【十二】天草クリニック ―― 探偵機構認定医 ――

文字数 961文字

 翌日の午後、僕は小雨が降る中、黒い傘をさして歩道を進んで行った。そして目的地であるビルの二階、天草クリニックへと向かう。エレベーターを降りてクリニックの扉を開け、僕はよい匂いのする加湿器を一瞥した。観葉植物の緑が落ち着く。

 ここの医師の天草京史郎先生は、国内でも数少ない探偵機構認定医だ。主に探偵才能児の判定や、探偵と助手へのカウンセリング、探偵喪失感や助手不在時不安症、事件被害者の診察などを行う探偵関連スペクトラム科の専門医である。僕は日本に帰ってきてから、ずっとこちらへ通っている。留学前にも半年ほど、このクリニックに入院していた。ビルの三階から七階までは入院病棟だ。

 受付をしてから、待合室の白いソファに座り、僕はタブレットを見ていた。

 犯罪・事件マッチングアプリをタップしながら、何かいい事件がないかと探していた。

 事件を探すのは、まるで事件の発生を祈っているようで、僕はあまりいい気がしない。けれど、僕は山縣のために、日々依頼を探している。

 山縣は、現在周囲にもダメ探偵の烙印を押されている。
 僕はそれを払拭したい。

 実際にダメ探偵ではあるが、少しでも僕の力で前向きにさせたい。

 それも、探偵才能児だったというのならば、僕次第で山縣は、もっと探偵として活躍できるはずだ。探偵才能児は、特別なのだから。

「朝倉さん、どうぞ」

 その時、第一診察室が開いて、黒縁眼鏡の医師が、僕に声をかけた。顔を上げて、僕は天草先生を見る。年齢は三十代前半で、いつも白衣姿だ。

 慌てて診察室へと向かい、僕は扉が閉まるのと同時に、促されて椅子へと座った。

「最近はどう?」

 天草先生が、微笑しながら僕に聞いた。僕は苦笑を返す。

「全然ダメです。変わりありません」

 ちなみにこれは、山縣の事ではない。

 ――実は僕は、十六歳から十八歳直前までの、即ち高校二年生から三年生の後半までの記憶が欠落している。留学する直前に、ある日このクリニックの病室で我を取り戻した。僕は高校二年の十六歳のある日の記憶……前期末テストの結果を見ていた後から、病室で目を覚ますまでの間の記憶が、すっぽりと抜けている。記憶喪失だ。

「そう。焦る事はないよ。ゆっくり向き合っていこう」

 天草先生は頷くと、電子カルテに記入を始めた。
 僕は頷きつつも、やるせない気持ちになる。


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