【十三】記憶喪失 ―― 世界探偵機構指定極秘事件S ――

文字数 1,121文字


 僕が記憶喪失になった理由は――世界探偵機構指定極秘事件Sに分類される、特殊な事件のせいらしい。その分類の事件は、実際の関係者……たとえば仮に被害者であっても、資料を閲覧する事は禁止されている。

 だから僕は、己がどんな事件でどんな目に遭って、なぜ記憶を喪失するに至ったのかを、知らない。

 世界には、犯罪が溢れている。

 だが、Sランクの事件は、決して多くはない。

 記憶にある僕の自分の生い立ちは、物心がついてからは、ほぼ助手としての勉強していた事ばかりだ。裕福な実家に生まれ、幼少時からピアノと語学を習っていた僕は、小学校の入学前の全国一斉検査で、助手としての適性が明らかになった。

 そこで両親の勧めもあり、小学校から、助手育成を専門としている名門校へと進学した。そして中等部からはより専門的な助手教育を受け、難関の進学試験に合格し、高等部へと進学した。

 学業成績も助手としての技能も、僕は首席だった。
 運動も得意な方だった。

 二期制で、単位制の#梓馬__あずま__#学園においても、僕は一目おかれる存在だった。逆にそのせいで、気心がしれた友人はできなかったのだが、かといって仲間外れにされていたというような事もない。

 ただ助手を育成する学園だったから、運命の相手がより優秀である者は、自慢げにしていた事を覚えている。

 運命の探偵は、早い者ならば中等部の内には判明する。

 僕はその中にあって、探偵が見つからず、そういう意味では劣等感があったようにも思う。

 だからこそ、いつか自分だけの探偵が見つかった時には、存分に己の力を発揮し、役に立ちたいと思っていた。

 助手同士は、ある種のライバルだ。
 それは探偵同士も同じだろう。

 しかし僕は、事件に巻き込まれて記憶を失ったらしい。そして極秘事件であるため、周囲の助手教育を受けていた級友には、緘口令がしかれていたようで、僕がそれとなく尋ねても、決して口を開かない。

 僕の扱いは休学になっていたが、復学する気にはなれなかったし、周囲の勧めで留学する事にした。

 なお家族も事件については、決して僕には教えてくれなかった。

 だが留学先で僕は、新たな友人を得たし、記憶がない事から来る不安も次第に消失し、改めて自分だけの探偵のために、頑張ろうと決意できた。

『運命の探偵と引きあわせたいから、帰国してほしい』

 そんな知らせが届いた二十二歳の冬には、僕は歓喜した。

 だが、春になって引き合わせられた相手は、繰り返すが山縣である。
 今年、僕と山縣は、ともに二十三歳になるが、果たしてどちらかが誕生日を迎える前に、一つでも事件を解決できるのか、僕は疑問だ。

「じゃあ、また来月に」

 天草先生の言葉で我に返り、僕は頷いた。


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