【三十四】日向と御堂の来訪

文字数 1,566文字



 水曜日が訪れた。本日も、目が覚めると山縣はいなかった。
 僕は休日の際、アラームをセットするのを既に止めている。山縣の気に障らないようにするためだ。結果、山縣は必要がなければ僕を起こす事はなくなり、顔を見ない朝も増えた。もうとっくに事件現場へと向かったのだろう。

 僕は俯きつつ来客の準備をし、待ち合わせの時刻になった時、音がしたのでインターフォンのモニターを見た。既に昼下がりで、お茶に丁度いい時間帯だ。

 そこには日向と――一人の青年が立っていた。山縣のブレザーと同じ服を着ているから、彼が日向の運命の探偵の、御堂さんなのだろう。

「ようこそ」

 僕は微笑し、エントランスで出迎えた。
 すると日向が頷き、御堂さんが会釈した。

「御堂です。よろしく」
「よろしくお願いします」
「会えて光栄だよ」

 その後僕は、二人をリビングまで誘い、珈琲の入るカップをそこに置いた。
 自分は対面する席に座す。

 その時、エントランスの扉が開く音がして、少しするとリビングのドアが開いた。

 見ればネクタイを緩めながら、山縣が入ってきたところだった。
 今日も即座に事件を解決してきたのだろう。そういう日、山縣は帰宅が早い。

「おい、見覚えのない靴が二足――……御堂? なんでお前がここに?」

 山縣が御堂さんを見ると、眉を顰めた。

「君の助手を見に来たんだよ。なんていうか、綺麗な顔立ちだね」
「ま、こいつの取柄は顔だけだからな」

 そんなやりとりをしている二人に、いたたまれない気持ちになりながら、僕は山縣の分の珈琲を淹れるために立ち上がった。僕は時折顔立ちを褒められる事が過去にもあった。だが、全く嬉しくない。顔の良し悪しは、助手技能にも、助手と探偵の関係性にも、何ら関係がないからだ。

 それから珈琲を持って僕はリビングへと戻り、山縣の隣に座る。

「ところで、探偵機構主催の親睦会を兼ねたキャンプ、行くか?」

 御堂さんの声に、僕は思わず山縣を見た。
 僕は、キャンプがある事自体、知らなかったし、山縣がここまでに僕に教えてくれることもなければ、話題に挙げたこともなかった。こういうイベントは助手あてに知らせが来ることもあるが、探偵が招かれる事も数多い。

 なおこれは招かれるだけでも光栄な、有名なキャンプだ。
 正直僕は行ってみたい。

「そんな面倒なのに、誰が行くか」
「え、行かないの?」

 山縣の声に、僕は思わず反射的にそう述べてしまった。

「は? なんだよ朝倉? お前行きたいのか? くっだらねぇな」
「……そうだね。山縣は忙しいしね……」

 僕は苦笑してから俯いた。
 山縣の判断は絶対だし、僕には口出しをする権利はない。

 するとその時日向が、グイと身を乗り出して、山縣を見た。

「山縣さん」
「ん?」
「朝倉って、助手としてはどうなの?」

 日向がニコニコしている。
 僕は胃が痛くなってきた。日向は臆する事なく、山縣にも話しかけている。
 僕は助手であるのに、いまだ上辺の作り笑いと諦観ばかりだ。
 そうである以上、助手としてのダメだという烙印を直接聞くことになるのだろうと、体をこわばらせる。

 するとチラリと僕を見た山縣は、その後日向に向き直った。

「お前よりは、使えると思うぞ」
「なっ」

 日向が目を剝く。

 それから日向は不機嫌そうに唇を尖らせてから、激怒するような眼をして立ち上がった。

「帰ります」
「おい日向……。ああ、まぁ、またね。山縣、朝倉くん」

 御堂さんが苦笑しながら、慌てたように立ち上がった。そして日向の後を追いかけていく。こうして二人は帰っていった。

 呆然とその場で見送っていると、僕の隣で山縣が嘆息した。

「おい」
「なに?」

 僕が顔を向けると、山縣が僕をじっと見据えていた。

「――いいや、なんでもない」

 山縣はそういうと立ち上がり、自分の部屋へと戻っていった。


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