。女性の好感度や機嫌が良くなれば、もっと仲良くなったり、恋人になったりできるかもしれない」
「それで男性側にもメリットがあるということになるんだね。でもメリットがあったらだめなの?優しさとは呼べなくなるの?」
「そうさ。例えば、何か他者のためになる行為をするとする。席を譲るとか、物を持つのを手伝うとかなんでもいい。その行為が優しさと呼べるかどうかは、その行為で被るリスクと受け取るメリットのバランスに依存するんだ」
「リスクとメリットのバランス?経済の話みたいだね」
「よく似ていると思うよ。経済の論理ではリスクを最小にして最大のリターンを得る方法とか考えが喜ばれるでしょう?優しさは逆だね。リターンよりもリスクが大きくないといけない。つまり自分が得をしてはいけないんだ」
「これが優しさの定義なの?」
「いやいや、これを定義とするには不完全すぎる。今の話だと、行為をされる側の話が全然入っていないしね。でも指標にはなるよ。例えばお年寄りに優先席を譲っただけで100万円もらえるなら、みんな競って席を譲るよね」
「そりゃそうだろうね」
ミータンは大笑いする。
「話をまとめるとこういうことさ」
ハイデガーは壁に白チョークで書いて見せる。
「誰かに対する行為を優しさと呼べるかどうかを考える際には、その行為によって被るリスクとその行為によって得られるリターンを指標とすることができる。リターン÷リスクが大きいほど優しさと呼ぶのが難しくなる」
書き終えるとハイデガーは白チョークを置いた。
「さて今日はこんなもんにしよう。ご主人が帰ってくるから、僕はそろそろ帰らなくちゃ」
「そうか、残念だ」

また明日と言い合って2匹は夕暮れの中に消えていった。

終わり




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